ミルシェットのぱぱは、クリフォードさんでしゅ。
――翌日の店休日。
シトラスさんは宮廷への報告書作りのために一旦ねこねこカフェを後にした。
私は朝からクリフォードさんに甘やかされていた。
ちょっとだけ、知恵熱が出ちゃっていたのが原因だ。
「疲れたでしょう、少しごろごろしていなさい」
「みー」
お熱があるけど、苦しくはない。
でも無理は禁物ですと言われたので、クリフォードさんの言葉に甘えてベッドでごろごろ、毛布をふみふみして過ごす。
コーミングをしているとすぐに体はリラックスして、尻尾をはみはみしながら眠くなる。
どれくらい時間が経っただろうか。
ふわっと、クリフォードさんの大きな手が頭を撫でた。
ベッドの脇に、クリフォードさんが座っているらしい。
「……ミルシェットさん。あなたがもし望むのなら、戻ってもいいのですよ」
「?」
耳を片方だけクリフォードさんのほうに向けて、聞いてますよのポーズを示す。
体が起きればいいのだけど、眠くてふにゃふにゃで、耳くらいしか動かせない。
クリフォードさんの優しい声が、私に問いかける。
「あなたはビッグボスと愛着関係を築いていたようです。どんな絆であれ、これから新たな関係を築こうとしているのであれば……あなたが望むのなら、二人が一緒に暮らせるように応援しますが、いかがですか?」
――何を言ってるんでしゅか。
私は心の中で、ねむねむになりながら呆れた。
一緒に親子をするって、過去とは違う穏やかな人生をやり直すって、決めたじゃないですか。
私はしゅるっと尻尾を伸ばし、クリフォードさんの手首を絡め取る。
傍にいてと、くんくんと引っ張って、甘える。
「……私で、いいのですか?」
――だって私のパパじゃないですか。なぁに今更、気弱そうな声を出してるんですか。
――いつもみたいに、のらりくらり、食えない態度で『私はあなたのパパです』って言ってよ。
「ぱぱ……」
言いたいことはたくさんあるけれど。
口から零れたのは、小さなか細い、鳴き声めいた言葉で。
クリフォードさんが息を吞む気配がする。何か、こみ上げるものを堪える感じ。
私は尻尾で掴んだ手を両手で握って、ほっぺに敷いて安心する。
おてて、あったかい。これでぱぱは逃げられない。
観念して、ずーっと私と一緒にいてくだしゃい。
――私のパパは、クリフォードさんだけでしゅよ。
「ミルシェットさん……」
クリフォードさんが呟く。
そして考え込むようにして、ぽつりと呟いた。
「そうか、私がパパなのだから、ビッグボスをママに迎えれば疑似家族としてはなりた」
「や”め”て”に”ゃ”ーーーーーーーーー!!!!!」
「あっミルシェットさん起きてたんですね」
「せ、せっかくいー雰囲気で話が終わろうとしてたのにっ!! いくら疑似家族とかっ! 偽装家族だとしてもっ! TSビッグボスがママなんてゲロ吐くにゃーっ!!」
「毛玉ですか? なるべく吐いた方がいいですよ」
「み”ぇ”ーーーーーっ!」
叫んだ。
さすがに叫んだ。
「ははは嘘ですよ。私はあなたと二人の暮らしが一番いいです」
「みー」
「新しいママをお迎えするつもりもありませんのでご安心ください。私はあなただけのパパです」
「うっさんくさいにゃー」
「冷たいことを言わないでください、さっきあれだけいい感じの雰囲気だったじゃないですかぁ」
「みゃーっ! しゃーっ!」
私は毛を逆立て、威嚇して二階にぱたぱたと走り去る。
TSビッグボスがママになるなんて冗談じゃないれしゅ! なのはもちろんだけど。
――こうでもしないと、なんだか照れて恥ずかしくて、くすぐったすぎた。
「みー」
胸の奥が、ぽかぽかと暖かい。
私はこれからも、パパと一緒に、このねこねこカフェで楽しい第二の人生を楽しんでいく。
◇◇◇
そうして。
正式にシスター・スターゲイザーとして生きる事になったビッグボスは、定期的に私たちのねこねこカフェにやってくるようになった。
「俺……わたくしはこの美貌と力で人々を幸せにしますのよ!」
元々娼婦のお姉さんたちの管理もしていた人なので、美女のポーズはめちゃくちゃ上手いのだ!
