チンピラとトラウマ
ランチタイムが終わり、私が外に置いたランチタイムの看板を下げていたときのことだ。
嫌な気配がぴんとして、私は視線を道へと向ける。
明らかに柄の悪いお兄さんたちが、こちらに近づいてくるところだった。
「みっ……!」
「どうしたの、ミルシェットちゃん」
奥から出てきたシトラスさんが顔をこわばらせる。
私をさっと背中に庇った。
「こいつらは……あの裏カジノにいた……! しかし足跡は消したはず」
「へへ、お綺麗な魔術師の坊ちゃん。頭でっかちなお前に教えてやるよ」
肩にとげとげした防具をつけたお兄さんが、へへっへと笑いながら言う。
「魔術師は短期記憶消去? だったかの魔術だったり、幻覚で煙に巻く魔術だったりが使えるらしいが、それでも痕跡が消えないヤツっていうのがいるんだよぉ」
「どこで焼かれてんのかしらねえが、おめえ魔術の焼き鏝を焼かれてたことあるだろ?」
「新しいご主人様に買われた後、焼き鏝で隷属の上書きをされなかっただろ? わかんだよ」
ビクッと、明らかにシトラスさんの体がこわばる。
シトラスさんの反応に、お兄さんたちは下卑た笑いを浮かべた。
肩をくつくつと揺らすと、とげとげがぶつかってガシャガシャ鳴る。
「俺らはビッグ・ボスとは無関係の奴隷商人だが、あの裏カジノで見てから、お前が気に入ったから追いかけてきたのよ」
「奴隷の焼き鏝の跡は特別製の魔道具に反応する。逃亡防止ってやつだな」
「都会にいたらばれねえが、上からいくら解術されたささやかなやつでも、このド田舎にいたらすぐ……ビンビンに感じちまうんよなあ」
「逃亡奴隷はまた売り飛ばし直してやるよ」
――つまり、シトラスさんがビックボスに会いに行っていたときに、たまたま居合わせた奴隷商人にめをつけられたというわけだ。
私は逃げてクリフォードさんに助けを求めた方がいいと分かってる。
でも、この震えるシトラスさんをほおっては置けない。
「やめろ……ここから、立ち去れ!!」
シトラスさんが腕を前に振りかざすと、ヴンッと杖が姿を現す。
魔術師の杖を突きつけられても、彼らは余裕ぶった顔をしてシトラスさんを見下ろす。
「はっはっは、子どもの前で言って欲しくねえってか? そこのネコミミちゃんに聞こえるように言ってやろうか、お前がどんな扱いを受けていたのか」
「っの……!」
魔術を発動しようとして、発動しない。
あれだけ強い魔術だったのに。
「ははは、精神乱れてるぜ? 魔術師サマよ」
「どんなにすました顔しやがっても、お前は奴隷なんだよ、魂がな!」
「っ……くそ、……っ……!」
何度も何度も発動しようとしては失敗するなかで、どんどんシトラスさんが青ざめていく。
スレディバルのみなさんも心配そうに遠巻きに集まってきた。
騒ぎになってしまう。このままでは、色々と危険だ。
シトラスさんが叫んだ。
「ミルシェットちゃん! はやく、奥にいって……時間稼ぎは僕が……やるけぇ……っ」
「シトラスしゃん……!」
震えながらも、私を背にかばうシトラスさんを見上げた。
魔術が出なくなるほど怯えているのに、シトラスさんは私と、大切なクリフォードさんの店を守ろうとしてくれているのだ。
――私は幼女だ。5歳の、ただの子猫だ。
――でも、私はビッグボスの元では幹部だったのだ! 元裏組織の幹部幼女なのだ!
私はてててと店に入る。
私が逃げたのを見て、シトラスさんがほっとした顔になった。
「へへ、おとなしくしてりゃあ悪いようにはしねえよ、俺たちはお前にしか用はねえ」
絶対守るから! 待っててね!
店に入ってクリフォードさんを見て、ハンドサインでピピピッと外の異常を伝える。
クリフォードさんは一瞬目をぱちくりとしつつも、私の剣幕で察してくれたらしい。
私が二階の居住階に上がったところで、一階からぼふんと軽い音が聞こえる――おそらく、店の中にいた人たちを眠らせたのだ。
私は二階に行って、書斎に入る。作り置きしていたクズ魔石ポーションをささっと手に取って、
私は窓を開いた。
窓の下、ちょうどシトラスさんを引っ張ろうとしている悪いお兄さんたちの姿が見えた。
「とりゃああああああっ!!!」
私は思いっきり窓から飛び降りる。
くるくるくるっと受け身を取りつつ、思いっきりいくつかのポーションを、お兄さんたちにぶっかけた!
