閑話・前世の話
おかげさまで無事に1巻発売になりました!皆様のおかげです!
ここからちょっとなろうオリジナル展開挟みつつ、2巻からそのまま読めるような話としてでも、マイペースに更新させていただきます……!
なろうだけのねこねこカフェと商業版のねこねこカフェ、両方何卒お楽しみください。
ここからちょっと挟まるのは『魔女のポーション工房』の主人公、アリスちゃんについての話です。
机の下に段ボールを敷いて寝るのが一番寝やすい。
フロアマットが臭いけど。
私は毛玉だらけの膝掛けを肩にかけて、エビのように縮こまってソシャゲを走っていた。
会社は盆休み期間で、出社し続けているのは私だけ。
里帰りしたがってる他の社員達の仕事を受け取って、私だけ会社に残っているのだった。
私は帰る里もない。心配してくれる家族もいない。
そういう人間が残るのが当たり前だ、と言われれば、私は従うしかなかった。
「えへへ……私もがんばるよ、アリスちゃん」
画面で無駄のない動きでフィールド上の薬草採取をしまくるアリスちゃんを見ながら、私は微笑む。
プレイしているのはもちろん『魔女のポーション工房』。
アリスちゃんはゲームの主人公の名前だ。
最初は取引先の子供に捧げるために鍛えていたアカウントだけど、子供が飽きてやっぱいらないと言われた結果、鍛え抜いたこのアカウントは私の物となっていた。
今はゲーム内の一大イベント、『親友の記憶と森の追憶』が始まっていた。
『魔女のポーション工房』は毎年夏に大イベントが行われる。
今回の上位ランク者報酬はアリスちゃんの着せ替えアイテムで、『おともだちの思い出』という名前のすっごく可愛い衣装だった。
ミント色のワンピースにリボンいっぱいのエプロンを重ねて、髪型もいつもとちがって下ろしてふわふわ。その上衣装をゲットして着せた後にアイテム説明をタップすると、アリスちゃんの子ども時代の姿が初公開される。
その上。
隣にはこちらも初公開となる、アリスちゃんの亡き大親友の姿が描かれているらしいのだ。
なぜ伝聞形かというと、報酬配布までは大親友の姿は未公開。
シルエットからすると猫耳の小さな女の子で、名前も●●●●●で表現されている。
ストーリーによると、悲しい事件で命を落としたため、ショックでアリスちゃんも彼女の名前を思い出せなくなっているらしいのだ。
今回のイベントではついに、アリスちゃんの元に、昔失ってしまった親友の形見である猫耳カチューシャを奪いに聖域の森から聖猫族がやってくる。
失った親友の記憶と向きあうことになるアリスちゃんの、一大イベントだ。
アリスの親友●●●●●の両親(モブグラフィック流用)が、アリスちゃんを責める。
「人間が見境無く魔力を使うから、魔物の大量発生も起きた。お前達のせいだ」
「ポーション作りをやめろ、その耳を返せ」
聖猫族は以前の聖猫族狩りをした人間達に復讐をするためにやってきたのだ。
私はゲーム画面で悲しい顔をするアリスちゃんの頭を、指先でそっと撫でる。
「アリスちゃん、親友も奪われて親友の両親に人間代表として怒られてかわいそう」
私はそんなアリスちゃんを見ながら、切ない気持ちになっていた。
●●●●●を失ったアリスちゃん。娘を失ったご両親。
両方とも同じ大切な人を失って悲しんでいるのに、立場と種族が違うから対立している。
彼らにとっては『アリスちゃんは違う』なんてない。人間は全部敵だ、それでも。
「かなしい。同じ大切な子を失った悲しみを抱える両者が、こんな気持ちになるなんて」
もし自分がその親友ならどう思うだろう。
自分の大切な友人と、自分の会いたかった両親が、自分の居ない場所で争うなんて。
「きっとこの親友の子は、こんな状況になってると思うと悲しいだろうな……ううん! 大丈夫! 『ねこぽ』は基本的にハッピーエンドの物語だから、大丈夫大丈夫!」
早くイベントクリアして結論見なくちゃ。
そう思って、私はシナリオ攻略にかかったものの、スマホの画面上部に嫌な通知が入る。
上司からの呼び出しだ。
「はいはい……今夜の接待の相手ですね……」
げんなりしながら立ち上がる。
理不尽だとかパワハラだとか考えている労力が惜しい。
私は有用でなければ。
守ってくれる家族もいないひとりぼっちなのだから、働いて、居場所にしがみつくしかないのだ。
ゲーム画面ではアリスちゃんが一生懸命アイテム集めをしている。
「……アリスちゃんも、居場所を失わないために頑張ってるんだよね」
天涯孤独のアリスちゃんだって、今日も弱音を吐かずに頑張っている。
立ち上がると足下がふらつく。
机の上に置いたぬるいエナジードリンクと、よくわからないサプリメントを喉の奥に流し込む。体に悪いのはわかっているけれど、こうでもしないと体がうごかないのだ。
「アリスちゃん、私もがんばるよ……」
そう言いながら事務所のドアを開く。
立て付けの悪いドアに肩をぶつけながら廊下に出て、非常用の螺旋階段を降りる。
周りのビルには明かりがともっていて、みんな、まだお仕事を頑張っている。
私だけじゃない、皆頑張ってる。
私だけが辛いわけじゃないんだから、もっともっと頑張らなくちゃ。
――居場所だってないんだし。
ふと、目の前の夜景が揺れる。
「あ」
体が宙に浮く感覚。
次の瞬間、激しい音が頭の周りいっぱいで鳴り響いた。
ガンガンガンガンガン!!!
激痛と混乱。
体は階段を転がり落ち、アスファルトにしたたかに体を打ち付け。
そして――私の人生は、終わったのだった。
お読みいただきありがとうございました。
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