矜持の問題2
翌日の店休日。
私たちはスレディバルの町に降りた。
町の人たちからはこちらから聞くまでもなくファルカさんとアントニーさんの破局騒動の話をされた。
田舎あるある、人間関係筒抜けである。
「ほんとに仲良しのお二人だったみたいでしゅね」
「手ひどい別れを切り出したせいで、アントニーさんの悪評ばかりをききますね」
「まあ……会話の内容、ばっちり噂話しゅきな皆しゃんに聞かれていたらしいしゅからねえ」
町での用事を終え、私たちは町を貫く川が見える場所まで来た。
川からの涼しい風が耳や尻尾を揺らして気持ちがいい。
川辺のベンチに男性が二人座っているのが見えた。
一人は白髪頭の男性、もう一人は、茶髪の若いひょろりとした男性に見えた。
人間より耳のいい私の猫耳に、二人の会話がはっきりと聞こえてくる。
「ファルカに素直に打ち明けたらどうだ。……あの子は、それで君を嫌うような娘ではない」
「でも、……だからこそ……自分は……」
明らかにファルカさんのお父さんとアントニーさんだ。
耳を澄ましたものの、残念ながら話はそこで終わってしまった。
アントニーさんらしき男性は椅子から立ち上がると、深々と頭を下げる。
そして足の不自由なファルカさんのお父さんの手を引き、二人してベンチからどこかへと送っていった。
その様子は手慣れていて、気遣っている様子で。
婚約破棄した婿と、婚約破棄された娘の父のようには見えなかった。
「二人は……険悪には、なっていないようでしゅ」
訳が分からない。
そう思っていると、クリフォードさんが「おや」と呟いた。
「あそこにいるのはイーグルさんでは?」
「みゃっ!?」
クリフォードさんが示した茂みの方を見ると、
ベンチの二人をのぞき見するように茂みから生えた、オレンジ色の頭が見えた。どうみてもイーグルさんだ。
アントニーさんとファルカさんのお父さんの姿が見えなくなった後。
茂みからひょっこり出てきたイーグルさんの肩を、クリフォードさんが叩いた。
振り返った彼の頬に指を立てる。
むに。
「うわっ!?」
「こんにちは♡」
「にゃにをやってるんでしゅかっ!! ぱぱ!」
「いや~……こういうときのお約束かなって♡」
「しゃ、しゃすがにこのシチュエーションではおふざけ禁止にゃっ!!」
「いや……ほんと何しに来たんすか、二人とも」
イーグルさんは疲れたような呆れた風な眼差しで私たちを見やった。当然の顔である。
私はぺこーと頭を下げる。
「ぱぱが失礼ちまちた。……その、オレンジ色の髪が見えたので、気になって」
やんわりと話を持っていこうとした私の隣で、クリフォードさんがズバリと切り出した。
「先ほどベンチにいた二人はアントニーさんと、ご姉弟のお父様とお見受けいたします」
ぎくりとイーグルさんの肩が揺れる。
「……やはり、ファルカさんには隠している婚約破棄の事情があるのですね?」
「……そうみたいっす。父がいきなり今日一人で散歩に行きたいって言い出すから、びっくりしてたら、姉の目を盗んでアントニーさんが迎えに来て……父が邪魔するなっていうもんだから、仕事の振りしてこっそり後をつけて、話を盗み聞きしていたんす」
説明するイーグルさんも困惑したような、なんとも言えない顔をしていた。
「アントニーさん……騎士団辞めてたのなら、姉さんに言えばいいのに。どうして」
「にゃっ?!」
「『騎士団を辞めた軟弱な自分では、とてもファルカさんの夫にはなれない。彼女のように強い人になれない。だからどうか婚約破棄させてください、自分が悪いということにして、彼女が新しい人を見つけ易いようにしてほしい』と……父に、打ち明けていたっす」
「にゃんと」
「やはりでしたか」
クリフォードさんが顎をなで、頷く。
「平民上がりの騎士はそれこそ成り上がり出世の近道ですが、それだけ過酷な道なのです。心身共に健全な若者が、たった数年で夢を砕かれ、仕事を辞すことはよくあります。……彼も、壊されてしまったのかも知れません」
私は先ほど、義父になるはずだった人の手を取り、気遣いながら歩く彼の姿を思い出した。
――正直思ったのだ。ファルカさんを泣かせた人とは思えないと。
もっと嫌な人だと思っていた。
でも腑に落ちない。
「ファルカさんにはそのことを言ってないんでしゅよね? なんで黙ってるんでしゅか? ファルカさんは仕事辞めたくらいで軽蔑するような人じゃないのに」
「だからこそですよ、ミルシェットさん」
「み?」
みいみいと不満を言う私の頭に、クリフォードさんの手がそっと乗った。
「ファルカさんは彼を許すでしょう。なんなら支えてくれると言うでしょう。……それが今の彼には辛いのですよ。まるで自分が、無能だと言われるような気がして」