不定期バイトで、よろしくです
結局、シトラスさんがいたのは二週間ほどだった。
「あの美少年、もうバイト辞めちゃったのかい~」
「ハキハキしてて、いい子だったのにね」
――シトラスさんが宮廷に戻って、一週間。
少しずつ夏の陽気になる日が増えてきて、カフェでは毎日日替わりフルーツのフルーツポンチがみんなのテーブルを彩っている。
シトラスさんはすっかり皆に親しまれていたようだった。顔が綺麗なのはもちろんなこと、言葉遣いも綺麗で接客も丁寧で、模範的なホール担当だったのだ。
スレディバルの皆さんはいい人たちなので、事情は深く追及せず、シトラスさんのことも和やかな思い出話にしてくれていた。助かるでしゅ。
「よっと……」
フルーツポンチを可愛く盛り付けて、今日は猫さんの白玉団子も添える。
見ているだけで涼しげでかわいい。
他にも、コーヒーゼリーやアイスコーヒーも、どんどん注文が出るようになっていた。
「みっ! かわいくできまちた!」
「では運びますね」
「み!」
帰り際、「私に働かせすぎ」とシトラスさんが言っていた。
父親としてぐっさり刺さったのだろう、クリフォードさんが以前よりホールに出るようにもなった。
私はその背中をぼんやりと眺める。
長い黒髪をゆるくくくって、うさんくさい眼鏡とうさんくさい笑顔のおじさん。
こうして客観的に見ると、カマーベストにアームサスペンダー、すらっとしたトラウザーズといったその立ち姿は、本当に綺麗だ。
宮廷の社交界とかで、色んな貴婦人とダンスしたりしたことはあるのだろうか。
シトラスさんが着ていたような魔術師の礼服を纏って、荘厳に佇んでいたこともあるのだろうか。
――昔は、この人はどんな人だったのだろうか。
心の準備ができたら過去を教えてくれると約束してくれた。
そのことを思うと、胸の奥がぎゅっと甘いような、温かい気持ちになる。
シトラスさんのような親しい弟子ではなく、あくまで契約親子の私に。
嬉しいな。
「にみゃあ……」
一緒に過ごして親しくしているようで、契約だけの関係だと思っていた。
思い込もうとしていた。だってまた、娼館の時のように――居場所を失うのは、つらいから。
本当の親子のように、ほんとは、これからもずっと――
そんな物思いは、裏口から聞こえる元気なあいさつですっ飛んだ。
「口上前略、ラメル商会でーす! ミルシェットちゃん! シトラスくんっ! いるかい!?」
「あっファルカしゃん! イーグルしゃん!」
「ふうううううう可愛いねえええええ」
「姉さん姉さん、ゆびわきわきするのしまって」
ファルカさんは興奮気味に何か包みを見せてくる。
「結婚前にさっ! あたしと旦那の仲を取り持ってくれただろ!? そのお礼を持ってきたよっ! 遅くなったけどな!」
「みゃ!」
受け取ると、クリフォードさんもおやおやといいながらやってくる。
「それはそれは、お気遣いさせてしまいましたね。これは?」
「制服だよ! いつもうちを通じてセミオーダーで服の発注してくれてただろ? そのサイズに合わせて、夏の制服作ってみたんだ」
「みー!」
促されるまま、私は包みを開いて目を輝かせた。
白いセーラー襟のワンピースに、ふりふりのミント色のストライプのエプロンだ。
靴下も靴もお揃いで、ネコミミにつけるリボンも一緒だ。
「飲食店だし、気になるときのために布でくるっと包めるやつも用意したっすよ。お団子頭のカバーみたいな感じっすね。尻尾カバーもあるっす」
そう説明してくれたのはイーグルさん。
クリフォードさん用の爽やかなエプロンとネクタイのセットも添えられている。
ふと、二人用にしては妙に包みが大きいと思った。
「あれ、これは……もしかして」
「シトラスくんのだよ」
ファルカさんがわかりやすくしょげる。
「あの子に似合う制服、作ってみたんだけど間に合わなかったね……」
