04_調査<3>
◇
古典研究会の部屋を出ると、日が沈みかけていた。
困ったことがあればなんでも相談してね、とマルクたちを見送ったミラを部屋に残し、マルクはイザベラとともに学生寮を目指した。
(しかし、結局あいつはどこへ行ったのか……)
マルクは、別れたソフィアのことを考えていた。
ソフィアは古典研究会には来なかった。てっきり用事を済ませたら合流するものだと思っていたから、落ち合う場所までは決めていなかった。今頃は学生寮に戻っているか、部室に戻っているか。もっともソフィアのことだ、もし用事があれば、向こうからやってくるだろう。
ふと横を歩くイザベラに目をやる。イザベラは、並んでみると僕の肩くらいの背丈だった。僕と同じ二回生の割には、小柄な体格をしている。
「何か言いたそうね。当てて見せましょうか」
僕の目線に気づいたのか、鋭い眼光でイザベラが睨みつけてくる。
「いえ結構」
「身長小さい、とか思ってたんでしょう?」
「そう。小さくて可愛らしい、と」
「……」
イザベラはそっぽを向いて、黙ってしまった。強気に振る舞う割に、予想外のことに対しては打たれ弱いようだ。ミラがイザベラを愛でていたのがなんとなくわかった気がする。
―――
課活棟から外にでると、さらに日が傾いて、夜の闇があたりに立ち込め始めていた。学園から寮までは結晶灯がぼんやりとした光を放っているおかげで、まったくの暗闇とまではいかないが、道を外れて森を進んでしまえば、たちまち暗闇に包まれてしまうだろう。
学生寮への道には、同じように帰路につく生徒たちがぽつりぽつりと歩いている。皆、課外活動を終えて帰る生徒たちだ。
「ところで、アンタはなんで探偵ごっこなんてやってるの?」
どうやら機嫌が戻ったようだった。イザベラが話しかけてきた。
「やっぱり、ソフィアのため?」
「まあ、そんなところだ」
「ふーん」
ソフィアのため。それもあるが、もちろんそれだけではない。
「……他人のためにそこまで頑張るなんて、変わり者ね」
「そういう君は、アナスタシアのために頑張ろうとしてるんじゃないのか?」
「違っ、私はただーー」
「おっそーーーい!!」
寮の入り口に誰かが立っていた。暗くてよく見えないが声でわかる。ソフィアだ。
「やっっっと来た!イザベラ、お部屋に案内してちょうだい!」
彼女の表情はよく見えないが、きっと満面の笑みを浮かべていることだろう。
隣のイザベラは呆気に取られているようだった。口をぽかんと開けたままでいる。
「……ソフィアって双子だったり」
ようやく口にした言葉は、きっと誰しもが思うことなのだろう。
「昨日までは一人っ子だったな」
「だよね〜!……でもコレ、性格の問題とかじゃなくて、人が違うか疑うわよ」
一体、普段のソフィアはどんな顔をして周りに接しているのだろうか。
少なくとも、僕と接している時よりは、人畜無害な存在に違いない。
―――
学生寮の玄関は、帰寮した生徒でいっぱいになっていた。
学生寮は一つの正面入口から男子棟と女子棟が中で分かれた作りになっている。共同の談話室や食堂を除いては、普段は男子と女子は入口で顔を合わせる程度であり、原則として異性の棟への立ち入りは禁止されている。それはただの規則上の話に留まらず、入口には寮の管理人室があり、開け放した受付窓から、各棟への出入りは管理人に厳しく見咎められる。
そんな厳しい規則であるが、そこはソフィアの役者顔負けの演技である。
寮長との交渉の末、ルームメイトの同意――僕がイザベラと交渉する事を見越して勝手にでっち上げていた――も材料に、女子棟への僕の立ち入りを寮長から勝ち取ったらしい。
かくして僕は、10代男子なら一度は夢見るであろう、ユートピアへ立ち入ることが許されたわけだが――。
「ミスター・マルク。特例で女子棟への立ち入りを認めるが、君の行動は私が監視させてもらう。何かを疑う訳ではないが、風紀を守るためと理解してほしい」
寮長室に通されると、寮生から恐れられる寮長のモリーナから説明を受けた。背が高く細身で、美人と言っても差し支えないのだが、いかんせん無表情で鋭い目つきのせいか、威圧感がある。
モリーナ寮長は、一切の魔術の使用を禁ずるとともに、物の持ち込み、目的の部屋以外への立ち寄りを不許可とした。
男子棟の管理・監督は男性の副寮長が担っているため、モリーナのことは噂程度にしか知らなかったのだが、ここまで細かい指摘を受けるのは想定外だった。
「以上、理解したか?ならば来い」
―――
寮長に連れられて女子棟に入った。が、気まずい。
寮長が同行し先導すること、それはいい。傍らにソフィア、傍らにイザベラ、それも仕方がない。
ただ廊下を歩く女子生徒たちが、皆一様にぎょっとした顔でこちらを見たかと思うと、キッと睨みつけてくる女の子や、中には一目散に走り去っていく子もいる。自分がこの空間では異物なのだと、強く実感する。
寮長がいる手前、あからさまな行動をとる者はいないが、明白な拒絶というのは心苦しいものがある。
「マルクちゃ〜ん。ようこそいらっしゃいましたぁ♡」
猫撫で声のソフィアが、ニヤニヤした顔で囁いてくる。
「ふざけないでくれ」
「あら、お口のわるいこと。ここは淑女の花園ですの。お口の利き方はお気をつけ遊ばせ」
「……はぁ」
言い返す気にもなれない。
一刻も早く、この時間が過ぎ去ってくれないかと、強く願った。