ささのはさらさらの、ハッピーエンドでしゅ
「心配かけたな! あたしたちはもう大丈夫だ!」
「ご心配をおかけした皆さんに、二人で頭下げてきます!」
そう言って二人は手を熱烈につないで、笑顔で店を後にした。
納品された紙の束を魔術でシャッシャと短冊にしながら、クリフォードさんが二台の馬車を見送った。
「あの二人は大丈夫ですね。周りの人たちも事を荒立てず、ちょっとしたマリッジブルーの一つだと思ってくれるでしょう」
「そうなることを願うばかりでしゅ」
私はテーブルを片付けながら、ふうと安堵の溜息をついた。
「よかった、愛の奇跡で納得してくれて……」
もちろんあの短冊の色変化は『愛の奇跡』なんかじゃない。脱法ポーションで色づけした短冊の力だ。
『魔女のポーション工房』で作られていたアイテムの一つに、『恋占いタロット』という、好感度をチェックできる魔道具があった。魔女のポーション工房にやってくるお客さんたちの恋の悩みを解決してあげるアイテムだった。
恋占いタロットそのものを作るには、現時点では材料が足りない。
なにせ未来が舞台のゲームなので、今の世界にはないものも多いのだ。
でも私はなんとか材料をかき集めて試行錯誤を繰り返して、なんとか二人の話し合い前までに、人の心の色を映し出す短冊を作ることに成功した。
私は期待していたのだ。
――二人の心模様を示す色の短冊が出たら、話しのきっかけになるんじゃないか、と。
そして無事に成功したわけだ! やったでしゅ!
一人ぎゅっぎゅとガッツポーズの拳を握っている私をよそにクリフォードさんが言う。
「これにて一件落着。ファルカさんに取り入って、めざせゲーシャッシャの高級豆ゲットですよ。ふふふ。人助けというものはするものです」
「クリフォードしゃんも素直ににゃればいいのに」
「おや? なんのことでしょう?」
「クリフォードしゃん、言い訳するときはすっごく言葉が長くなるんでしゅ」
「言い訳なんて、していませんが?」
「別に理由無くたって、人助けしていいとおもいましゅよ」
「……ふふ、私は打算でしか動きませんよ」
クリフォードさんは紙を切り終え、魔術で綺麗に揃える。
そして私の傍にきて、私の頭をふわふわと撫でた。
「これだってあなたの手触りがいいからです。癒やしです。えいえい」
「みー」
そんな事を言うクリフォードさんだけど、手つきも眼差しも、とても優しいと思う。
――なにか理由がないと人に優しくできない人なんだろうなあ。
「まったく、もぉ……」
思ったけれど、私は素直に頭を撫でられて喉を鳴らしておいた。
私としても、撫でられるのは嫌いじゃないから。
◇◇◇
後日。二人は無事に婚約破棄を破棄して、トントン拍子に結婚式の日取りが決まった。
「よかったら披露宴のスイーツ、ねこねこカフェのスイーツにしたいんだ。注文いいかな」
そう照れた様子で注文しに来たファルカさんは、見違えるようにキラキラに綺麗になっていた。服装がかわったわけじゃないのに内から溢れる幸せオーラで光っているみたいだった。
「姉さんのために仕事がんばるしかねーっすよ」
そう肩をすくめるイーグルさんも、とっても嬉しそうで。
アントニーさんも会うたびに顔色が変わり、元々の柔和な優しい色男の容姿を取り戻し、愛の力でどんどん心身が回復しているようだった。
今は実家のタケノコ農家を手伝っている。お兄さんが家業を継ぐので肩身が狭い――と本人は最初は言っていたようだけど、本人の予想以上に実家で重宝されているらしい。
ラメル商会のファルカさんとの結婚で、これからきっとどんどん彼も仕事が増えていくだろう。毎日多忙なのに、アントニーさんは本当に楽しそうだった。
アントニーさんにぞっこんのファルカさんが、いつも愛を降り注いでいるからかもしれない。
結婚式はスレディバルのご神木の前で行われ、披露宴はスレディバル中央の公園で行われた。
広場にはたくさんの人々が集まって、皆に祝福されたウエディング姿の二人は幸せそうだった。
私とクリフォードさんも参列し、幸せいっぱいの二人にフラワーシャワーを注いだ。
そんな私たちは、二人とも借り物のフォーマルに身を包んでいる。
街の人たちが是非に是非にと着飾るのを勧めてくれたのだ。
私は淡いブルーのふりふりのドレスで、みんなから『サムシングブルーにゃんこね』となで回された。
クリフォードさんはというと、淡いグレーのフォーマルだ。少し寸足らずだったり、肩幅が合わなかったりするのだろうけれど、それでも異常に様になっている。
悔しいほどこの人は見目麗しい。
「クリフォードしゃん、こういうフォーマルな装い持っていないんでしゅね、大人なのに」
見とれてしまうのが悔しくて言うと、クリフォードさんは肩をすくめる。
「宮廷魔術師の制服がありましたからね、私はなーんにも考える必要なかったんですよ」
「便利でしゅ」
「宮廷魔術師時代、パンツすら支給品でしたよ。ほんと楽でしたけど、どんなパンツはいてるのか皆知ってると思うとなんとなく嫌で」
「……ノーコメントでしゅ」
「あなたは可愛いですよ、いつもころころの毛玉さんですが、今日はレースがたっぷりくっついた毛玉さんです」
「みーみー」
あたまをこねこねと撫でられながら思う。宮廷魔術師とはなんなのだろうか。
そもそも、この人は本当に宮廷魔術師だったのだろうか? 信じていい? いいよね?
