ひみつのねこねこカフェ、滑り出し順調でしゅ。
――よく晴れた朝。
私とクリフォードさんが並んで立つのはキッチンの作業台。
もちろん私は踏み台つきだ。
腕まくりして真剣に作業台に向かっていたクリフォードさんが、ふう、と溜息をつく。
「やっぱり……ミルシェットさんと同じものはできませんね」
「ふふん、経験値が違うんでしゅ」
「えらいえらい」
「みー」
私たちが作っていたのは、密造ポーション――ではなく、型抜きクッキー。
混ぜ物なしのプレーンな猫ちゃん型と、ひみつを使った三毛猫クッキーの二種類だ。
――最初はどうなることかと思ったカフェだけど、滑り出しは順調だ。
オープンから一ヶ月が経過した今は、無理なくドリンク+簡単なスイーツのお店にしている。
評判を見つつメニューを増やしていく予定だ。
まあーー本当のところは、私たちの料理スキルがスッカスカだから、最初は無理なく作れるもので時間稼ぎをしているのだけど。
ぴえーっ! 無計画!
一ヶ月の猛特訓の結果、私はこの世界のキッチンをある程度、自在に扱えるようになった。
とはいえもちろん、料理は素人。
前世パティシエや料理研究家、シェフといった本職では無い一般人だったので、チートはない。
料理ができないのに、できると見栄を張っても仕方ない! 聞くは一時の恥!
そんなわけで、私はスレディバルのみなさんに頭を下げた。
「皆さんの好きな味付け、教えてくだしゃい! ぱぱのために頑張りたいんでしゅ!」
(捕まりたくないから!)
「頑張って、ぱぱをびっくりさせたいんれしゅ!」
(足手纏いになるのは嫌なんでしゅ!)
「おりょーり、おしえてくらしゃい! おねがいしましゅ!」
(怪しまれて突っ込まれたら、即逮捕! 服役でしゅ!)
そんな想いを込めて素直に頭を下げたら、皆さんすんなりと教えてくれた。
「パパのお手伝い偉いねえ、それじゃあおいしい野菜の選び方から教えてあげようね」
「ありがとうございましゅ……!」
私はあたたかなスレディバルの皆様に感謝した。
もちろんお礼をしたり、お手伝いをしたり、ちゃんとお返しはしている。毎日料理を教えて貰うおかみさんやおねえさんのお知り合いもできた。
クリフォードさんの成人男性突然大号泣のおかげでか、みなさん素性にはあまり触れないでいてくれた。たすかる。
――閑話休題。
そんなわけで、今日はクリフォードさんと一緒に、修行の結果すっかりお店の定番メニューになったクッキーを作っていたのだ。
プレーン猫ちゃんクッキーは、焼いたらそのままできあがり。
混ぜ物入りのほうは、クズ魔石ポーションの色を利用して三毛猫柄に似た感じにしてみている。
焼き上げたのち、更に魔石で黒く色づけしたお砂糖でおめめを書く。
おめめだけアイシングクッキーの要領だ。
土魔石はクッキーにほんの少し乗せると、シナモンのような風味を感じさせておいしい。
雷魔石はあれから試行錯誤して、少量いれればベーキングパウダーの代わりになるとわかった。
あまりに入れすぎると体がしびびびになるらしいので、ごくごく微量、エレキバンを貼ったくらいの効き目で収まるようにしている。
バニラエッセンスの匂いになる魔石はないかなと、日々研究中。
最近は聖水にちょっと浸すだけで、魔石の風味や効果を引き出す技を編み出したのだ。へへん。
――密造に頼らず料理の腕だけでなんとかしろって?
私も分かる、本当はそうしたい。
でもお料理も最初はホケミのホットケーキとか、フルー●ェとか、そういうまぜるだけ!のものから始めたほうが……ほら、自己肯定感あがるし!
幼女だから吸収は早い、多分10年もすれば、料理すごくうまくなってるから。多分!