シスター・スターゲイザーはネモリカにて、教会登録の冒険者としてすっかり定着したようだった。
強くて明るくて男心の分かる美人なセクシーシスターなんて需要しかない。
最近は教会で働きが認められて、教会登録の冒険者としてランクアップし、ノマドワーカーとして人々の懺悔相談もできるような立場になったらしい。
「なんだかんだ有能なんですにゃあ、ビッグボスもといシスター・スターゲイザー」
――とある日の昼下がり。
ねこねこカフェの客足が途絶えたタイミングで、私とクリフォードさん、シトラスさんの三人は休憩がてら世間話をしていた。
「解せん。まったく解せんちゃ」
試作品のバナナチョコ(チョコの見た目をしているけれど本当は密造ポーションブレンドで作ったチョコっぽい甘い液で、さらに振りかけられたキラキラが魔石でしゅ)をもっもっと囓りながら、シトラスさんが眉間に皺を寄せて言う。
「全てを奪われて非力な女性になったら、少しは絶望してくれるかと思ったのに」
「こらシトラス」
チョコバナナとコーヒーの食い合わせに「どうしたものか」と首をかしげていたクリフォードさんがたしなめる。
「人を呪わば穴五億ですよ。あなたの恨みとシスター・スターゲイザーの話は別件なのだから」
「わかってますよ」
チョコバナナをペロリと食べ終え、むすっとしたシトラスさんが言う。
「あいつのおかげで一応、僕の復讐相手の有力な手がかりも見つかりそうですし、それ以外だとしても人身売買業者を確実に摘発に追い込めているので御の字です」
――こうして、シトラスさんは相変わらず、週に三、四回の頻度でバイトに来てくれている。
今ではすっかり全ての業務をワンオペで回せるようになったので、私も子どもとしてスレディバルのこどもたちと野山を駆けまわって遊んだり、はたまたカフェの二階の書斎で新作密造ポーションの研究をする時間が取れるようになった。
そんなわけでチョコバナナ試食会である。
私はとろとろのチョコを入れたボウルに、切ったバナナをピックに刺して入れて、ぱくっと食べる。チョコフォンデュの要領だ。
「み~~、甘いでしゅ」
「美味しいですよね。これはどんな効能があるんでしょうね?」
「みー、これ結構、ポーションの配合量を多めにしてましゅから、もしかしたら人体に目立った影響が出るかも……」
その時。シトラスさんの体がぱちっとはじけた。銀髪の色が、一瞬虹色に輝く。
「わお……」
「ゲーミングカラー、でしゅ……」
「な、何それ!?」
口をぽかんとあけた私とクリフォードさんに、シトラスさんが髪を押さえて叫ぶ。
髪はぱちぱちと、点滅するように虹色に輝き始めた。
「……ミルシェットさん。これは……危険ですよ」
「みー……」
「あなたのその唯一無二のスキル、いーかげん、ちゃんと腰を据えて調べましょう」
「わ、わかりましたにゃ」
――今日もこうして、ねこねこカフェの日々は賑やかに楽しく過ぎていった。
お読みいただきありがとうございました。
第一部はこちらで完結です。
第二部の布石だけ置いて、一旦また小休止させていただきます。
応援ありがとうございました! 初めての恋愛要素のない作品、すっごく楽しく書いております!
よかったら引き続き、ブクマはそのままで再開お待ちいただけると嬉しいです。
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