「うわっ!」
「なんだ、水か!?」
次の瞬間。悪いお兄さんたちの肩のとげとげがじゅわっと消える。
「「「「え?」」」」
お兄さんたちは全裸になった。
「う、うわーっ!?!」
「きゃーっ! いきなり脱いでシトラスしゃんを誘拐しようとする悪者でしゅー!!! たすけてー!!!!」
「ま、まて、服、えっ……な、なんで溶けた!?」
「恐ろしいでしゅー! 水を被ったらすぐ溶けるひわいな服で闊歩するお兄しゃんたちこわいでしゅー!!」
「おい、猫! 黙れ、この!」
ばしゃっ。再び私は彼らの顔にポーションをぶっかける。
「「ぐわー」」
全裸お兄さんたちが叫びながら顔をこする。
ブルーのラメに輝くしゅわしゅわの炭酸水。甘い味のフルーツポンチに突っ込むようの試作品で、人体に悪い影響はない(多分)。
けれど服を溶かされた瞬間のびっくりが続いているので、ただの炭酸水でも塩酸とか、そういう危険なポーションっぽい感じに錯覚するのだ!
「ま、待ちやがれ、クソ猫……!」
「ぴえーっ! おたすけーっ!」
私はててててと走り、こちらを遠巻きにうかがっていた野次馬の中に飛び込む。
聖猫族は身のこなしは素早いのだ! 窓からだって飛び降りれるのにゃ!! にゃ!
「この、待ちやがれ!」
全裸で追いかけてくるお兄さんたち。
人々は悲鳴を上げながら、彼らに物を投げつけて私を守ろうとしてくれる。
「ミルシェットちゃんを守るんだ!」
「シトラスきゅんも俺たちスレディバルの少年だ! 守るぞ!」
「えいえい!」
「なっ、えっ、おいこら!」
「ゴルァ!」
全裸お兄さんたちがすごんでも、全裸で全身びしゃびしゃで、炭酸水ぶちまけられていてもう何も怖くない。
やけくそで走る全裸お兄さん。
その時、道の向こう側から、見慣れた金髪の優男のお兄さんがやってきた。
こちらを見て、驚いた顔をする。
アントニーさんだ!
「ミルシェットちゃん!?」
「みーっ! へんたいさんでしゅー!」
「なんだって!!」
アントニーさんは大声をあげるなり、駆け出し、チンピラのお兄さんたちにまっすぐ向かっていく!
「覚悟!」
ドカバキボコッ!
アントニーさんは騎士団出身の体術をもって、数秒でお兄さんたちを制圧した。
「ふぅ……」
「アントニーさん、ちょーつよつよでしゅ!」
「へへ、メンタルが治ったらそれなりにね」
照れたように微笑むアントニーさん。
気絶した全裸男性たちを、手際よく荒縄で縛りあげ、空になった荷馬車につっこんだ。
「このまま冒険者ギルドのほうにつれていくよ。誰かが警邏騎士に突き出してお小遣い稼ぎしてくれるだろう。俺は面倒ごとは嫌だからね」
「ありがとうございましゅ、よろしくおねがいしましゅ」
「あと……ミルシェットちゃんを狙った変態と聞いたら……うちの奥さんが……こいつら絶対……粉微塵にするからね…………」
穏便に消えて貰おう!
というわけで私たちは一致団結し、怖いお兄さんたちの処分をすることにした。
町の人々は「なんだ変態か」「よかったね」「気をつけてね」と去って行く。
「ふう……穏便に済ませられたでしゅ」
どんな悪いお兄さんでも、いきなり全裸になったら隙が出る。
それは私の5年間の裏社会生活で覚えた知恵だった。
店に戻ると、店は平穏無事に戻っていた。
「ミルシェットさん、店の方をお願いできますか? 私はシトラスを」
「はいでしゅ」
私は二階に消えていくクリフォードさんを見送った。
お店の中にいたお客さんはみんなおじいちゃんとおばあちゃんだったので、多少寝ていても記憶が飛んでいても年齢のせいでごまかせそうだった。よかった。
私は店番猫をしながら、そっと二階に消えていった二人に思いをはせた。
――元奴隷として闇オークションに売り飛ばされていた、シトラスさん。
私に聞かれたくない話もあるよねと、転生前の知識がある私は、思うのだった。




