その頃のビッグボス2
都市ケーラから離れた、とある海商都市の地下カジノにて。
夜も煌煌と光り輝き、煙草の煙と人間の欲と熱気でむせ返るようなフロアにて、今日も悲喜こもごもの歓声が響いている。
そのフロアを見下ろす特別席にて、一人の金髪の男がどっかりと椅子に座り、不機嫌そうに場を監視していた。ビッグボスだ。
「っち、クソが……俺ともあろう男が、田舎のカジノの雇われ店長に落ちぶれるとはなあ」
わかりやすい自己紹介の通り、彼は昔なじみの同胞の元に間借りし、カジノの雇われ店長の地位に収まっていた。
もちろん不満である。同胞に借りを作るのは最悪である。
その苛立ちが、彼がぎりぎりと噛みしめる紙煙草の曲がりっぷりに現れていた。
ともあれ今は潜伏させてくれる相手が貴重だ。
なにせ今のビックボスは――追われていたからだ。
あのクズ魔石の密造ポーションの製造方法や入手経路について、それこそ裏と表の権力者たち、皆から。
一画から大きなどよめきと歓声が沸き起こる。
最初は聞き流していたが、その興奮はどんどんフロア中を飲み込んでいく。
放って置けねえタイプの騒ぎかと、ふんぞり返った座り方を直して身を乗り出す。
人が集まるのはルーレットの台だった。ウィールが回るごとにチップをどんどん積み重ね、誰か一人勝ちしている人間がいるようだった。
サングラスを外してよく見る。
見下ろした先には、輝く銀髪の少年がいた。14歳くらいだろうか。
丸い少年らしい頭に、気の強そうな美少女、と言っても通るような凜とした顔立ち。
大きな瞳は空色をうつしとったような極上のアクアマリンで、華奢な体を着ぶくれさせるように、大仰なマントと法衣のようなものを纏っている。服装も雪や氷を思わせる淡い白や水色の配色で、遠目にはまるで、雪に守られた妖精がすんとした顔で立っているように思わされた。
「おい、小僧。てめえイカサマやってんじゃねえだろうな?」
似たような罵詈雑言があちこちから飛び交う。
うずたかく積まれたチップを前にしても、自分より一回り以上体格のいいゴロツキたちにすごまれても、彼は聞こえていないかのように涼しげだった。
すっと、その少年の眼差しがこちらへと向く――ビッグボスのほうへ。
「っ……!!」
氷に射貫かれた。
そう錯覚した次の瞬間、真後ろにぴたりと少年がつけていた。
首筋にひやりとした金属が触れる。魔術師の杖だ。
「ロビン・スターゲイザーだな」
掠れた変声期直前の声で、少年はビッグボスを本名で呼んだ。
「ようやく見つけた。騒ぎを作れば、お前が必ずこちらをのぞき見ると思った」
ビッグボスが座っていた場所は特別製のガラスで、フロアから内部は見えない作りになっていた。ほんの少し、ビッグボスが少年に意識を向けただけで。
特別製のガラスを通り越して、少年はビックボスに気付いた。
それだけではない。少年は後ろからまさに、いつでもビックボスを殺せる位置にぴたりとついている。
「俺を脅そうが、密造ポーションの場所は言えねえぜ?」
「僕が聞きたいのはそんなどうでもいいことではないロビン・スターゲイザー」
「その名前連呼するの辞めてくれねえか、恥ずかしい」
「ロビン・スターゲイザー」
「クソガキ、俺の本名を囁く為だけにきたわけじゃねえだろ?」
「人を探している」
少年は続けた。
「ロビン・スターゲイザー。長い黒髪に眼鏡の、胡散臭い男を捜している。協力を要請したい」
「頼んだら探してくれると思ってんのかい? ぼっちゃん」
「少しは追っ手を減らしたいだろう? 僕は宮廷からの追っ手なら、片付けてやれる」
ぴく、と本名ロビン・スターゲイザーことビッグボスは反応する。
「この地下から出られない、雇われ店長暮らしを続けたいなら帰る。だが」
「話しをきこうか、坊ちゃん」
ビッグボスは両手を挙げ、彼に向き直って肩をすくめる。
「まずはその杖を下ろせ。俺は話をちゃあんと聞く男だ、安心しな? 何せ部下に、5歳のノラネコを登用していたくらい理解ある男だからな?」
二人の視線が交差する。
二人は向かい合わせに腰を下ろし、一対一で交渉を始めた。




