世代が違うからしかたないでしゅ
その後ランチタイムが挟まったので、落ち着いて話せるのは夕方になってからだった。
終日シトラスさんは賑やかなお店の片隅で、じーっと湿度の高い眼差しでクリフォードさんを見ていた。
お客さんたちは意外とみんな珍しい美少年がいるぞと遠巻きに興味深げに見物するだけで、特に営業妨害にはならなかった。むしろシトラスさんが物珍しくてわざわざ窓の外まで覗きに来る人がいるくらいだ。
スレディバルは田舎ではあるけれど、一応街道沿いの開けた町で、冒険者の潜るダンジョンもそう遠くない位置にある。よそ者には慣れているというか、単純に興味津々な人が多いのだ。
平和でしゅ。
◇
閉店後の夕方。
クリフォードさんはまず、シトラスさんを褒めた。
「成長しましたね。宮廷のスパイもつけず、自分自身で情報を調べて、良くここに辿り着けました。宮廷のスパイをつけられるようでは、一流の宮廷魔術師とは言えません」
「と、……当然です。先生にも潜伏の理由があると思ったので」
シトラスさんは頬を染めて照れたのち、はっと我に返った様子になる。
咳払いをしてクリフォードさんをにらみ、シトラスさんは問い詰めた。
「……先生。どうして僕たちに黙って辞めたんですか。せめて理由だけでも教えてください」
その顔には、憧れと悔しさと、怒りがにじんでいた。
「先生は身寄りのない僕たちを『二期生』として私塾で学ばせ、貴族に占有された魔術界隈を変えていける魔術師に鍛えてくださったではないですか。なのに……突然消えて、僕にも行方を教えないで、いったいどういうことですか」
シトラスさんが拳を握って悔しそうにする。
クリフォードさんは逃げも隠れもせず、落ち着き払った様子でシトラスさんに答えた。
「もともと私は弟子の独立を機に消えようとおもっていました。その時期が来ただけですよ」
「先生が宮廷魔術局のやり方をよく思っていないことも、いずれ辞めるつもりだったことも知っています。でも、それだけでは黙って消えた理由にはなりません」
もしかして、とシトラスは続ける。
「……もしかして、僕たちに隠して何か計画を立てていらっしゃるのでは?」
「まさかそんなことは。宮廷と完全に縁を切りたいだけですよ」
しかしその返答に、シトラスさんは納得できないらしい。
「……僕は力不足ではありません。先生から守られる子どもでは、もうない」
シトラスさんが空中で腕を振ると、きらきらの杖が出現する。
「――僕の実力を見たら、口を割っていただけますか」
魔法少女でしゅー なんて思っていると、掲げた杖の先端からバキバキバキ!と氷の竜が出現した。巨大な竜は室内を埋め尽くさんばかりに大きくなる。
「僕の二つ名は『嵐』。先生の静かな魔術とは逆に、全てを掻き乱す騒乱の力。……先生の魔術で防御されたこの店の中でも、僕は全てを壊すことだって可能だ」
「みゃーっ」
私は魔術について詳しくないけど、無詠唱でこれは凄すぎる気がする。
毛を逆立てて悲鳴を上げる私をだっこし、クリフォードさんはためいきをつく。
「こらこら、娘が驚くからやめなさい」
ぱちん。
クリフォードさんが指を弾くだけで氷の竜は冷えた風になって消えていく。
こちらもこちらとして、強すぎる。
「……強さを誇ってどうするのです。イキるなら一般中年男性と子猫相手ではなく、もっと別の相手になさい」
「っ……」
「私はもう宮廷と距離を取りたい。私の事であなたたち弟子に迷惑をかけたくない。平凡にのんびり過ごしたい。ただそれだけですよ」
「……《《三期を育てろ》》と言われたからですか?」
シトラスさんの言葉に、クリフォードさんが僅かに身をこわばらせる。
「噂は本当だったのですね。平民に魔術を教えたいのなら『強化魔術師第三期』として育てろと宮廷魔術局に言われていたという」
「……」
「僕たち『強化魔術師第二期』は先生の指導の下、まっとうな宮廷魔術師としての立場を得られましたが、三期は兵器として育てるように命じられたのですね?……過去の先生のように」
「えっ」
驚く声が出たのは私だ。
兵器のように育てられた? 先生が?
