ダンジョン荒らしの美女さん
※2024/09/27のお昼に別作品のお知らせがあります。この作品も第一部完結予定です。よろしくお願いします!
スレディバルは山あいの街だが、街道に通じているので人の行き交いは活発だ。
噂のダンジョンというのは、スレディバルから乗合馬車ですぐに到着する、ネモリカという場所にあった。
ダンジョンとは『大竜厄役』後も魔物が飛び出してくる危険な洞穴のことで、ネモリカのダンジョンは危険度では並ランク。初心者には危ないが、玄人が安定的に稼ぐには無難な程度のレベルという。一般的な冒険者なら誰でも入れる場所で、ネモリカはごく普通の日銭稼ぎの冒険者たちで賑わっていた。スレディバルの街からも食料品や日用品を卸しているはずだ。
――この辺の知識は、全部クリフォードさんとラメル商会の姉弟からの受け売りだけど。
「ダンジョンについて調べてきます。明日はバイト空けますがよろしいですか?」
「お願いします。というかあなた、本職もちょっとはやりなさい」
「ネモリカダンジョンの異常についての調査ってことで、後日報告書作る予定です。もちろん必要経費は全部計上します」
「うーんしたたか」
「気をつけてくださいにゃあ」
そんなわけで庭に置いたテントを通じて、シトラスさんはねこねこカフェから去って行った。
翌日は私とクリフォードさん二人の開店準備だ。
まずは朝食の準備を二人で始める。こぽこぽとネルドリップで入れられるコーヒーの匂い。オーブンで焼けるトーストの匂い。昨日の残り物でつくった、まぜこぜサラダをお皿に盛り付ける音。
「なんかクリフォードさんとふたりっきりって、不思議でしゅね」
「シトラスがいるのが当たり前になりましたからね」
くるくるとよく働く銀髪の頭が見えないだけで、なんだか淋しい。
いつもより少ない朝食を囲んで、パパと向かい合わせに座ると、ちょっとだけ感傷的な気持ちになった。
「みい」
「よしよし」
前世の記憶はあっても、体は5歳の情緒に引きずられる。
向かい合ってパンをもぐもぐとしていると、ふと――似たような朝を、迎えた記憶がよみがえろうとした。
「あれ?」
「どうしました?」
「……なんでもないでしゅ」
前世ではなく、ミルシェットとして生きたなかで。
そういえば私は、静まりかえった早朝に黙って誰かと食事を取った記憶があった。
――ビッグボスだ。
娼館に大物のお客様が来店して、私だけが娼館に残されてぼんやりしてたとき。
朝のまだ髪のセットもしていないビッグボスがいきなり部屋にやってきて、私を肩に担いで「飯食うぞ飯」と、自分がいつも食事をするダイニングにつれて行かれたことがあった。
あの時、たしかビッグボスの手下たちも色々とあって出ていて、ほぼ二人きりでの食事だった気がする。
――ビックボス、無事かにゃあ。
私は食事をしながら、かつての父親代わりだった人を思い出す。
あの人は確かに悪い人だし、悪事の片棒を担がされていたし、実際道具としてしか扱われてなかったと思う。娼婦のママたちの精神衛生の為のペットのようなものだったのだろう。
それでも暴力を振るわれたことはないし、衣食住も有り難く保証してくれていた。
一度売り飛ばされそうになったときも、私の嘆願を聞いてくれたし、一応。
――落ちぶれてざまあ、どっかで野垂れ死んでるといいでしゅ。なんて、思えない。
甘いんだろうなあ、私。
そう思いながら、黙って食事を平らげるのだった。
◇◇◇
お店は今日も大盛況だった。
そこに派手な美人の女性がやってくる。シスター服を着ているけれど少し着崩していて、頭に被ったウィンプルからは金髪のくるくるの巻き毛が零れている。腰には重そうな武具を携えている――モーニングスターだ。
ナイスバディで勝ち気な顔をした、色んな意味でとんでもない美人だ。
彼女は長い足を優雅に組んで、席に座った。
「ふ、ふりょーのシスターさんでしゅか」
こっそりクリフォードさんに相談すると、クリフォードさんはじっと見て答える。
