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ソフィア・リーグレットの探偵日誌  作者: 高円寺くらむ
第1話
5/19

05_調査<4>

 ◇


「ちょっとだけ待ってて。片付けるから」


 イザベラたちの部屋の前は2階にあった。階段を上がって少し歩いて部屋に着くと(2階でも蜘蛛の子を散らすように女子たちは逃げて行った)、イザベラは先に部屋の中へ入った。


 同室の女子であるアナスタシアならまだしも、赤の他人に自分の部屋を見られるのには、抵抗もあるだろう。ましてや異性であれば、なおさらだ。

 少しの間、寮長、ソフィア、僕の3人が廊下で待っていると、ドアが開いてイザベラが出てきた。


「……どうぞ」


 イザベラ、ソフィアとともに部屋の中に入る。入ってすぐ、ふわっと、果物か花のような香りが微かに匂った。部屋を見渡す。部屋の作りは、男子棟と変わらなかった。


「こっちがアナスタシアの方」


 机と本棚とベッド。簡単なものである。机の上は綺麗に整頓されている。

 ベッドのシーツはくしゃくしゃに乱れていた。まるで急いで飛び起きたかのようだ。ソフィアはベッドに近づくと、シーツをめくり、何やら丹念に調べている。


「私も、アナスタシアには悪いと思ったけど、ベッドも机も調べてみた。でも何の手がかりもなくって」


 同室のイザベラのことだ、これまで何度も調べたことだろう。今更、何か新しいものが見つかるとは思えなかった。


「目ぼしいものは無さそうだな。ここも外れか」


 呟いた僕の傍らでは、ソフィアが険しい顔で一点を見つめていた。目線の先には、特段変わったなものはない。ただの風景画があるだけだ。細い小径の両脇は小麦畑が広がり、小径の先には赤い屋根の家が一軒と、遠くに小さな丘が見える。どこか田舎の風景のようだ。これが、アナスタシアがよく眺めていたという風景画だろう。


「これはアナスタシアが描いたのか?」

「違うわ。その風景画はたしかこの前、故郷から送られてきたものって言ってたわね」

 イザベラが思い出したように、そう言った。


「……アナスタシアは文学科だったわね。イザベラ、貴女も」

 風景画をじっくりと見つめていたソフィアが口を開いた。


「そうだけど」

「貴女たち二人以外では、この部屋に来る子はいるかしら?」

「そうねえ。ここひと月くらいでいえば、アナスタシアの友達が10人くらい来たわね。よく来てたのは、あの大人しそうな……そう、リリィって子。よく1階の自分の部屋からティーセットを運んできて、私も一緒に紅茶を飲んでたわ」


 イザベラの言葉を聞いて、マルクは今日聞いたリリィの話を思い出していた。

 アナスタシアが学校を休んでいる間、リリィは先生やルームメイトに事情を聞き回っていたというし、アナスタシアが学校に復帰してからも、よほど彼女のことが心配だったのだろう。


「それ意外には?」

「私が知る限りでは無いね。もっとも、私がいない時に来てたなら、分からないけどさ」

「……それはそうね。ありがとう」


 そう言うと、ソフィアは風景画に手を伸ばして、額縁に触れた。


「真実を示せ。アリーティア!」


 ソフィアがそう唱えると、目の前がパッ、と火花が走ったようにと明るくなった。それと同時に、一枚の羊皮紙が宙を舞った。


「酷いわね。こんなもの」


 ソフィアはベッドの上に落ちたそれを、腹立たしげに拾い上げる。


「一体それはなんだ?」

「呪具よ。それも魔界産のね」

「ちょっ、ちょっと!今のは?!」


 慌てた様子でイザベラが声を上げた。


「解除の魔術。対象にかけられた魔術を解除するものよ。どうやら風景画の裏に貼り付けられていた呪具が、アナスタシアを呪っていたみたい」

「呪うなんて、誰がそんな……!」


 言葉を失っているイザベラをよそに、ソフィアは風景画を壁から取り外して調べ始めた。


「アナスタシアへ、愛を込めて。K.A……っと」

 額縁の裏の走り書きを、ソフィアが読み上げた。


「贈り物か?それも男性からの。その贈り物の主が、アナスタシアを呪ってたってワケか」

 一体なんのために。愛する女性を呪う男の真意は、計りかねる。アナスタシアの失踪にも何か関係があるのだろうか。

 

風景画と呪具を手に、考え込んでいたソフィアはベッドから飛び降りた。そして、アナスタシアの机の引き出しを片っ端から開け、中のものを調べ始めた。

 束になった便せんを見つけたところで、彼女はその手をぴたりと止めた。

ソフィアはその一枚を抜き取り、文面を目で追い始めた。


少し気後れしたが、僕もまた、束の便箋のうち一つを読んでみた。中身は実家の両親から、近況の報告と、アナスタシアを案ずるような言葉が綴られているばかりだった。もう一つ便箋を手に取ってみたが、やはり同じような内容である。

傍らのソフィアは、何通かの便箋に目を通して納得したかのように頷いた。そして、部屋の外にいるモリーナの所まで駆け寄って行った。


「――ミス・モリーナ寮長。ソフィア・リーグレットとマルク・プレドナーの2名は門限超過を申請します。超過時間は……そうですわね、1刻ほど」



――



 寮を飛び出して早歩きするソフィアをマルクは急いで追った。


「ソフィア!どこへ行くんだ!?アナスタシアの故郷の村なら、1刻なんかじゃとても足りないぞ!」

「学園よ。まだ残っているといいのだけど」

 そういうとソフィアは押し黙ってしまった。彼女はいつもそうだ。思考を巡らせている間は、口を開かない。


 寮への帰路を歩く学生に逆行しながら、2人で学園への路を歩く。

 学園は日中の賑わしさとは打って変わって、静かなものだった。生徒ももう、ほとんど残っていないだろう。教官棟は、いくつかの部屋の窓から、蝋燭の灯りが漏れている。


 ソフィアは、迷うことなく課活棟へ入っていった。そして、ある部屋の扉の前で立ち止まった。扉には『紅茶研究会』と書かれている。

 少し呼吸を整えたソフィアは、部屋の扉を開いた。

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