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ソフィア・リーグレットの探偵日誌  作者: 高円寺くらむ
第1話
8/19

08_赤い髪

 ◇


 アーデルハイド商会の有する施設の一室。

 燃えるような赤い髪、魅惑的な大きい瞳に鼻筋の通った美しい少女――アナスタシア・ルルベルは、水平線に沈んでいった茜色の夕日を窓から眺め、昔の記憶を思い出していた。


 田舎から出てきたばかりのアリティア学園初等部の頃。周りは知らない子ばかりで、私に友達はいなかった。

 農家生まれの私は訛りが抜けなかったせいで、田舎者だ、とよく馬鹿にされていた。

 家畜臭いとか、血の色みたいな気持ちの悪い髪だ、とか。


 悔しくて、でも誰かに話したらまた馬鹿にされると思って、誰もいない教室の隅に座り込み、顔を伏せ一人で泣いていた。

 その時、誰かが話しかけてきた。


「ないてるの?どこか、いたいの?」

「うるさいし!ないとらん……!」

「せんせい、よぶ?」

「ほっといて!」


 私は泣いてるところを見られたくなくて、顔を伏せて意固地になっていた。でもその子は、そんな私の背中を、優しくさすり続けた。

 その子の小さな手のぬくもりがとても暖かくて、堪えていたものが溢れ出して、余計に涙が止まらなくなった。

 私がわんわんと泣いている間も、その子はずっと私の背中をさすってくれていた。ひとしきり泣いて、泣き疲れて、それからようやく私は顔を上げて、その子をみた。


 少女が不安そうに、どうしたの?と聞いたので私はようやく、ぽつぽつと話し始めた。田舎者だとバカにされていること。臭いだとか、不気味だとか言われていることを。私の話を少女は笑わずに聞いてくれ、そして、言ったのだ。


「……気にすることないよ。いいにおいだよ?それにあなたの髪、きれいで、すきだよ」

「うそ!」

「うそじゃないよ。おひさまが海にしずんで、世界がまっかになるときの色だもの。わたしがだいすきな、まっか色と、おんなじ色!」


 栗色の髪をした少女は、恥ずかしそうに、けれども無邪気な笑みをこぼした。たったそれだけだ。たったそれだけで、私は救われたように思って、また顔をぐしゃぐしゃにして、泣いてしまった。


「ひぐっ……じゃああたしと、友だちになってくれる……?」

「いいよ!あなた、お名前は?」

「……アナスタシア・ルルベル」

「じゃあ、ターシャちゃんだね!よろしくね、ターシャちゃん」


 私の燃えるような赤い髪を、綺麗だと言ってくれた少女。大好きな色だと言ってくれた少女。

 彼女の名は、リリィ・アーデルハイドと言った。

 ――その頃から、私とリリィは親友だ。




―――




 完全に日が暮れて、部屋はランタンの灯りに煌々と照らされている。アーデルハイド商会の使用人が用意した食事を終えたアナスタシアは、悩んでいた。

 リリィが用意してくれたここの暮らしは、外出が制限される以外は、不便がない。悪かった体調も今では随分と回復した。けれど、私は、彼女はこのままで良いのか。


(このままの関係は……健全じゃない)


 リリィが再びこの部屋を訪れた時に、しっかりと2人の今後を話し合う必要がある、とアナスタシアは思っていた。

 その時、突然扉が開いてリリィが部屋に入ってきた。どうしたの、と立ち上がったアナスタシアの胸の中に、リリィは顔を埋める。


「ターシャちゃん!私……私……!」

「どうしたのリリィ?!そんなに泣いてちゃ、分からないわ」

「ターシャちゃんに、とても酷いことをっ……!辛い思いをさせてっ、ごめんなさい……っ!」


 リリィは顔を埋めたまま肩を激しく震わせて、途切れ途切れに言葉を紡いだ。アナスタシアは、リリィの小さな身体を抱きしめ、その背中を優しくさすった。


「……酷いことって?」

「私が、ターシャちゃんを呪いで……苦しめていたの」

「……どうして、そんなことを?」

「嫌だったのっ!ターシャちゃんと離れるなんて、そんなの、嫌ぁっ……!ずっと、ずっと、一緒にいたいのっ……!そうじゃないとターシャちゃんはっ……、こんな私のことなんて、すぐ忘れちゃう……」


 消え入りそうな細い声を、リリィは絞り出した。


「そう、だったのね。……やっと、話してくれたね。リリィの本当の気持ち」


 アナスタシアは、なおも震えて泣き続けるリリィを体から引き離した。涙に濡れたリリィの長い前髪を愛おしそうに細い指でそっと掻きあげ、泣き腫らした碧い瞳と、正面から向き合った。


「私、知らなかったよ?リリィがそこまで悩んでたこと。言ってくれなきゃ、分かんないよ……」

「だってっ!こんな恥ずかしいこと、言えないよぉっ……!」

「そんなことない。恥ずかしいなんてこと、無いんだよ。好きな人と一緒に居たいなんて、当たり前のことじゃない?」

「ターシャちゃんっ……!ごめん、ごめんね!ターシャちゃんっ……!」


 リリィは赤ん坊のように顔をくしゃくしゃにして、涙した。


「私、嬉しいわ。だって、リリィがそれだけ、私のことを好きでいてくれるんですもの。でも――」

「大馬鹿よ。どこへ行こうが何年経とうが、私がリリィのこと忘れるわけないじゃない?だってリリィは、私にとって一番大切な、一番大好きな、親友なんだから」

「――ぅぐっ、ターシャちゃんっ……!うああぁん!!」


 アナスタシアはリリィの頭の後ろに手を回して優しく抱きしめる。リリィも、アナスタシアの背中に両手を回して強く抱きしめ返した。


 アナスタシアは背中にリリィの手のぬくもりを感じた。そのぬくもりは、あの頃から何も変わっていなかった。




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