「それでは焼きますよ」
「はーい」
クリフォードさんが指をはじくと、ポンと生活魔法サイズのイフリートくんが出てくる。
手足が生えた火の塊みたいなマスコットだ。
『ぼぼー』
彼がオーブンの所定の位置に入って体操座りすると、オーブンがブンッと熱くなる。
クッキーを並べて入れてしばらくすると、香ばしい匂いが漂い、クッキーが完成した。
「やったー! 今日も可愛くできまちた」
オーブンからイフリートくんが出てきて消えていく。
その姿を目で追っていたクリフォードさんが私をチラと見た。
「ミルシェットさん、あなたは魔力検査は受けましたか?」
「受けてるわけないでしゅ」
『大竜厄役』の時代は全国民の義務だった魔力検査。
今は王侯貴族と、王侯貴族と一親等の繋がりがある平民しか受けない。しかも任意だ。
才能があっても学ばなければ魔術は開花しない。
エリート階級の魔術師を増やしたくない国はそこで身分の線引きをしているのだと、私は思っている。
クリフォードさんは、立てていた木べらでしゅっと空中をなぞる。
すると輝く丸い輪ができた。魔方陣だ。
「魔力検査してみましょうか。魔方陣の真ん中に両手をパーにして手を通してください」
「な、ななな……」
「すぐ終わりますから、ねっ」
こんなに簡単に検査の魔方陣って書けるの!? 木べらで!?
戸惑いつつ、私は素直に手を差し込んだ。
『魔女のポーション工房』では、主人公の魔女は生活魔術以上の魔術はつかっていなかった。
特にその辺の設定の言及もなかったので、私はまったく未知の経験をしていることになる。
魔方陣が五色にきらきらと輝き、最終的に何か数字がいっぱい書かれる。
「わっ! にゃんですか、よめにゃい」
「腕はもう引っ込めていいですよ、私が読みます」
「うみー」
クリフォードさんは身をかがめて私の目の前の魔方陣を見つめ、そして――なんとも言えない顔をした。
「……魔力検査、魔術師適性は10段階の5。平凡ですね」
「へ、平凡……」
「ご安心ください、これなら『大竜厄役』の時代が再度訪れても、ミルシェットさんは招集されません」
「嬉しいような、なんだかくやしいような……でしゅ」
「……なるほどねえ……」
クリフォードさんは難しい顔をして、己の出した魔方陣を見つめている。
「……旧来の魔力検査では検知できないものが……? それを調べるにはどうすれば……」
「クリフォードしゃん? どーしたんれしゅか」
「なんでもありませんよ。ふふ」
笑ってごまかすクリフォードさん。
ふと、私は気になっていたことを尋ねた。
「クリフォードさんはこれ手を突っ込んだら、どうなるんれしゅか?」
「私ですか? いいですけど」
クリフォードさんはためらいなく片手を突っ込む。
次の瞬間、魔方陣がゲーミングカラーに輝きながら激しい回転を始め――バンと音を立てて爆ぜた。
「ぎゃーっ!?」
「ははは、天才が努力を積み重ねたらこんなものですよ」
「ほんと、ほんと……なにものなんでしゅか、クリフォードさんはっ!!」
「知らぬが仏です。おんもでは秘密、ですよ?」
口元に指を立て、ウインクするクリフォードさん。
「んみー。うさんくしゃいでしゅ。……もちろんおんもではいいませんよー」
そんなこんなで慌ただしい朝の時間はあっというまに過ぎ、開店時間になる。
私たちはリンクコーデの装いで、扉を開けて開店のベルを遠くまで聞こえるように鳴らした。
「『ねこねこカフェ』、開店です!」
◇
午前中早くには、ご年配の男性のお客様がぽつぽつやってくる。
村長夫妻の体調がなんだか良くなった結果、
「町外れのこのカフェまで散歩してコーヒーを飲むと健康にいいぞ」
と、ささやかなブームが起きているらしい。
異物混入の件がバレないことを願うばかりだ。
お帰りのおじいちゃまたちにピッとクッキーの包みを手渡す。
「ありがとうごじゃいましゅ! こちら、試供品のクッキーでしゅ! おみやげにどうぞでしゅ!」
もちろん、外に持ち出されるものに魔石関係のやばいものは出さない。
さすがに胃に収めていないブツを外に出すわけにはいかない。
「ありがとう、また来るよ」
「みー」
何度かお客様をお迎えして、そしてお見送りして和やかに一日がすぎていた頃。
ランチタイムに裏口のドアベルがなる。
「あ、イーグルしゃん」
「まいどどーも、『ご依頼あればのぞみの果てまで、はやてのごとくあなたの元へ!』こんにちはー、ラメル商会で」
「ほら、忙しい時間にお邪魔してるんだ、名乗り口上はいいから荷物運ぶよ」
後ろから威勢のいい女性の声が聞こえてくる。
同じオレンジ色の髪をポニーテールにした、活発で姉御肌っぽいお姉さんが小麦粉の袋を肩に担いで立っていた。超強そうでしゅ。
彼女はにかっと笑って言った。
「いつも弟が世話になっているね。あたしがイーグルの姉でラメル商会の一応責任者。ファルカだよ」




