わけっこハニトーと、スレディバルの話題
きらきらさんさんお日様びより。
庭にきらきらと水しぶきが弧を描き、幾重にも生じた虹にこどもたちが大歓声を上げる。
「きゃーっ! つめたーい!」
「にじつかまえるーっ!」
「きゃはははは」
女の子たちは虹をつかまえようとしたり、シトラスさんの周りを巡る水の精霊ウンディーネの姿を追いかけたりして楽しそうだ。
「きたな! うぉーたーどらごんめ! おれがたいじしてやる!」
「おらおらおらおらおらー!!」
男の子たちは木の棒をふりまわして、水を魔物に見立てて対決している。
最近は冒険者ごっこが彼らのブームらしい。
庭で水を撒くのは、すっかりスレディバルのみなさんに親しまれるようになったシトラスさん。
シャツを腕まくりして真っ白な腕を晒し、杖を振り上げて水を撒き散らしている。
未就学児のこどもたちの大はしゃぎを見守る彼の目は、おにーさんらしくて優しい。
「みー! にゃー!!」
私も私で、すっかり夢中で水から逃げたり、逆に追いかけたりしてぱたぱた走り回ってる。
濡れた芝生を踏みしめたときのぴちゃぴちゃっとした感覚も、みんなで興奮して笑い合うこの感覚も、とっても楽しい。
こけても服が濡れても、泥まみれになってもたーのしい!
――なんだか、こどもたちと一緒にいると5しゃいの感覚に引きずられまくるでしゅ。
――まあいいか、でしゅ。だって、私ほんとのほんとに5しゃいだし。みい。
シトラスさんが私たちちびっこの子守をしてくれている間、お店ではスレディバルのママさんたちがランチ会を開いている。先週までスレディバルの農家の奥様たちは大忙しだったらしく、そのママさんたちの気兼ねない慰労会のようなものらしい。
窓が開いて、クリフォードさんがこちらに手を振る。
「シトラスー! お会計してますので、そろそろ皆を綺麗にしてください!」
「はい!」
シトラスさんは返事をすると、私を含むこどもたちを一列に並べて、杖をくるくるっと回す。
魔法少女のような動きに従い、水が吹き付け、風が吹き付け、私たちは綺麗にまるごと洗濯された。
お店から出てきたママさんたちが、綺麗になったこどもたちと合流する。みんなにこにこだ。
「ありがとうね、シトラスくん」
「ミルシェットちゃん、こんどまたおうちに遊びにいらっしゃい」
「みー!」
「お気をつけて! ありがとうございました!」
見送りを終えて店に戻ると、クリフォードさんが私たちのお昼を用意していた。
今日はママさんたちの貸し切りだったので、窓辺の丸いテーブルにクリフォードさんが昼食のカトラリーを並べている。ランチョンマットが三枚。それに私のちっちゃいフォークとスプーンを囲んで、二人のカトラリーが並んでいる。なんだか平和で愛らしくって、くすぐったい。
嬉しくてしっぽをいじいじしていると、クリフォードさんが声をかけてきた。
「パン屋の奥さんが一斤まるごとパンをくださったので、それをいただきましょう」
「わーい! ところでそのパンは……?」
「ここに」
クリフォードさんがオーブンを指す。
「まって、まるごといれたんですか? 先生」
「ええ」
「わーお 大胆でしゅ」
オーブンのブンが終わってジャッと出てきたパンは、ほかほかでまるごとトーストされている。
「まったくもぉ……」
いいながら、美味しそうな匂いにシトラスさんが目をキラキラさせている。
私はそうだ、と思ってぴっと手を上げる。
「クリフォードしゃん、これ私が盛り付けていーれしゅか?」
「もちろんですよ、どうぞどうぞ」
「みー!」
私は踏み台をよちよち持ってきて、踏み台に立って、大きなパンナイフで中をざっくりくりぬこうとする。でも上手くいかない。
「僕が手伝おうか?」
「みー! おねがいしましゅ!」
「よっと」
私はシトラスさんに、中を正方形にくりぬいて、更に四角にダイスカットして貰うようにお願いした。それをトースターで軽く焼き目をつけ、その間にバターを持ってきて、クリフォードさんのイフリートに頼ってとろとろに溶かして貰う。
くりぬいて貰った食パンに、バターを浸すように塗りつけた!
「う……!」
ころころ……転がすとバターの香りとパンの香りが最高潮!
私は魔石の粉末からシナモンに似た調合を選び、その上にかしゅかしゅっとミルで粉砕しながら振りかける。
それらをくりぬいたトーストに詰めて、上にピックを刺して、蜂蜜を添えて完成だ。
「ハニートースト! でしゅ!」
糖質と脂質の暴力をカワイイ♡でくるんだ最強のメニューだ!
