よろしくおねがいしましゅ、かりけーやくのぱぱ。
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クリフォードさんがベルを鳴らすと、部屋につぎつぎと温かな食事が運ばれてくる。
ほかほかで柔らかそうなパンやら、光を浴びてつやつやに輝く色んな色のジャム。
クルトンが浮いた透き通ったスープに、薄く切ってくるくるに巻かれたハムとチーズと卵。
子どもが食べやすい豪華なメニューが、ダイニングテーブルに所狭しと並べられた。
「にゃー……!」
「ふふ、喜んでくれて何よりです」
「……にゃー」
「耳を押さえても、尻尾がふわふわになってますよ」
「うう……」
「正直なのは良いことです。子どもなのですからいいんですよ」
腹が減っては戦ができぬ。
聖猫族とはいえ、食べるものは人間と同じだ。
いただきましゅと手を合わせ、私は美味しい食事を堪能した。
「はう……」
丸いパンはあつあつで、外はカリッと中はふわっと。幼女の手でも簡単にちぎれる。まずはそのまま食べて、甘さにはうはうと感嘆して。続いてバターを塗って、またはうはうと感嘆。ジャムはまず苺ジャムを塗って、甘さで口の中が幸せにしびれて耳がぴくぴく。続いてマーマレードジャム。絶妙な皮の苦みも大人っぽくてまた美味しい。尻尾がふるふる。
「いきなり食事をとってお腹がびっくりするのなら、今日はリゾットだけにも……と思いましたが、大丈夫なようですね」
「大丈夫でしゅ。私、胃袋は強いので」
「そのようですね。ほら、お袖が汚れますよ、まくってあげましょう」
「あう……」
「椅子をもう少し高くしましょうね。ほら、完璧です」
「ありがとー、ございましゅ」
「いえいえ」
私はゆでられたエビをはぐはぐしながら、クリフォードさんを見る。
彼は実に適切に子どもに対する気遣いをしてくれる。
「もしかして隠し子とかいるんでしゅか」
「いませんよ。いたらいいんですけどねえ。仕事ばっかりで淋しい人生です」
大げさに溜息をつきながら、クリフォードさんもエビを平らげる。
食べ方の綺麗さは、さすが貴族って感じだ。ん? 貴族って言ってたっけ? まあいいか。
スープをふうふうとしながら飲むと、彼はそっと冷たいお茶をこちらに出してくれる。
本当に、気遣いが完璧だ。
「……ありがとうございましゅ」
「いえいえ、どういたしまして」
◇
食べながら、クリフォードさんは一方的に、時に私の質問に答えながら、色々話して聞かせてくれた。
私たちがいる街はケーラという。
北に海、東に大河が面した大きな街だ。
けれどクリフォードさんが言うには、ケーラは国の中では西の外れにあり、規模としては10本の指に数えられるほどの街だという。
いわゆる政令指定都市くらいの感じなのかなと、私は自分の知識を更新した。
「街道沿いに少し行った場所に、知人に譲り受けた土地があるんですよ。水が綺麗で鍾乳洞もあって、タケノコも美味しい土地です。そこで、私はカフェでも営んでまったり第二の人生でも送ろうかと思っているのですよ」
「タケノコ料理店じゃないんでしゅね」
「私の今の気分はカフェオーナーなので」
「カフェ……」
確かにクリフォードさんは、見た目はいかにも落ち着いたカフェオーナーがよく似合う気がする。
「ほら、例えば――『『大竜厄役』で故郷を失い、しばらく中央で暮らしてきた男が、亡き妻の残した愛娘と一緒に自然豊かな街で育児をする』……美しい設定だと思いませんか?」
「設定って言ったとたん、クソ汚くなりましゅ」
「ふふ、設定も魔法の一つです。私は元天才魔術師なので」
うさんくさいと思いながらも。
私の心は正直、いいなあ~と思い始めていた。
――今までと同じ街に暮らしていては、いつかまた誰かに捕まってしまうし。
でもこの人は本当に安全なのだろうか?
