07_追憶
◇
蝋燭に照らされた部屋に少女が一人。
少女は、床に座り込んだまま頬を伝った涙をぬぐうこともせず、ただ想起していた。
親友と過ごしたひと時のことを。
―――
リリィは学園を卒業したら、どうするの?
私魔術学の研究、続けたいな。この学園に残るのもいいかなって思ってるよ。ターシャちゃんは?
そうねえ。私は故郷に帰って、結婚して、農家を継いで……ってところかな。
ターシャちゃん、婚約者がいるんだもんね。
(胸の奥底で、ぐちゃぐちゃになった黒い得体のしれない生き物が蠢いている。――こんなことを口にするのは間違いだって、分かっているのに。彼女を前にすると、私は正直者になってしまう。私は愚かにも、その不愉快で気持ちの悪いものを吐き出さずにはいられない)
……ターシャちゃんはそれでいいの?だってターシャちゃんは頭もいいし、美人だし、もったいないっていうか。その、私がこんなこと言う立場にはないけど、この街で夢を追う選択だって、あるんじゃない?
……。
それに、この街には学園の友達もたくさん残るだろうから、卒業してもきっと、楽しいよ。
(自己欺瞞だ。私は彼女のことを思ってなどいない。彼女と居たいのは、ただの私のエゴだ)
ありがと、リリィ。
え?
リリィが私のことを心配してくれて、そしてこれから先も一緒に居たいと想ってくれて、私とっても嬉しい。
……。
(そんなんじゃない)
私、リリィのことが大好き。もちろん、学園のみんなのこともね。でもそれと同じくらい、私はあの人のことが好きだし、家族も、故郷も好きなの。
(それ以上言わないで)
ねえリリィ。出会いって、編み物みたいじゃない?。くっついたり離れたりするけど、交わった事実は決して消えない。そうして色々な交わりを繰り返して、私を形造っていく。
……。
今だってそう。私とリリィがこうしてお喋りしている時間が私を作っている。それは、決して消えて無くなってしまうようなものじゃない。私たちは今も、これからも、離れ離れになったとしてもずっと友達だよ。
(私のそばから、居なくならないで)
―――
―――
ターシャちゃん。少しの間、この学園を出ようよ。
……どうして?
だってターシャちゃん、ここ最近ずっと体調が悪いじゃない。それに私、あの風景画からなんだか嫌な感じがするの……。
あの絵から?
うん、あの婚約者から貰ったっていう風景画。なんだか変な感じがして……。ちょっと調べさせてもらっていい?
……いいよ。
これは呪具だよ!たぶんこれがターシャちゃんに悪さをしてたんだ……!
ターシャちゃん、明日にでもここを出ようよ。ここは危ないよ。
あの人の、絵……?そんな話、してたっけ。
してたよ!それにほら、この絵の裏に名前が書いてあるじゃない!
……そう、そうだったね。ごめん。
とにかく、明日にでもここを出て、私の商会の施設に逃げよう。馬車も用意しているから。
……リリィは、大丈夫なの?
私?なんで?
なんだか、辛そうだから……。大丈夫なら、いいんだ。……そうだね、一緒に行こう。
―――
どれくらいの間、そうしていただろう。蝋燭の火は消えていた。
ソフィアちゃんの言うとおり、彼女は分かっていたのだろう。ずっと前から、私が垣間見せる独占欲に。
彼女が私のことを大好きだと言ってくれた思い出があったはずなのに。二人で紡いだ時間は永遠なのだと、彼女は言ってくれたはずなのに。それなのに私は、大きな過ちを犯してしまった。
彼女は愚かな私を赦してくれるだろうか。
赦してくれないかもしれない。私を軽蔑し、私が最も恐れていたように、すぐにでも私から離れて行ってしまうかもしれない。
でも私は彼女に謝らなければならない。私の身勝手で傷つけ、苦しませてしまった、せめてもの贖罪のために。
少女は涙の跡を制服で拭って立ち上がり、確かな足取りで部屋を出ていった。