クリフォードさんは溜息をついた。眼鏡の奥の眼差しは、表情が見えない。
「……あのねえ、シトラス。それより先に気にするべき事があるんじゃないですか?」
「何です」
「私がこの子を娘っていってるのに、なぁんにも反応してくれないの、どうかと思いますけど」
そういいながら、クリフォードさんは私を抱きしめてほっぺをくっつける。
シトラスさんは二度瞬きをした。
「……確かに。誰なんですか、この子は」
ほんとに気にしてなかったんかーい! と私は驚く。
クリフォードさんは頬ずりしながら答えた。
「ミルシェットさん。私の可愛い娘です」
「…………先生の子ではありませんよね」
「私の子ですよ」
「ネコミミ生えてますし、そもそも髪色も目の色も全然違います。そもそも聖猫族と人間で子どもができるわけないじゃないですか」
「天才ですから私」
「……そうか、先生は天才だった……」
シトラスさんは至極小難しい顔をして首をひねったのち、「やっぱり違いますよね」と答えた。そこは悩まずに答えてほしかった。
「つまり……養女にしたんですね?」
「ええ、まあ、そういうことです」
クリフォードさんの肯定に、シトラスさんは少し考えた後口を開く。
「ということは、もしかしてこの子を僕たちと同じように魔術師として育てるため潜伏したんですか?」
「親子になりたいから親子になったんです。彼女も能力値としては普通の子ですよ」
「みー」
脱法ポーションの事を話さないためとはいえ、普通の子扱いされている。
いいんでしゅけど。私、すごーく脱法ポーションでこのカフェに貢献してるんでしゅけど。
「普通の子を……育てる……先生が?」
「侮ってはなりませんよ、シトラス。魔術だけが才能ではありません。ミルシェットさんを甘くみちゃあいけません。ところで」
突然、クリフォードさんが真面目な顔でシトラスさんに近づいた。
「あなたに尋ねたいことがあります。シトラス」
「な、何でしょう……」
「背が伸びましたね、成長期なのはよいことです。身長はいくつですか?」
「は、……はい。160チレットに……なりました」
「おやおや、あっという間に抜かされそうですね」
「ええとまあ……だって、僕も、もう14歳です。先生くらい大きくなりたいですし……」
成長を褒められ、シトラスさんの表情から棘が消える。
照れるシトラスさんに、クリフォードさんはにこにこで続けた。
「今もちゃんと食事をとれていますか? シトラスは料理もとっても上手かったですもんね」
「先生の一番弟子なので、当然です」
「久しぶりにあなたの食事を食べたくなりました。キッチンでまた、手腕をみせていただけますか?」
「もちろんです、任せてください! エプロンもあります!」
「すごいすごい」
着ぶくれしたローブを脱いで腕まくりして、シトラスさんは意気揚々とキッチンへと入っていく。
中からはおだてるクリフォードさんの声と、手際よくちゃっちゃと夕飯を作る音が聞こえてきた。
「……お、おだててめっちゃ仕事させてましゅ…………」
でも私もせっかくなのでついて行って、すごいすごいと褒め称えまくった。
クリフォードさんが私を見て、自慢げに言う。
「店のメニューは、ほとんどミルシェットさんの考案なのですよ」
「えっそうなんですか!?」
「ふふん、私が料理できなかったのは知っているでしょう? ですがミルシェットさんは、料理もできるし接客もできるし、笑顔は可愛いし、とっても有能な猫さんなんですよ」
シトラスさんは私をじっと見つめる。
そしてしゃがんで眉を下げて、素直に非礼をわびた。
「先ほどは魔力の話で、失礼な事を言ってしまった。ごめんね、君はすごかったんだ」
「い、いえいえですにゃ」
意外なほど素直にわびられ、私は手をぶんぶんと顔の前で横に振る。直情的というか、視野が狭いというか、暴走列車な感じの人だけど、根はとてもまっすぐみたいだ。
結果として、シトラスさんのおかげで美味しい夕飯にありつけただけでなく、かなりの仕事を捌くことができたのだった。
――クリフォードさんは、やっぱりずるい大人でしゅ。
◇◇◇
夕飯後、シトラスさんはあらためてクリフォードさんに訴えた。
「……本当に戻らないおつもりなんですね」
「ええ。もう私の宮廷魔術師としての役目は終わりです……ちゃんと休暇はとれていますか?」
「はい。今回も長期休暇、です」
「せっかくの休暇なのだから楽しく過ごしなさい」
シトラスさんは外を見た。
店の外は、もう暗い。
「今日のところは…………失礼します。また、明日」
シトラスさんは強く訴えると、そのまま一礼して庭へと向かった。
テントを張って、今夜はうちの庭をキャンプ地とするらしい。
「……居座っていいとは言いませんでしたが……まあ、仕方ありません」
クリフォードさんが外を見ながら肩をすくめる。
私は、その顔を見上げながら尋ねた。
「……クリフォードさん。二期とか、三期とか……兵器とか、……なんでしゅか?」
「……聞いちゃいますか、やっぱり」
「そりゃー聞いちゃいますよ」
「ですよねえ」
クリフォードさんは肩をすくめる。
「そろそろ黙っているのは潮時かもしれません。私の本当の正体を」
私の頭を、クリフォードさんはそっと撫でる。
「ミルシェットさん。私がどんな人間だったとしても……娘を辞めないでくれますか」
「話す前にそれを聞くのはずるいでしゅ」
「はは、そうですね」
私は耳をぺとーっと下げて、喉をごろごろ鳴らして――答えた。
「私を誰だと思ってるんでしゅか。ただの子猫じゃにゃいです。ビッグボスの部下だった5歳の密造ポーション薬師でしゅよ。今更、なーんにも驚かないでしゅ」
「そうでしたね。あなたは酸いも甘いもかみ分けた、すごい猫さんでした」
「みー」
彼は私を抱き上げ顔の高さを一緒にすると、窓の外のテントの明かりを見た後、口にした。
「私は『大竜厄役』で家族を失った孤児でした。そして養父母との暮らしを経て、当時の宮廷魔術局に招集され『強化魔術師第一期』となりました」
「孤児……強化魔術師第一期……」
「私の魔術師としての名は『凪』。……聞いたことくらいは、あるのでは?」
「『凪』……」
私はクリフォードさんを見た。
抱き上げられ、至近距離で見つめるクリフォードさん。
金色の瞳は暗がりでは茶色に見える。その双眸に、目をぱちくりとした子猫が映っていた。
「……怖いですか?」
「あの、クリフォードしゃん」
「なんでしょう」
「『凪』って…………なんでしゅか」
「…………………………………………」
「5歳でしゅし……その、娼館そだちにゃので………………世間には……特に古い話題には……ちょーっと……疎くて……」
クリフォードさんの眼鏡が、ずるっとズレた。




