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矜持の問題

 イーグルさんの話では、こうだ。

 今日、ファルカさんは婚約者のアントニーさんに会いに行ったそうだ。

 しかし昼には姉が憔悴した様子で帰ってきて、話を聞くと婚約を無かったことにしたいと言われたらしい。

 婚約破棄の理由が信じられないと、イーグルさんは手をぎゅっと握る。


「信じられねえっすよ。うちの親父の世話とラメル商会の仕事で忙しい姉さんは、結婚生活が破綻しそうだって」


 イーグルさんとファルカさんのお母様は、もう早くに亡くなっている。

 仕事で多忙だった父の代わりに、母代わりそして父代わりにイーグルさんを育てたのがファルカさんという。

 そして数年前にお父様が怪我で体が不自由になった。父の世話をしながら商会を引き継いだのがファルカさんだ。


「姉さんは……父さんの築き上げた商会を守るために、一家の大黒柱を引き受けたっす。声をかけてきた親戚はたくさんいたんすけど、姉さんが俺に引き継ぐために自分が……って啖呵切って。それからずっと、姉さんの弱った顔なんて見たことなかったんすよ、ほんと。……今日までは」

「イーグルさん……」

「姉さんはすごいっす。最初は『小娘が』ってなめられてたのに、必死に信用を勝ち得て、いまじゃ父さんの代わりを十二分に務めて、父親くらいの年齢の人らと対等にやりあえてるんす。ほんと、尊敬しかないっす」

「強いお姉しゃんなんですねえ」

「強くさせちゃったって、思っちゃってるんすよ俺」


 苦笑いするイーグルさん。


「姉さんがずっと犠牲になって、俺を育ててくれて……死ぬまでの父さんの世話だって。アントニーさんはそんな姉さんを好きになってくれて嬉しかった。姉さんもアントニーさんの前だと普通の女の子って感じに無邪気になって。俺、二人が幸せになってくれるのをずっと楽しみにしていたのに……」


