表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソフィア・リーグレットの探偵日誌  作者: 高円寺くらむ
第1話
9/19

09_後日談

 ◇


「昨日は、あれでよかったのか?」

「なにが?」


 部室の床に散らばった羊皮紙を拾い集めながら、僕はソフィアに尋ねた。ソフィアといえば、あちらこちらに散らばった本を本棚に戻す作業に取り組んでいる。しかしながら、ソフィアは先ほど拾った本を読んでばかりで、片付いている気がしない。


「リリィとアナスタシアの件だよ。結局アナスタシアがどこにいるのかは分からず仕舞いだし、解決したというには程遠いんじゃないか?」

「その話ね~。リリィもアナスタシアも昨日の夜のうちに帰ってきたみたいよ」

「え?誰から聞いたんだその話」

「紅茶研じょうほー」


 ソフィアは拾った本を手にしたままソファに座り込み、本から視線を外さないままにそう答えた。


「最後は読み違えたけどね」

「最後?」

「私、昨日寮に帰った時にモリーナ寮長に言ったじゃない?リリィは家庭の事情で明日の朝帰ってきます、って」

「ああ、そういうこと」

「もうちょっとゆっくりしてから、帰って来ればいいのにねえ~」


 そうしてソフィアは最早、ソファに寝ころびながら本を読んでいた。片付ける気力はどこかへ霧散してしまったようだ。しかし年頃の女の子なのだから、多少はスカートに気を使ってほしい。


「あら、お年頃かしらん?」


 こちらの視線に気づいたのか、スカートの端を指で持ち上げてひらひらさせながら、ソフィアは口角を上げてニヤニヤと憎たらしい顔をしている。


「丸太に欲情する趣味の人間が居るとは知らなかったな」


 その途端、ペンが僕の顔のすぐ横を通り過ぎて壁に突き刺さった。


「まぁ!片付けるつもりが手が滑ってしまいましたわ」


 何を片付けるつもりだ……。僕は壁からペンを引っこ抜いた。


「……ま、木こりぐらいなら興味のある人種もいるかもしれん」



 ―――



 床に散らばっていた羊皮紙を全て集めて分類し、束にして机の上に置いたところで、ソフィアが甲斐甲斐しくも紅茶を淹れてくれたので、一休みする事にした。

 客人用のソファにソフィアと対面するように座った僕は、ふと思い出したことを聞いてみた。


「そういえばソフィア、君が呪詛師の家系だとは知らなかったな」

「昨日限定ですわ」


 まったく悪びれもせず、ソフィアは自慢げにそう言ってのけた。


「……そんなことだろうと思った。まったく知らないであんな話をしたのか?」

「まったく知らないって程じゃないけれど、呪詛返し、なんてのは手に余るわね」


 僕は呆れてものも言えなかった。大ボラを吹いてリリィを追い詰めたわけだ。


「それにしても、リリィはなんでわざわざここに来たんだろうな。僕たちのせいで、結果として彼女の目論見は叶わなくなってしまったし」

「カモフラージュ、だったのかしらね。でも、それだけでは無かったのかも。リリィ自身も悩んでいたのかなって」


 本格的な捜索が始まってしまえば、リリィも、アナスタシアもどうなっていたか分からない。その行き着く先は、破滅だったかもしれない。彼女も、心のどこかでそう思ったのだろうか。


「ところで呪いと言えば、呪詛士の友人から聞いた話があるんだけど、聞きたいかしら?」


 ソフィアはいたずらっぽい笑みを浮かべ、こちらに身を乗り出してきた。琥珀色の双眸は嬉々として、こちらを見つめてくる。聞いてやらねば不機嫌になるんだろうな、たぶん。


「話してみてくれ」

「しょうがないな~、じゃあ話してあげよう!問題形式でいきますわ。最も恐ろしい呪いって、なんだと思う?」


 最も恐ろしい呪い。自分の意識を奪われるとか、記憶を奪われるとか、そういうことだろうか。


「最も、というからには万人に共通する普遍性があるものなんだろうな。そのうえで、その個人の状態によらないとすれば……。やはり、死の呪いなんだろうか」

「ぶっぶー!」


 待ってました、とばかりに即答である。彼女は僕が間違えたことがいかにも嬉しかったように見える。

 ひとしきり笑ったあと、はたと彼女は一瞬、寂しさを感じさせるような表情を見せた。

 彼女は時折、こんな物憂げな顔をする。それが何を思ってなのか、僕にはわからないのだが。


「ただ、普遍性、という観点では惜しいところかしらね。私は結構その友人の話に得心が行ったんだけど。最も恐ろしい呪い。それはね――」


「愛よ」


 彼女の唇から発せられたその言葉は、僕の中に残響のように残った。


「愛はこの世で最も恐ろしい呪いですわ。万人を狂気に駆り立てる。その狂気の向かう先が、たとえ愛する人だったとしても」


 愛。自己愛。他者愛。わかる気がする。愛があるから、人は嫉妬し憎悪し、時に信じられないような行動に走ってしまう。


「……リリィにかかっていた愛という呪いは、解けたんだろうか」

「どうかしらね。ただ、私は解けない方がいいと思うな」

「どうして?」

「確かに愛は最も恐ろしい呪いかもしれない。でもそれと同時に、最も祝福すべきものであると思う。だって愛がなければ、熱情がなければ、人は人として生きていけませんもの」


 そう言うとソフィアは紅茶を一口飲み、傍らの本を手に取って、再び本の世界へと戻っていった。





~第1話 終~




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