これまでと、これからと
クリフォードさんと、シトラスさんと、私。
三人で集まる場を作って、クリフォードさんは教えてくれた――正体について。
「まさか『大竜厄役』を終結させた、ちょうつよつよ魔術師『凪』さんがクリフォードさんだったなんて、知らなかったでしゅ」
かいつまんで説明すると、クリフォードさんは天涯孤独になったところを、喫茶店オーナーの老夫婦に息子同然に育てられていた。しかし魔族の大暴走『大竜厄役』でめちゃくちゃになった国を守るため、宮廷は才能ある魔術師の卵たちを招集した。
クリフォードさんは招集されて超超超超スパルタ特訓で鍛えられ、超強い二つ名付きの魔術師『凪』となり、名の通りぜーんぶの魔族をヴァーッと、エーイ!と、なんかとにかく一掃して、長きに渡って国をボロボロにしていた『大竜厄役』を終わらせたのだ。
終わらせた頃には老夫婦は既にいなくて、宮廷で『凪』としてちやほやと貴族社交界でがんじがらめにさせられて、せめてもの慰めに自分と同じような天涯孤独の天才たちを育成していたけれど、今度は宮廷に非人道的な道具にする教育をしなさい!と言われて、もうやだーっ! って、宮廷を逃げてきた――ということらしい。
そしてちょうどその時、密造ポーションを作る私を知って、「この才能を守らねば!」と思ってくれて、助けてくれたのだとか。
「……ってことでしゅよね?」
「だいたいそういうことです」
話をまとめた私を前に、クリフォードさんが頷く。
「申し訳ありません、ミルシェットさん。あなたに本当の事を伝えていなくて」
「いやあ……いきなりまとめてそんなこと言われてても、私もびっくりちましたので……」
「あなた相変わらず5歳児らしからぬ落ち着きですよね」
「みい」
「ともあれ、私はもうあなたに何も秘密はありません」
クリフォードさんは肩をすくめる。
「改めて父と娘として、私と一緒にいていただけますか?」
「それはもちろんでしゅ」
私に尋ねてくるクリフォードさん。
私はみみぃ……と考える。
「……」
「ミルシェットさん?」
もちろんクリフォードさんとの関係を変える気はない。
悩んでいる顔をした私が、嫌がっているように見えたのだろう。シトラスさんが身を乗り出して私に訴える。
「先生はいい人だよ。僕が保証する。僕だって君を妹のように思ってる。これからもこの生活を続けてくれないかな」
「もちろん、私もクリフォードしゃんとシトラスしゃんと一緒にいたいれしゅ。密造ポーション作りも、スレディバルでの暮らしも、ぜんぶ楽しいでしゅし……」
「じゃあ何が気になるの?」
「……幸せしゅぎて、うーんってなるんでしゅ?」
「幸せ過ぎて?」
「み」
私は頷く。
「……私は……過去を全部忘れて、好きに生きていいのか……にゃあって」
今更だけど。
なんだか改めて全てを開示して私を娘に迎えたいと言ってくれるパパに、素直に甘えていいのか不安になってきたのだ。
ーー優しくされていいほど、私はいい子なのだろうか?
「いいんじゃないの? だって君、娼館でビッグボスにこき使われていたんだろう?」
「みい、それは正しいんでしゅけど」
私はホットミルクに口をつけて、みいみいと悩む声をあげる。
耳をぺとーっとして足をぷらぷら。
悩む私になおも食い下がろうとするシトラスさんを、クリフォードさんが目で制した。
「ミルシェットさん」
「み」
「思えば、私たちの関係は私がなし崩しに作ったようなものですからね。立ち止まって考える時間も大切でしょう。私も過去を語るまでに時間をいただきましたし」
クリフォードさんはにっこりと微笑んで腕を伸ばし、向かいに座る私の頭を撫でた。
「少なくとも、この生活を続けたいと思っていただいているということでよろしいですね?」
「みい」
私が頷く。
「よかったです。ミルシェットさんがどんな事を考えていたとしても、私もシトラスもあなたの味方です。あなたが幸せに暮らせるように守りますので、安心してくださいね」
「みー、ありがとうございますにゃ」
私は耳をぴるっとして頷く。
シトラスさんは「しかたないか」と肩をすくめた。
「しっかりしてるから忘れそうになるけど、まだ5歳の女の子だもんね。大人の事情とかいっぱい話されてぐるぐるしちゃうよね」
「みー」
「大丈夫。僕たちは味方だよ」
話が一区切りつくと、シトラスさんは私や先生の居所や密造ポーションの件が外部に漏れていないことを説明してくれた。
そもそもシトラスさんがここにたどり着いたのも、私や密造ポーションを嗅ぎつけてではなく、クリフォードさんに個人的な感情を持つシトラスさんが執念で足取りを追ったからだ。
ここのカフェメニューの件も、スレディバル近郊より外では話題になってないという。
裕福な都会の人間は隠れ家カフェに興味ない。
商人が販路を広げるように提案してきたことがあっても、ここの商品は外に出していない。仕入れもラメル商会にして、小規模にぽつぽつとやっている。
つまり、私たちののんびりとしたねこねこカフェ生活は続けられるのだ。
それはよかった。
「では、夜も更けましたしそろそろ寝ましょうか」
「僕も宿舎に戻りますね」
「みー、おやすみなしゃいでしゅ」
私たちはそれぞれ寝室へと向かう。
暗い部屋でベッドに入った私は、なかなか寝付けなかった。
「みい」
天井を見上げながら、呟く。
自分が何にもやもやしているのか、なんとなくわかってる。
でも今、クリフォードさんとシトラスさんの前ではなかなか言いにくかった。
――考えているのが、あのビッグボスのこと、なんて。
「なんだかんだ私の後ろ盾になってくれていたあの人を、放っておいて人道的にいいのかにゃ……」
もやもやする。
この気持ちってなんだろう。別に前の生活に戻りたいわけじゃないのだ。絶対嫌なのだ。
ただ、あっさりと恩の全てを忘れているようで……クリフォードさんやシトラスさん、スレディバルの皆さんが優しければ優しいほど、ちくちくと罪悪感が胸をつっつくのだった。




