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魔術師『凪』だった者の独白(クリフォード視点)2

 夜。

 翌日の準備を済ませたところでクリフォードがキッチンから出ると、ミルシェットがソファの上で丸まって眠っている。

 どうやら物音がする方が眠れるらしく、大抵はベッドに寝ずにクリフォードが作業する一階のソファで寝落ちていた。

 本人曰く、


「準備はクリフォードしゃんだけに任せられないでしゅ! クリフォードしゃんが起きてるあいだは私もなにかしてるでしゅ! あっ新聞読むでしゅ! アイデア出すでしゅ!」


 ということらしいのだが、新聞にはよだれがたれ、ソファや床に散らばったチラシの裏にはふにゃふにゃとよくわからないノタノタした文字が書かれているばかりだ。

 シャッキリ目を覚ましているときは学生顔負けの識字能力を備え、それなりに読める字で書き物をできるものなのだが、やはりまだまだ子猫で子どもだ。


「……」


 その寝顔を眺めていたクリフォードは、とあることを思いついた。


 早速クリフォードはクズ魔石と各種道具を用意し、いつもミルシェットが短冊を染めるのに使う色水もといポーションを作ってみた。

 やはり、クリフォードが作っても、瓶の中でクズ魔石と精製水は何の反応も起こさない。


「……」


 そおっとミルシェットの小さな手を持ち上げ、指先をちょこんと、ポーションの瓶に触れさせる。

 ごく微弱にーー魔力の反応を感じる。

 だが結局それだけで、反応を起こしてポーションを作るまでには至らない。


 クリフォードは子猫の手をポーションにくっつけたり離したりを幾度か繰り返しつつ、真剣な眼差しでその魔力の反応を見つめていた。

 時にじっと見つめて考え込み、時に石を組み替えて試してみたり。

 魔力検査の魔法陣を出して、あれこれと検査してみたり。


「……やはり、眠って意識のない猫の手は、あくまでただの猫の手のようですね」


 小さな手をほっぺたの下に戻し、クリフォードは睡眠中の無礼を詫びるように頭を撫でた。舌をしまい忘れた平和な寝顔が、ふにゃっと柔らかく溶ける。


 密造ポーションを作るために必要な条件。

 1、道具をしっかり揃えること。

 2、意識のあるミルシェットが、ポーションを作る意思を持って作ること。


 密造ポーションが、新たに裏社会で出回った話は聞かない。

 ここまで試したのか知らないが、おそらく元々ミルシェットを利用していた組織も、彼女なしには作れないと気づいていた。だから彼女は死なずに済んだのだ。


 もし、生成方法を教えるまで拷問するーーといった組織に捕まっていたら、彼女はどうなっていたか。考えるだけで苦しい。


 クリフォードはミルシェットの頭をなでる。

 目を閉じて、まだ『凪』になる前のことを思い出す。


◇◇◇


 『大竜厄役』への対抗手段として招集され、宮廷魔術局の『強化魔術師第一期』となるべく修行していた子供時代。

 クリフォードの名を奪われ番号で呼ばれ、まだ『凪』の名を与えられる前、まだミルシェットくらいの年齢だった頃だ。

 

 クリフォードは森に設営されたキャンプ上にて行われた強化訓練の中で、ちいさな野良の子猫を見つけた。

 錆色の雌猫で、頼りない細い、小さな子猫だった。


 クリフォードは教官に隠れて子猫を愛でた。

 食事を分けてやったり、血の気の多い訓練生の子どもたちに見つからないようにローブの中に隠してあげたり、寒い夜はシュラフの中に一緒に入って暖を取ったり。

 魔術師になるためには冷酷であるべきと教育されていたあの頃、猫をこっそり可愛がることすら許されなかった。けれど可愛かった。

 せめて訓練の間だけでも、一緒にいたいと思っていたがーーが、甘かった。


 当然の如く教官にはすぐに見つかった。

 クリフォードは体罰を受けたのち、猫を取り上げられた。

 教官は雨に濡れた猫を摘み上げ、訓練生たちの目の前で、猫に魔術を炸裂させそうになった。

 クリフォードは無我夢中になって、覚えたての魔術を詠唱し、手のひらを向けた。


 次の瞬間、覚えたての風魔術は猫をぽんと空高くに放り投げた。

 自由落下する猫を全身でキャッチして救出し、呆気に取られたみんなの前から、猫を逃した。

 戻ってきたクリフォードは、処罰を受けなかった。

 待ち受けていたのは、拍手だった。


「おめでとう、凄いじゃないか! 一声で両腕をいくとは、さすがだな!」

「え……」


 当時王国内最強クラスの実力があった、教官の腕を風で吹き飛ばしていた。

 それは賞賛に値する、『強化魔術師第一期』として模範的かつ見事な、迷いなき、冷酷な(・・・)攻撃だった。


 教官の腕はすぐにポーションと回復魔術で繋がれたが、教官は二度とクリフォードをまともに見れなくなり、そのまま魔術局を辞した。その後の行方は聞いていない。

 クリフォードは、自分を冷酷だと分析している。

 その教官の行く末などに全く興味はなかった。

 けれど助け出した猫だけは、時折思い出しては、どうか幸せに生きていてほしいと思ってしまう。


 ミルシェットにはまた、その猫の姿も重ねてしまっている。



「みー」

「おっと、撫ですぎてしまいましたね」


 クリフォードは手を止めて、そっといつものようにベッドへと運ぶ。

 廊下を照らす月明かりに気付き、クリフォードは窓の外へと目を向けた。


「……満月ですね」


 クリフォードは、目を眇めながら呟いた。


「そろそろ、追っ手が来てもおかしくない頃ですね」

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