「これはこれはアラサーにはなかなかにヘビーな物が。しかし美味しそうですね」
クリフォードさんが顎を撫でていると、隣でシトラスさんが腕を組む。
「これ、ベーコンと卵と合わせても美味しそうだね」
「み! あつあつだからアイスをのっけても美味しいと思いましゅ!」
「いいねえ」
手を上げて意見を述べる私。
クリフォードさんが冷蔵庫を開いて、ベーコンと卵を取り出す。
「三人分の量もありますし、取り分けながら好きなトッピングでいただくのは?」
「はい!」
「さんせーでしゅ!」
そんなわけで、私たちはいそいそと食卓に着き、プレーンな一斤まるごとほかほかトーストを中心に据える。
カリカリに焼いたベーコンに、ゆで卵。蜂蜜にアイス。
アイスはシトラスさんが出した手のひらサイズの氷の竜が抱えてくれているのでひえひえだ。
ヨーグルトにジャム、牛乳に水出しハーブティ。ママさんたちのランチ会で余ったものなので、形や量が歪で、なんだかそれもいい感じ。
「いただきましゅ!」
私の食事前の祈りに、シトラスさんが細い首をかしげる。
「ミルシェットちゃん、いつも食事の前の祈りが独特だよね。聖猫族の宗教?」
「えっと…………娼館時代のママの習慣だったので!」
「なるほど」
シトラスさんは納得してくれた。よかったーと思う。
前世から引き継いだ倫理観で、なんとなく「いただきます」ぬきで食事できないのだ。
染みついた習慣、食事にまつわる感覚はなかなかぬけないにゃ。
そんなわけで三人で食卓を囲み、さっそく昼食を取る。
ダイスカットされたパンにぐさーとフォークを刺して、むいーっとかみちぎって食べる。
新鮮なスレディバルの酪農家さんが作ってくれたバターと、美味しいパン屋さんのパン!おいしい!
パンだけでもじゅわっとバターの脂分が口の中に染み渡って最高なのに、振りかけた魔石のシナモン風味が大人っぽい風味でまたおいしい。
シトラスさんは相変わらず綺麗な顔に似合わず、厚切りベーコンとパンと卵をまとめてすごい勢いでもぐもぐと食べている。一心不乱にもぐもぐとがっつく様子は、いかにもミドルティーンの男の子だ。ほっこりする。
クリフォードさんと目が合う。
彼もまた同じようにシトラスさんを眺めてほっこりしていたようだった。
「パパ、サラダから食べるんでしゅね」
「その……バターが先に来ると……胃もたれしやすい年頃なので……」
「みぃ」
「でもミルシェットさんの魔石がかかっていると、不思議と胃もたれしないんですよね。やはりクズ魔石の回復効果でしょうか」
「あ、それ僕も思ってました」
もぐもぐとしながら、シトラスさんが語る。
「ミルシェットちゃんのクズ魔石密造ポーション混入メニュー、食べると魔力の回復が早いんですよ。もちろん正規ポーションを生でごくごく飲むのとは効き目は全然違うけど、なんというか……三食食べているうちに、少しずつ回復速度が速くなるというか」
ちら、と机の上の竜に目を向ける。
「こいつを出してるのに、全然魔力が減らないんですよ。こいつにつかっている魔力――強いて言うなら僕の魔力総量の1%を、常に回復されているというか?」
「なるほど。日々摂取するなかで少しずつ効果がある、と。まるで食養生のようですね」
「みー」
そういえばママさんたちも、うちのランチを食べると「髪の毛のつやが全然違う!」とか「お化粧のノリが違う!」とか「夫から綺麗になったねって言われた!」とはしゃいでいた。
前世で言うと――医薬品ではなく、医薬部外品とか、化粧品とか、清涼飲料水とか、そういうくくりのものに近いのかもしれない。効果としては。
「効果がわかりにくいのと、あとはスレディバルの人たちがあまり細かいことを気にしない人たちだから、なんとか怪しまれずにやれてるんでしょうね。都会なら悪目立ちして即宮廷魔術師がやってきてますよ、もしくは商人が調査を始めたり」
「でしゅよね。あまりに堂々とやりすぎてましゅよね、ここ」
懸念を口にする私に、クリフォードさんはしれっとした顔で答える。
「大丈夫ですよ。土地柄もしっかり調べた上でここに居を構えましたし、スレディバル近隣一帯は『凪』時代に私が結界を張った領域ですので、めったなことでは目立ちませんよ」
「……ここに隠遁することも、ずっと考えていたってことですか?」
「……」
クリフォードさんがウインクでごまかす。
シトラスさんが握ってるフォークが、ピキッと氷に包まれた。
「そういえば」
ふと思い出したといった風に、シトラスさんが話題を変える。
「最近冒険者が浮き足立って、この町でもうろうろしているらしいんですよ」
「ほお、初耳ですね」
「もしかして、だからちっちゃい男の子たちが冒険者ごっこしてたんでしゅか?」
「そうかもね」
シトラスさんは頷いた。
「近くのダンジョンで、何かおきているのかもしれない。危険なことだったら僕に情報が入らないわけないから、多分たいしたことじゃないんだろうけど……」