 ぎゅっと膝で拳を握るイーグルさん。

 クリフォードさんが入れたハーブティにも口をつけないまま、感情を吐露した。


「信じらんねえっす。ほんとに信じらんねえっすよ。でも姉さん、呆然として、家に帰ってずっと泣いてて……姉さんの泣いてるところなんて、俺、みたくねえっす」


 私はよしよしとイーグルさんの背中を撫でる。


「おい、何あたしの話してんだい」


 やってきたのはファルカさんだ。


「姉さん」


 赤く腫らした目で苦笑いして、ファルカさんは私とクリフォードさんに頭を下げた。

 よく見ると昨日の作業着とは違う、生地の綺麗なブラウスを着ていてスカートだ。オシャレしていたんだと思うと、ぎゅっと胸が痛む。


「すまない、今日はらしくなく落ち込んじまって約束を守れなかった。また後日お詫びに来させてくれ」

「そんな、お詫びなんて……!」

「ほら帰るよ。泣いてる暇なんざないんだ。知ってるだろ、あたしもモテるんだって」

「そりゃ知ってるよ! でも全部突っぱねるくらい、アントニーさんのこと」

「はいはい。お前が心配することじゃないよ」


 なかばファルカさんが強引に話を打ち切って、二人して店を後にしていった。


「みー」


 私はなんとも言えない気持ちで、むにーっとテーブルにつっぷした。

 しっぽでぺちぺちと椅子の足を叩く。

 閉店の看板を下げて、クリフォードさんが戻ってきた。


「落ち込んでいるようですね、ミルシェットさん」

「なんか悲しすぎましゅ。有能で頑張り屋のおねーさんが、裏切られるって」

「ん……」


 クリフォードさんは何かを考えている顔をしている。


「どうしたんでしゅか?」

「妙だな、と思いまして」

「妙って、何がでしゅか?」

「婚約者だったアントニーさんなる方は、ファルカさんの幼なじみなんでしょう?」

「らしいでしゅね」

「幼なじみなら、彼女の置かれた境遇も彼女がどんな人間かも知っているはずです。……別れ話をするんだとしても、もっと前なのでは」

「あ」


 言われてみれば確かにそうだ。

 幼なじみで決まっていた結婚とはいえ、お父様の介護の話も既に分かっていたことだし、ラメル商会の仕事が忙しいのも知っていた。


「都会に出て、気が変わったんじゃないでしゅか? 都会に出て変わった俺をゆるしてにゃーってやつで」


 私の言葉に、クリフォードさんは難しい顔で顎を撫でる。


「……平民騎士がどんな扱いか、ミルシェットさんはご存じですか」

「しらねーでしゅ」

「結構厳しい仕事なんですよ」

「ああでも……確かに、平民の騎士しゃんが娼館に来ることなんてほとんど無かったでしゅね。役職付きでも」


 貴族の騎士は結構遊びに来ていたので、鼻がもげもげしないように(お察しくらしゃいにゃ~)密造ポーションをそういう……()()()()()()()()()に作ってあげていた。

 でも平民の騎士さんが来た覚えはない。そんなに高級店というわけでもなかったのに、だ。


「地方から出た平民騎士は過酷な特訓を受けます。……都会の婦人にうつつを抜かす暇などありません。ミルシェットさん。彼女はこうも言っていましたね? 可愛い人だって」

「言ってまちたね」


 クリフォードさんはフォーチュンクッキーをパキッと割る。

 その中から、ふわっとキラキラの淡い光が出て消えた。

 キラキラの光を険しい顔で見つめ、クリフォードさんは呟いた。


「これは…………心配ですね」

「ファルカさんでしゅか?」

「ファルカさんも心配ですが……むしろ心配しすぎると彼女の傷に塩を塗るでしょう。今日明日に騒いでも彼女にできることはありません」

「みー」

「明日は街の商店にクッキーを卸す日でしたね。一緒にちょっと聞き込みに行きましょう」

「意外でしゅ。クリフォードさん、そういうお節介をする人なんれしゅね」


 クリフォードさんが少し間をあけて答える。


「ゲーシャッシャ」

「え?」

「ゲーシャッシャという品種の豆があるのですよ。王宮御用達、大変稀少でグラム単価、通常のコーヒー豆の三倍以上。その上販路制限まである」

「しゃっ!?」

「ラメル商会は王宮御用達商会と取引のある商会と取引のある商会、さらにそこと取引のある商会の商会長の所属する『ケーラ商工会わっしょい100人夏祭り事務局』の局長の息子の飲み友達と繋がっておりましてね、なんとゲーシャッシャを取り寄せることが可能なのです。ファルカさんが困っているならば、私は協力するということですよ」

「みー、打算でしゅ」

「人間関係、何事も打算ですよ」


 にっこりと笑ってクリフォードさんが続ける。


「ええ打算です。そもそも、我々の事情を詮索せずお付き合いしてくださる、ラメル商会のお二人は大切な方々です。ほら、努力友情勝利っていうでしょう? あれは努力だけでは勝利できない、人脈や人望を大事にしてこそ大成できるという意味です。人脈は大事です。ふふ……この経歴不詳の顔ばかりが良いだけの謎の一介のカフェオーナーでしかない私でも、人脈があれば超稀少なゲーシャッシャの豆を手に入れることができるのです、ゲーシャッシャ。あ、これは笑い声です」

「……ふーん、でしゅ」


 私を見て、クリフォードさんは片眉をあげる。


「なんですか、ミルシェットさん。にやにやして」

「ゲーシャッシャ、クリフォードさんが分けてもらえるとはかぎらないのににゃーって思ってまちた」

「い、意地悪をいわないでくださいよお」

「んふー」


 ぱぱってば――なんだかんだ理由をつけながら、気にかけてあげるんでしゅね。


 打算なり理由なりがあるとはいえ。

 饒舌な言い訳をしてでも、人を放って置けないたちなのには間違いない。

 私は少しだけ、このうさんくさいパパが好ましいと思ったのだった。



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