宮廷魔術師『嵐』
開店時間から真っ先にやってきた常連のおじいさんたち。
彼らは春のぽかぽかの陽気のなかで、新聞を読んだり、二人でボードゲームをしたりしている。
クリフォードさんこだわりのブレンドは、おじいさんたちの毎日の楽しみらしく、焙煎や淹れかたによる、味のちょっとした違いや香りの違いに気付いては、クリフォードさんに嬉々として話しかけている。
クリフォードさんはおじいさんたちの息子のように、穏やかに笑顔で応対する。
うさんくさいけどのほほんとしたクリフォードさんの雰囲気のおかげか、おじいさんたちもみんなそれぞれ『ちがいのわかるおとこ』って感じの、ダンディを誇るおじいさんたちだ。
そんなコーヒーの香りに混じって香るのは、瑞々しいフルーツの香り。
私が踏み台に乗って、キッチンで切っているフルーツだ。
――春は祭りも多い。そして色んなフルーツの旬だ。
そうするといただきものだったり、出荷はできないけど今日食べるならOKって感じの傷物のフルーツだったり、祭りであまった安いフルーツだったりが、たくさんねこねこカフェにやってくる。
私はそこで考えた。密造ポーションの色水で寒天とかナタデココみたいなものをつくり、密造ポーションの疑似炭酸水を合わせて、美味しいフルーツポンチができないかと。
試行錯誤の結果、無事に寒天とかナタデココのようなものは完成した。
単純に水関係の魔石をちょっといじれば、いい感じのぷちぷちっとしたものができたのだ。
名付けてポーショココ。
バットで色とりどりのポーショココを作って、四角に切ったりハートや星形に切ったりして、冷蔵庫に保存している。
それを朝入荷したフルーツと色味を調節しながら混ぜて、密造ポーション炭酸水でぱちぱち!しゅわー! なわけで。
そして見事、期間限定だけど人気メニューとなったのだ!
フルーツポンチを出すのはランチタイムから。
というわけで、私は朝入ってきたフルーツをむきむきしたり、すぱすぱしたりしていた。
台所で踏み台に立って、んみっんみっと頑張ってる私をみて、おじいさんたちの顔がにこにこになる。悪いことせずに、毎日血や暴力や子供に不適切な性ふーぞくのリアルを見ずに、おだやかにまったりお料理をして楽しく暮らせる日々! 最高!
甘い匂いに尻尾をゆらっとさせながら、私はふーっと息を吐く。
「この平和がずーっと続いてほしいでしゅ……」
――事件が起きたのは。
お勘定を済ませたおじいさんの一人が、店を出たときだった。
「おい、なんだかあっちのほうがやけに騒がしいぞ」
おじいさんの言葉に、店内のおじいさんたちがぞろぞろと窓の外を覗く。
「どうした火事か」
「交通事故か」
「誰か迷子になったか」
「いや、なんだか……人だかりが……こっちに近づいてるようじゃ」
おじいさんたちの言葉に、テーブルを片付けていたクリフォードさんが私を見る。
クリフォードさんは私をみょいっとだっこすると、一緒に窓辺に連れて行ってくれた。
窓の外。
のらねこカフェに続くのどかな道に、なにやら珍しい人だかりができている。
歩いている誰かを遠巻きにみているような、雰囲気だ。
私はみゃっと声を出す。
「も、ももももしかしてバレ……」
「大丈夫です。警邏騎士やその他そっち系の人ならもっと大人数で来るはずです。人々ももっと怯えた雰囲気のはず……」
クリフォードさんは口元に手を添え、言った。
「もしや」
「もしや!?」
もしやってなんでしゅか!? ――そう聞くよりも早く。
人だかりから覗いた人影に私は目を奪われた。
それは白を基調にした雪のような魔術師のローブをまとった、着ぶくれした銀髪の少年だった。
遠目にも分かる、まるでお人形が動いているような美しさ。お城の宝物庫に飾られた国宝のビスクドールがもしあるとすれば、それは彼ですといった感じだ。
「はああー、あれは精霊か? まるで光ってるようじゃ」
「人間のボウズじゃろ、影ができてるし、シャキシャキ歩いてる」
「ほんとじゃ」
おじいさんたちが口々に言う。
クリフォードさんが私をぽすっと床に下ろす。
「誰でしょうねえ、パパ……」
振り返りながら言うが、パパ――クリフォードさんは既にそこにいない。
「あれ?」
見ると、クリフォードさんはカサカサカサと大慌てでキッチンの戸棚の中に頭を突っ込んで隠れようとしていた。すらりとした長身なので、頭と肩以外大体全部出ている。
「みゃーっ! なにしてんでしゅかっ! ぱぱっ!」
「かかかか隠れねばっ! 隠れねばっ!」
「やーっぱりお知り合いなんでしゅね!? どなたですか?!」
クリフォードさんは空の紙袋を被り、立ち上がる。
「ふふふ、知りませんね、あんな子は宮廷魔術師時代にも知りませんでした、まさか弟子なんて」
「おおおお弟子しゃんなんでしゅかッ!?」
「だから違いますって……ってウェッゲホゲホゲホゲホゲホゲホッ!!!」
「あーっ! それ挽いた豆が入ってた袋ーっ! 粉! 粉っ! 早く脱いでくだしゃいっ!」
「ゲホゲホゲホゲホ」
「脱がないんでしゅか!? 色々目鼻口全部全滅ちましゅよっ!?」
そうこう暴れているうちに、カランカランと景気よいドアベルの音が鳴る。
視界に入るだけで体感温度が5度くらいマイナスになるような、真っ白な雪のような美少年が、店に入ってきた。