私は慎重なのだ。天使の笑顔で笑う悪魔なんて嫌というほど見てきた。
だってこれでも、マフィアの最年少幹部だったので。
「……クリフォードさんのこと、教えてくだしゃいよ」
「私の事ですか?」
「はい。だってクリフォードさんがどんな人か知らないまま、親子になるなんてむずかしーです。だって、なんで私を選んだのか分からないし、怖いし、信用できないでしゅ」
「元宮廷魔術師は本当ですよ。今はそれだけで許してください。……あなたが今、親子契約を結ぶ前に、私の素性を知って私を売らないともかぎりません」
「に"ゃんと」
「あなたも生きるためには何でもするでしょう? 5歳にしては妙に勘のいいみけねこちゃん?」
売れるような素性。訳あり。
田舎に引っ込むの意味が、途端に変わってきた気がする。
金の瞳が、ふっと細くなった。
「お互い様なのですよ、訳ありなのは。でもあなたが娘になってくれるなら、不自由はさせません」
「あやしいにゃあ」
「そうですね、たとえば……いずれ正式に魔術師になるための口利きくらいはお約束しましょう」
「にゃっ!?」
思わず身を乗り出す。彼は頷いた。
「いいですよ。たとえ私が今、住所不定無職だろうが裏口入学くらい、口利きできます」
「にゃ……」
「実際、そうやって魔術学校に行かせてさしあげた弟子はいますしね」
クリフォードさんはコーヒーを傾ける。
なんだこの人。うさんくさいを通り越して、怖い。
――魔術師になるためには、魔術学校に入る必要がある。
魔術学園に入学するには必要なものがいくつかある。
ひとつ。当然ながら犯罪歴のない、真っ白な経歴。
ふたつ。はっきりとした身元。不文律として、一般的には貴族子女だけしか入学できないという意味でもある。
みっつ。コネクション。いわば偉い人の「この子は魔術学園に入れるべきですよ」という紹介状。
よっつ。ここでやっと学力や能力のふるいにかけられる。
魔術師になれれば、私は堂々とお日様の下で魔術を使えるのだ。
『魔女のポーション工房』で得た知識を、現実で使えるのだ!
「いいんでしゅか……?」
「もう一つの質問の答えですが。私があなたを選んだ理由……それはポーションにあります」
クリフォードさんは懐から一つの瓶を取り出す。
何度も再利用されて薄汚れたガラス瓶に、クズ魔石を山ほど詰めた、少し色の濁ったポーション。
私が作ったポーションだ。
「私は驚きました。宮廷魔術師も知らないクズ魔石の活用。効果にムラはあるようですが、廃棄処分しかされてこなかったいわゆるゴミが、まさかポーションになるなんて誰も思いつかない手法です。私はあなたの才能に興味がある。あなたはもっと勉強して、この才能を活かしてほしいと思うのですよ」
私は肩をすくめる。ちょっと気まずい。
自分で開発した方法というよりも、転生前の知識で作った、いわばズルい密造ポーションだから。
「あなたが望むのなら、潜伏中もポーション作りの研究をして構いません。私が一緒にいるのですから、これからは密造にはなりません。強いて言うなら脱法ポーションですね」
「だ、だっぽー……」
私は少し考えて、首を横に振る。
「知りたいならポーションの作り方は教えましゅ。……でも私はもう危ない道はあんまり渡りたくないでしゅ」
「作りたくはないということですね?」
「でしゅでしゅ」
「わかりました、尊重しましょう。ではあくまで父娘としての契約。それでよろしいですか?」
にっこりと笑って、クリフォードさんが提案する。
私はじっとその顔を見た。
「あやしいでしゅ……私にとって、あまりにも都合がよすぎましぇんか?」
「生きていたら色んな事が在りますよ」
「にゃあ~」
「まあまあ、悩んでもあなたに選択の余地はほぼないでしょう? 天涯孤独で後ろ盾も失った密造のらねこミルシェットさんにとって、この契約は決して悪いものではないと思いますけどね」
「そういう言い方がうさんくしゃいんでしゅっ! 腹黒っぽい!」
「たくさん語彙がありますね~ミルシェットさん」
「むむう……」
そう。
彼の言う通り訝しんだとしても、結局私に選択権はあってないようなものだ。
食事の後、私はクリフォードさんを見上げた。
この人は胡散臭い。
けれど彼は少なくとも、私を助けてくれた。お風呂と食事を与えてくれた。
しゃがんで目の高さを合わせて手を差し伸べてくれた。
なにより――本名のミルシェットで、初めて呼んでくれた大人だった。
「よろしくお願いしましゅ、ぱぱ」
私は小さな手でにぎにぎと、契約成立の握手を交わす。
彼にとりあえず賭けてみることにした。未来を。