「あれは教会登録の冒険者ですね。社会福祉の一つです。事情があって行く当てのない女性にシスターとしての身分を与える代わりに、教会提携のギルドを通じて冒険者関係としての仕事を斡旋する。普通は荷物持ちですとか、ギルドの軽作業などを行う人が多いのですが……彼女は自身で潜っているタイプ、でしょうね」
「ひいい、なるほど……」
「まあおそらく、どこかの女護衛や傭兵やゴロツキだった人でしょうね。荒事の多いサイハテにはたまにいるタイプの方です」
「にゃるほど……」
「ところでミルシェットさん、社会福祉、って言葉の意味わかるんですね」
「みっ」
とりあえず私は、どきどきしながらお水を運んでみる。
クリフォードさんが行くと言ってくれたけど、怖そうな人でも幼女にさすがに変なことはしないだろう。
「いらっしゃいませ、メニューはこちらでしゅ」
「あら? ありがとう。あなたがお給仕しているの?」
思いのほか優しい甘ったるい声に、耳がぱたっと揺れる。
彼女は色っぽくメニューを受け取り、「お酒はないのね」と言ってコーヒーを注文した。
店内の人々の眼差しは彼女に釘付けだ。だってすごい美人なんだもん。
「お待たせいたしました」
そして私に代わって、クリフォードさんがコーヒーを運ぶ。
ふと、美女がクリフォードさんの顔を真剣にまじまじと見た。
「……何か?」
「ううん。いい男だと思っただけよ」
美女はふふ、と微笑む。
「まるで、一度見たら絶対忘れられないくらい――いい男だわ」
美女はうふふと微笑むとコーヒーをゆっくり味わい、そしてまたキャットウォークで店を出て行った。
店の中に漂っていた妙な空気が消え、ふう、と誰からともなく呼吸をする。
クリフォードさんは彼女の消えた先をじっと難しい顔をして見つめていた。
「あの、クリフォードしゃん」
「ん?」
「……美女に見とれちゃ、嫌でしゅ」
「おやおや、嫉妬ですかミルシェットさん」
「みーっ」
クリフォードさんは私の頭をくりくりと撫でる。私は毛を逆立てた。
「冗談ですよ。彼女の言葉が少し気になりまして……」
「みい?」
「ミルシェットさん。今日はここでお仕事はお上がりなさい。しっかり昼寝をして夜に備えるのです」
み?
私が首をかしげると、クリフォードさんがかがんで片耳に耳打ちする。
「ひそひそひそ」
「みっ!!!」
クリフォードさんから聞かされた言葉に驚いていると、クリフォードさんがしぃっと口元に指を立てる。
私は、口を塞いでこくこくと頷いた。
◇◇◇
――夜。
新月の闇の中、一人の影がささっと庭を駆け抜ける。
ねこねこカフェの外壁に縄をかけ、二階の小窓まで軽々と登る。
可愛らしいレースのカーテンで包まれた部屋に狙いを定め、硬いブーツの靴底が窓を蹴り割らんとした!
スカッ
ドンガラガッシャン!
窓ガラスは先に外されていた。
枠だけの窓を思い切り蹴破ろうとした足はカーテンに絡め取られ、部屋の中に転がり込む。
もがく間もなく、男がその細い体を床に押しつけて拘束した。
「っ……!」
「はわわ……」
押さえつける男はクリフォード。
その隣には醒めた顔をして杖を構えた少年魔術師シトラス。
そしてその後ろには、鍋を被ってお玉を携え、ぴるぴると尻尾を震わせる標的だった猫――ミルシェットがいた。
あっという間に氷魔術で両腕と両足が拘束される。
冷たさに喘ぐと、杖で顎をぐいっと持ち上げられた。
部屋の明かりが灯される。
屈辱の中、闖入者――シスターの美女は、悔しさに歯を食いしばる。
冷ややかにクリフォードが尋ねた。
「あなたは……ロビン・スターゲイザー。ビッグボス……ですね?」
開き直るように、美女――ロビン・スターゲイザーはにやっと目を眇めて笑った。
お読みいただきありがとうございました。
今日から一気に第一部ラストまで行きます!
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