美少年はきゅっと唇を引き結び、空色の瞳でクリフォードさんを捕らえた。
「ようやく見つけましたよ、先生。――なぜ突然退職して消えたんですか。理由をお聞かせいただきたい」
口にしてすぐ、彼はクリフォードさんの傍らにいる私に気がついた。
彼は1秒ほど考えた後、杖で床をトンと軽くつき、私に背筋を伸ばして言った。
「失礼。僕は宮廷魔術師局所属、第三級魔術師『嵐』。今日は君の後ろにいる、『な「シトラス」
彼の言葉を遮るように言ったのは、クリフォードさんだ。
クリフォードさんは乱れた黒髪をかきあげ、立ち上がる。
「本名を名乗るのが礼儀ですよ。私も今はただのクリフォードです」
その姿は、颯爽としてかっこいい――といいたいところだけれど、髪やら眼鏡やらほっぺたやらに挽き立ての粉の残りがついていて、かっこいいというより滑稽だ。というか、滑稽以外のなにものでもない。
そんな滑稽の擬人化のようなクリフォードさんの鋭い眼差しを浴びた、『嵐』――と名乗ったシトラスさんは、ぐっと言葉につまる。
ああ――この状況のクリフォードさんに吹き出したりしないあたり、慣れてる人、でしゅ。
私は彼、シトラスさんがクリフォードさんの弟子だと確信した。
シトラスさんは、咳払いして改めて名乗った。
「僕はシトラス・ウィグ。通り名は『嵐』だ」
「そうか、嵐かあ」
おじいさんたちが暢気に言う。
「二つ名かあ、みんな考えるよなあ。わしは『謎めく探偵の歌い手の信奉者』と名乗っておった」
「シトラスでええじゃないか。かわいい名前じゃぞ」
「あーみかん食べたくなってきたな、フルーツポンチわしらも食うか」
「そ、そういうのではないです! 『嵐』は、魔術師としての名ですっ……! 皆さんだってご存じでしょう、『凪』の名を――むっ!」
シトラスさんの口に、クッキーが飛んできて塞ぐ。
きっとクリフォードさんによって魔術でとばされたであろうクッキーを、シトラスさんは渋い顔でもぐもぐと食べる。
「そんな話をしにきたのでは無いでしょう、落ち着きなさい」
いさめるように、クリフォードさんは言った。
「シトラス。積もる話もあるでしょうが、せっかく来てくれたのですしまずは落ち着きましょう。そうだ、今フルーツポンチを仕込んでおりました。あなたにご馳走しましょう」
「っ……話を変えないでください、僕は先生に話が」
ぐーきゅるるる……
「食べながらでもお話はできますよ」
シトラスさんは真っ赤でぐぬぬ、と杖を握りしめる。
ここまで急いできた分、お腹ぺこぺこだったのだろう。
お人形さんみたいな顔をしていても食べるものは食べるんだなあ。
私はてててっと席を用意して、椅子を引いてにっこり笑う。
「どぞ!」
「っ……でも、僕は……」
それでも意地を張ろうとするシトラスさんの背中を、クリフォードさんはまあまあと押して座らせる。
「お食べなさい」
「……で、ですが」
「坊主、うまいから食ってみろ、いいから」
おじいさんたちがにこにこと勧めてくれる。
私もささっとフルーツポンチを彼の目の前に置いた。
花模様が描かれた深めのお皿にたっぷりと盛り付けたポーショココとフルーツの盛り合わせ。
そこに目の前で、とぽとぽと密造ポーションで作った炭酸水を流し込む。
とぽとぽとぽ……しゅわわわあああ。
「…………し、仕方ありませんね。一口食べればいいんですよね、一口」
ごくっ…と喉をならし、観念したシトラスさんが祈りを捧げてフォークを持つ。
しゅわしゅわのミカンの一房をぱくっとくちにして……そして、口を塞いで目を見開いた。
「っ……ま……!」
その発言が「美味」だったのは、ちゃんと私には感じられた。
まるで手のひら返しのように、食欲を思い出したかのように、シトラスさんは目をキラキラさせて、一心不乱に食べる。
クリフォードさんもおじいさんたちも目を細めている。
でも――なんとなくだけど、14歳の男の子にこれだけは足りない気がする。
「ぱぱ、ぱぱ。……足して、いいでしゅか?」
「ええ、もちろん」
私はクリフォードさんとこそこそっとお話ししてキッチンに引っ込む。
そしてそーっとトーストをイフリートくんに焼いてもらって、毎日街のお惣菜屋さんから仕入れてるカツを、さくっと切ってトーストに挟んだ。
はちみつをかけると、実は結構美味しいのだ。
シトラスさんがお皿を持って炭酸水を飲み干す隙に、テーブルにそーっと置いてあげる。
ぷはっと息をついたのち、シトラスさんが眉を下げてカツサンドとクリフォードさんを交互に見た。
「いいんですか……?」
「私ではなく、ミルシェットさんに、ほら」
「……いいのかい?」
「お召し上がりくださいでしゅ」
「じゃ、じゃあ……」
ぱくっ、もぐっ、もぐっ。
「……ッ!!!」
転生前に読んだ漫画で、目の前がチカチカっと火花が散ってる描写があった。
まさにそれだ。目をキラキラさせて、彼は美味しそうに平らげる。
よっぽどお腹が空いていたのだろう、綺麗な顔に似合わない量をもぐもぐと食べ、彼は食の攻撃にすっかり毒気を抜かれていた。
おじいちゃんたちが「良いのう……」という顔で眺めている。
わかるよおじいちゃん。元気にご飯食べる男の子って、いーでしゅよね。




