アリスちゃんの相談
「にゃああああああああ」
ゴンッ!
「いたあああ」
悪夢に飛び起きた私は、頭上の何かで思いっきり頭をぶつける。
「みー」
泣いていると、ひょこっと見慣れたおじさんの顔がこちらを覗いてきた。
「おはようございます、ランチタイムに間に合うように目覚めてくれてさすが働き者の娘ですね、ミルシェットさん」
「みー……あれ? わたしなんの夢みてたにゃ……? ここはどこにゃ……?」
耳をふるふるっと震わせ、私は辺りを見回す。
後ろにあるのは馬で牽いてきた屋台。
私が寝ていたのは木製の簡易テーブルの下。
太陽はちょうど午前中の高さで輝いていて、山から吹き下ろす風が涼しくて、ぽかぽか陽気で、心地よくて最高だ。だから寝ていたのかと気付く。
周りには普段スレディバルで見かけない、屈強な装いの人たちが往来している。
日に焼けて上半身に防具を着けた若い男性がほとんどで、それ以外の老若男女の比率はまとめて3割程度。あちこちで聞こえる声は大きく、時折汗の匂いがこちらまで漂ってくる。
五感を感じながら、だんだん記憶が呼び覚まされていく。
「そっか……移動販売の準備で、昨日から大忙しで……」
ここはネモリカ。
魔物が湧く中規模のダンジョンがあり、近場の冒険者が集まる街だ。
普段住んでいるスレディバルから馬車で半日の場所に位置し、同じ経済圏にあたる。
なんでテーブルの下で寝ていたのかは分からないけれど、とにかく疲れてうたた寝をしていたのだろう。
私は隣にしゃがんだおじさん――契約親子で私のパパのクリフォードさんを見上げた。
「ランチタイム前ってことは、わたし、朝から寝てたんですか?」
「ええ。接待が~とか納期が~とかうめきながら寝てましたよ」
「……にゃー」
前世の夢を見ていたらしい。机の下なんかで寝ていたから良くなかったのかもしれない。
「お、ミルシェット起きたのか?」
そこでひょこっとこっちを覗いてくるのは、金髪で美貌のシスター。
豊満な咆哮でスタイル抜群、色っぽい唇をにっこり笑ませて、彼女は私の頭をわしわし撫でる。
「あいかわらずふわっふわだなお前。うりうり」
「みーっ毛並みがーっビッグボスやめてにゃー」
「バッカ、その名前で呼ぶんじゃねえよ。あたしはシスタースターゲイザー、新進気鋭のバトルシスターよ♡」
「きっしょく悪か媚びは売らんでよかちゃ、働いてくれんとこまるんやけど」
そう言って後ろで呆れているのは、エプロン姿の美少年、シトラスさん。
その両手には食材がたくさん入ったかご。しっかり者のシトラスさんは目をつり上げて大人二人を叱る。
「ほら、先生もアイスコーヒーの準備せんとですよ! シスターはパイナップル割をお願いしとったよね、ほらノルマ50個やけんね!」
「はーい」
「わーったよ。パイナップルとか余裕だし、そうカリカリすんなよ坊主。な? おねーさんウインクしてやっから、ほら、ぱちん♡」
「くらすぞ」
そんな感じで賑やかに持ち場に戻っていく皆。
私も寝ている訳にはいかない、今日もお腹を空かせた冒険者さんたちに美味しい昼食をご提供しなきゃ、なのだ!
◇◇◇
――話は数日前に遡る。
『魔女のポーション工房』の主人公こと、アリスちゃんと遊んでいたときの事だ。
アリスちゃんのおうちは宿屋。
『魔女のポーション工房』では天涯孤独のアリスちゃんが親友から貰った猫耳カチューシャをつけてにゃんにゃんポーションを作っていたけれど、まだ家族の不幸イベントがないのか、いつの間にか回避されたのか、アリスちゃんは幸せな少女時代を過ごしている。
そんなアリスちゃんの宿の店先で雑草の花冠をつくって遊んでいると、宿に泊まる冒険者の話について相談をしてきたのだ。
「ねえミルちゃん。冒険者さんがね、ネモリカの街には美味しいご飯屋さんがないって言うの」
「ご飯屋さんにゃ? ネモリカって冒険者さん、やまほどいるから儲かるんじゃないでしゅか?」
ネモリカはまさに、この間性転換したビッグボスことシスター・スターゲイザーが現在拠点としているダンジョンのある街だ。
「冒険者さんが言うには、もっと大きなダンジョン街ならご飯屋さんがあるらしいのだけど、ネモリカはねえ……」
「あー」
ネモリカは地方都市の中規模なダンジョンだ。
金払いがいい人も大規模なところほどはないから、維持費諸々を考えてもなかなか飲食店が定着しないのだろう。
その時、噂をすれば冒険者のみなさんがぞろぞろ宿から出てきた。
いかにも世紀末~な風貌をしている強面のお兄さんたちが、私とアリスちゃんを目に留めた。
「にゃ」
びくっとする私。
アリスちゃんは慣れたもので、笑顔で「いってらっしゃい」と挨拶する。
「後ろのガキ、聖猫族か?」
「あー、あの噂の、美味い飯屋の看板娘か」
「にゃにゃ」
怖いお兄さんの視線が集まってびくびくする。
アリスちゃんが庇うように立ちながら、私の頭をなでなでする。
「大丈夫よ、優しいお客様だから。……そうそう、さっきのお話を聞かせてくれた人たちよ、この人達が」
「みー」
彼らは顔を見あわせる。
そしては暇だったのか、世間話を始めた。
「ああ、飯の話なあ」
「肉と保存食と酒さえありゃあ生きていけるって、古い冒険者は言うけどなあ」
「やっぱりスレディバルで美味い飯食い慣れると、ちょっと辛いというか……」
「最近なんか魔物強くなって増えた気がするしなー」
「ばっか、それはお前が年取ったからだよw」
その中の一人が、顎を撫でながら言う。
「ラメル商会が活躍するようになってから、格段にスレティバルの食事のレベルが上がったからなあ。最近特に、あの商会長のねーちゃん燃えてるらしいじゃん」
「それに猫ちゃんのカフェもだよ。あそこの飯うまいもんな」
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