首をひねりつつも、私は今日のお仕事をつとめることにする。
披露宴のご歓談の席の間をにゃんにゃんと歩き回り、かごに入れたフォーチュンクッキーを配って回るのだ。
「中の色はラッキーカラーでしゅ! しんろーしんぷの二人も、このクッキーで幸せになりまちた!」
みんな私のかごから思い思いにクッキーを取っては、開いて何が出るか楽しんでいる。
色とりどりの短冊が、人々の手に広げられた。
「よっ! 商売上手!」
声をかけてきたのは、ファルカさんだ。
ハイヒールを履いた花嫁姿とは思えない速度で私に迫ってくると、私ひょいっと持ち上げる。
「みっ……!?」
「はあ"あ"あ"あ"あ"……か、かわ"い"い"よ"お"お"…………なんでこんな……かわい"い"ん"だよ"お"お"お"」
「なんかの歌詞みたいになってましゅーっ!」
興奮して涙目になって、顔を真っ赤にして私をなでこなでこしてるファルカさん。
それにアントニーさんも目を細めてうっとり見とれている。隣ではファルカさんのお父様まで。
「可愛いファルカが可愛い猫ちゃんをこねくり回して、可愛いが無限増殖だなあ」
「そうじゃなあ」
「みーっ! ふ、ふたりとも花嫁とめるにゃーっ」
ブーケのように手に持たれ、頬ずりされまくっている私の体が、急にひょいっと浮かぶ。
背中にしなった笹が引っかかっている。
「みっ」
ぐいっと持ち上げられ、ぽーんと宙に飛んで――キャッチしたのはクリフォードさんだ。
「はい、大丈夫でしたかミルシェットさん」
「みー」
鳴き声しかあげられなくなった私を小脇に抱えなおし、私を助けてくれた笹をかかげてクリフォードさんが高らかに声を弾ませた。
「ささ! みなさまフォーチュンクッキーの短冊はお楽しみいただけましたでしょうか! それでは短冊に願い事を書いて、この笹にくくりつけてください! 」
会場からおお……と声が漏れる。
「なるほど、祝いの席で未来の願い事を……ってわけか!」
「縁起がいいわね!」
私はあはは……と内心で苦笑いする。
あのファルカさんとアントニーさんの話し合いの日。
――アントニーさんをカフェに呼び出すとき、私はタケノコではなく笹を注文した。
タケノコを持ってこられても、ぱっとカフェメニューが思いつかなかったからだ。
そして私は必死に考えた末、前世の記憶をフッと思い出したのだ。
色とりどりの短冊!!! 結ぶ場所!!! 笹!!!
――七夕!!!!!!
というわけで、カフェには現在願い事が書かれた短冊がたなびいている。
そしてこの披露宴会場でも、短冊がいままさに笹に飾り付けられようとしていた。
うーん、異世界転生して持ってくる文化が、これ……かぁ……。
「楽しそう! 私彼氏欲しいってお願いするわ!」
「私も!」
「じゃあ俺は長年の痔が治るように祈るぞ!」
微妙な気持ちになる私とは対照的に、皆キャッキャと飾り付けを初めていく。
アントニーさんとファルカさんが、うっとりとその様子を眺めている。
「笹に願い事、か……イベント事業、できそうだな」
「俺頑張るよ。オウマ家のタケノコだけでなく笹も有名にしていくしかないね!」
二人が幸せそうだから……よかった、かな?
――そうして、ファルカさんの婚約破棄事件は無事に解決し、ねこねこカフェはますますスレディバルのみなさまに親しまれるお店になっていったのだった。