後悔してほしくないから。
お待たせいたしました、更新再開です!書きため中ですが動きがないとご心配おかけしないように、ちまちま更新していきます
「んみー」
お店の中をほうきでサッサッ。
明日に向けてお店のお掃除をしながら、私は耳をねかせてうんうんと悩んでいた。
ファルカさんとアントニーさんは全然嫌いあってないのだ。
なのにお別れしようとしている。悲しすぎる。
でも他猫の私ができることなんて何もない。何もないのに、考えてしまう。
ひょいっと体が持ち上げられた。クリフォードさんだ。
「ここ数日、いっぱい働かせすぎましたね。あなたはおやすみなさい」
「みー、でも、おそうじが」
クリフォードさんが私のおでこにおでこをこつんとする。
「あなたがしっかりものですから私も忘れそうになりますが、あなたは子猫なんです。眠いでしょう?」
「みー」
抵抗しようと思うけれど、眉間のあたりを優しくうりうりされると眠くなってしまう。
気がつけば体をくったりとクリフォードさんにもたれさせていた。
それでいいんです、といいながらクリフォードさんは私を二階に連れて行こうとする。
「まって、クリフォードしゃん……」
「どうしましたか?」
「ひとり……やでしゅ……」
その言葉は、「まだ仕込みをしている途中のクリフォードさんに任せて一人で寝るのは罪悪感がある」といったつもりの言葉だった。
でも自分でも思いのほか淋しそうな声になって、びっくりする。
「おやおや」
すると、からかわれるかと思いきや。
クリフォードさんは、私を見下ろして優しく目を細め、額を撫でてくれた。
「そうですね。……では、そこのソファで眠りましょうか」
クリフォードさんはソファに下ろすと、二階から毛布を取ってきてくれて、くるくるとくるんでくれる。そして頭をぽんと撫でてくれる。その優しさに、私はなんだか溶けるような安心感を感じた。クリフォードさんは優しい。私が知ってるなかで、ーーくやしいけど、多分一番優しい。
私をぽんぽんと叩いたのち、クリフォードさんはキッチンで仕込みを始めた。
いつの間にか、私がやっていたケーキ作りやクッキー作りも覚えてくれているらしい。
あんなに料理できない人だったのに、と思う。すごい。
キッチンの静かな作業音を聞きながら、私はいつしか眠っていた。
人の気配があるほうがずっと眠りやすい。誰かしらが傍にいる環境で生きてきたから。
「み……」
――私は、夢を見た。
娼館で育てられていた頃の夢だ。
いつも明るいママの一人が、ずっと泣いて私を抱きしめていた。
『あたし……ほんとは……いっしょにいたかったよ……あたしが娼婦じゃなかったら……っ』
ママは、お忍びの貴族令息に恋していた。
けれどお忍びの貴族令息の娼館通いがバレて、駆け落ちに誘いに来たときに断ったのだ。
『坊ちゃんなんて金づるなんだよ。娼婦だから駆け落ちって言ったら靡くと思うんじゃねえよ』
そんな風に啖呵を切って、彼を部屋から蹴り飛ばしていた。
蹴り飛ばした後に、控え室に駆け込んで、私を抱きしめてわんわんと泣いていたのだ。
――ママは、お忍びの彼が大好きだった。
だからこそ、お忍びの彼の人生を壊したくなかった。自分という存在で。
それってアントニーさんと同じだ。自分に自信がないから、自分なんかと一緒になったら不幸になるって、大好きな人の愛を拒絶してる。
ママの失恋はもう取り返しがつかない。
あの選択が、よかったのかわるかったのかわからない。
でも――アントニーさんはまだ取り返しがつく。今なら。
「み……いーにおい……」
ぱちっと目を開く。クリフォードさんが、明日の分のクッキーを焼いてくれていたのだ。
「おっと、起こしてしまいましたか」
「ぱぱ」
「ん?」
私のパパと言う呼び方に、クリフォードさんが私を二度見する。
私は顔を見て言った。
「今から発注しゅると、いつが最短でしゅか?」
クリフォードさんが、私の意図を察したように薄く微笑んだ。
「最短で、どことどこに、発注をしたいんですか?」
◇◇◇
翌々日。
ランチタイムが終わった頃、私はお店の外におやすみの札をかけてお店に戻る。
だれもいないお店の中、クリフォードさんとその時を待っていると、裏口近くに荷馬車の音が近づいてくる。そしてしばらくして、二つの驚いた声が響いた。
私とクリフォードさんは頷き合う。
「やりますよ」
「みっ!」
ぴっと敬礼する私を見下ろして、クリフォードさんが一瞬何かを思う顔になる。
そして私の頭を、ふわっと撫でた。
「……会いたい人に会えるのは奇跡です。明日は会えなくなることもあるのですから」
「クリフォード、しゃん……?」
「私たちも悔いの無いように、二人の為に行動しましょう」
「み!」
私はぴゃっと飛び出し、すぐさま裏口の戸を開いた。
「こんにちは! 」
「あ、ああ……」
と言ったのは、いつも通りのポニーテールのファルカさん。
「どうも……」
と言ったのは、今日は無精ひげを剃ってるアントニーさん。
何か言いたそうにする二人に、私はにぱーっと微笑む。
「ちょっとぱぱ、手がふさがってるので、おふたりとも中にどーぞでしゅ!」
私の笑顔に毒気を抜かれたような二人は、それぞれ荷物の伝票を持っている。
ファルカさんはフォーチュンクッキーの中に入れる紙の伝票、アントニーさんはご実家の笹の伝票だ。みると、二台の荷馬車がそれぞれロバに曳かれて、色々荷物をこんもりさせている。
奥に案内して、私は窓辺の一番ロマンチックな出窓そばの席に案内する。
何か言われる前にささっと二人分のランチョンマットとお冷やを置いて、ぺこーっと頭を下げる。
「せっかくなので、試食を食べてほしいそうでしゅ! まっててくらしゃいね」
有無を言わさず二人きりにして、ささっとキッチンに引っ込む。
子猫相手に伝票を押しつけて帰るわけにもいかず、二人は困った風に顔を見合わせている。
キッチンではパパが隠れながらクッキーを準備していた。
私はクッキーを置きに行く。
二人はまだ、向かい合ったままじっと硬直しているようだった。
トンと、二人の真ん中に大皿でクッキーを置く。
にっこりマークの口元に似た、Uの字に曲がったフォーチュンクッキーだ。
続いて、パパが入れてくれていたまぁるい氷が入ったアイスコーヒーも。
「あの、ミルシェットちゃん。やっぱりあたし……」
腰を浮かそうとするファルカさん。いつもの強気が嘘のように、すがるような目をしている。
私はファルカさんに微笑んで、アントニーさんを見た。
アントニーさんの、クマの浮かんだ目がびくっとした。
「……ふたりともおんなじ村の人でしゅ、変な噂が立って、本当にすれ違っちゃって、一生後悔しちゃう前にちゃんとお話し合い、二人でしっかりしたほうがいいでしゅ」
「君は……」
「パパがそう言ってまちた。『会いたい人に会えるのは奇跡です。明日は会えなくなることもあるのですから』って」
二人の目が見開く。
私は願いを込めてぺこっと頭をさげて、二人の前から立ち去った。
ぱきんと、どちらからともなく、フォーチュンクッキーを割る音が聞こえた。