「私がおおきくなったら着ましゅよ。ありがとうございましゅ」
「気遣いが優しいねえミルシェットちゃん」
そのとき。
「なんで僕の服を、君が勝手に使うの。一言くらい声をかけてくれてもいいだろ?」
「え」
振り返るとシトラスさんがいた。
魔術師のローブとは違い、品のいいシャツとトラウザー姿で上品だ。
シトラスさんはつかつかとこちらに近づいて、服を広げる。
にっこりと爽やかな笑顔で、ファルカさんを見上げて笑った。
「いいですね。ありがとうございます、ファルカさん」
「ぐえーっ」
「あーっ! 姉さーん!!」
◇◇◇
閉店後、シトラスさんは私とクリフォードさんを庭に呼んだ。
彼がずっと泊まっていたテントがまだそこにある。
ぺらりとめくると、中は――光がぐるぐるする宇宙のような変な空間になっていた。
「にゃーっ!?」
毛を逆立てて叫ぶ私の隣で、クリフォードさんが顎に手を添えむむむと言う。
「なるほど、宮廷魔術局の宿舎にそのまま転移を作ると危険なので、匿名性の高い魔術空間を介して、居場所が明かされないようにする、と……これはよくできていますね。裏社会が悪用する古代魔術を上手に活用しています」
「奴隷時代に僕がこっそり足しておいた回路を使っているので、ここに気づけるのは『凪』レベルの魔術師だけですよ」
「いやいや……『凪』は老兵ですからね、こんな最新魔術と非合法と古代魔術をまぜこぜにした転移空間なんて……ははあ……やられましたね」
クリフォードさんはただただ感心していた。
先生のそんな様子に、シトラスさんは誇らしそうにへへっと笑う。
「先生がおっしゃったじゃないですか。魔術は世界に散らばるフルーツポンチみたいなものがいいって」
「そうですね? 似た事をいいましたね?」
「フルーツポンチと同じで、違う技術をごちゃごちゃに混ぜれば、新しい魔術ができる、先生と縁を切らずに済むって、あれでピンとひらめいたんです」
「なるほど。そうです。……魔術の進歩はやっぱり、広く柔軟に開かれているほうがいいですよ」
シトラスさんは姿勢を正し、先生に頭を下げた。
「僕を働かせてください。数日おきに一度でも構いません。……先生といるほうが魔術研究の効率もあがるんです」
「良いでしょう。ただし、無理は禁物ですよ」
「……はい!」
わーいと、私は両手をあげてぴょんぴょんする。
「これからよろしくおねがいちましゅ! シトラスしゃん!」
「よろしくねミルシェットちゃん」
かがんでくれたシトラスさんと、私はお手々をぎゅっぎゅと握手する。
綺麗な空色の瞳が、私をうつして細くなった。
それから二人が楽しそうにあれこれと魔術回路について話しはじめたので、私はてちてちとカフェに戻る。
踏み台に乗って残り物のフルーツとポーショココを混ぜて、しゅわしゅわの水色の炭酸水を振りかける。
くだものも、ポーショココも、材料もなんでも。色んなところで作られて、奇跡的な偶然で今、同じお皿の中で輝いてる。
味見をすると、甘くてしゅぱしゅぱで、美味しい。
「みゃー、上出来にゃ」
みみを下げて、私はほっぺを押さえて甘さをじっくり味わう。
カフェのドアベルが鳴る。
二人がにこやかにカフェに戻ってくる。私は真新しいエプロンドレスで振り返り、微笑んだ。
「おかえりにゃさい! まかないのぽんち、できまちた!」
シトラスさんが腕まくりしてこちらにやってくる。
「じゃあ僕は、いつもみたいにパン焼けばいいかな?」
「み! からあげの残りと、タルタルソースの残りもありましゅ!」
「いいね」
私たちが準備をしていると、パパが閉店準備を魔法でしゃしゃっと終わらせている。
「先生! いい加減自分でやりましょうよ! 覚えませんよ」
「ぎく」
私たちは賑やかな、まかないのお夕飯をとるのだった。
今夜はまだ、クリフォードさんの過去は――かんがえないことにした。




