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ソフィア・リーグレットの探偵日誌  作者: 高円寺くらむ
第1話
3/19

03_調査<2>

 ◇


 僕らが日中に講義を受ける教育棟を間に挟んで、教官棟と反対側にある課外活動棟(通称:課活棟)は、廊下を行き交う生徒も多く、活気がある。何やら物を運んでいる生徒や、談笑する生徒たち。課外活動は強制ではないが、大半の生徒が課外活動組織に参加しているから、この時間はいつも、生徒たちで賑わっている。 


 課活棟3階の奥まったところに、古典研究会の部室はあった。ドアをノックすると、はぁい、と間伸びした声が聞こえた。


 ドアを開いて真っ先に目に飛び込んできたのは、部屋の周囲にぐるりと据えられた本棚である。天井まで高さのある本棚にはみっちりと本が並んでいる。部屋の中心には円卓があり、円卓を囲む5つの椅子には、2人の女子生徒が座っていた。


「何か御用かしら?入部希望ってわけじゃあ、なさそうねえ」

 柔和な声の女子生徒が立ち上がった。目じりの下がった穏やかそうな面持ちをしている。もう一人の眼鏡の生徒は、こちらに見向きもせず、本を読んでいる。


「失礼。魔術学科2回生のマルクと言います。イザベラさんは……」

「何?」

 本から目線を外さないまま、もう一人の眼鏡をかけた女子生徒が返事をする。


「話したいことがありまして。部屋の外まで、いいですか?」

「ここで構わない。だいたい察しがつくから」

「あらあら、いいの?愛の告白だったら、お姉さんはお邪魔じゃない?」


 柔和な声の生徒は、いたずらっぽく笑いながら語りかける。


「……ミラ先輩。この人、ソフィアの関係者です」

「まあ、ソフィアちゃんの。それじゃあ本日3度目かしらね」


 ミラと呼ばれた生徒は、ふふっと笑って卓上のポットから、空いているカップにお茶を注いだ。


「ゆっくりしていってね。あっ、お菓子もあるわぁ」

「はぁ……ありがとうございます」


 予期せぬ歓待に意表を突かれたが、差し出されたものに手をつけないのは不義理だ。カップのお茶を一口飲む。お茶を口に含むとハーブの香りがした。


「アナスタシアのこと、聞きにきたんでしょ?」

 イザベラは、ようやく本をパタンと閉じて、意志の強そうな細く鋭いまなざしでこちらを見た。その声には不機嫌さが感じ取れる。


「話が早い。アナスタシアさんの友人に頼まれて、彼女の行方を探していましてーー」

「知らないわ。話は終わり。お帰りはあちらです」

 取り付く島もなく言い放つと、イザベラは扉を指さした。何か癇に障ることをしてしまっただろうか。


「ダメでしょ〜イザベラちゃん。お客さんにそんなこと言っちゃ」

「先輩。この人はお客ではありません。野次馬です」

「あらそう?わたくし乗馬は得意なのよん」


 ふふふっ、と笑うミラに毒気を抜かれたのか、イザベラは大きくため息をついた。


「……3回目」

「え?」

「今日だけで3回目よ。あの子のことを聞かれたのは。人気者は辛いわね」

「アナスタシアさんはどんな人なんですか?」

「バカが付くくらい明るいやつ。急にどっか行っちゃうから、私は先生から問いただされるわ、よく知らない人から声をかけられるわ、いい迷惑」

「もうっ、素直じゃないんだから。本当は心配でたまらないのよね?」


 ミラは子供をあやすように、イザベラの頭を撫でる。


「そんなんじゃありません!」

 そっぽを向くイザベラの頭を、なおも撫で続けるミラ。受け入れているあたり、イザベラも嫌ではないのだろう。

 などと思いながら二人を眺めていると、イザベラが再び鋭い眼差しを寄越してきた。


「それで?何が聞きたいの?」

「アナスタシアさんがいなくなる前の様子を聞きたくて」

「そうね……。ちょうど一ヶ月くらい前からか、元気がなかった。彼女、よく手紙と風景画を眺めていたわ。友達も何回か部屋を訪ねてきてたわね」

「手紙と風景画、ですか……」

「風景画はあの子が寮の部屋の壁に飾っていたんだけどね、故郷の景色、と言っていたわ。どこにでもありそうな田舎の農地の絵。手紙の中身は……見てない。人の手紙を勝手に読むほど野暮じゃないわ。……でも、無理にでも見ておけばよかったのかな」


 最後の方は、とても小さな呟きだった。

 手紙。それを受け取ったアナスタシアは何を考えていたのだろうか。

 恋文?逃避行?話を聞いた限り、彼女は思慮のある性格に思われる。そんな思い切った行動を起こすだろうか。


「アナスタシアさんが居なくなる直前の様子はどうでした?」

「アナスタシアがいなくなった日、あの子は体調が悪いから、って授業を休んで寮にいたのよ。私が授業を終えて部屋に戻ってきた頃には居なくなってて……。門限を過ぎても帰ってこなかったから、とりあえず寮長さんに伝えたの」

「彼女が居なくなった理由に思い当たることは?」


イザベラは考え込むようにして、目線を落とした。


「やっぱり手紙、だったのかな。彼女、田舎の農家の生まれって言ってたから、資産目当てで誰かにさらわれた、なんてこと無いだろうし。手紙の相手に会いに行ったのかも」

「誰かに恨まれていたとかは?」


 そう問いかけると、イザベラは大きく首を横に振った。


「とんでもない、それはあり得ないと思う。だってあの子、いい子だったから……。ひねくれ者の私が言うのもなんだけどさ、あの子はどんな子とも対等で平等なんだ。美人で優しくて茶目っ気があって、でも嫌味なところはない。みんなに慕われていたもの」


 即答できる、それほどの人物だということだろう。


「皆さんそう言われてますね。他には――、アナスタシアさんの異性関係はどうでしたか?美人で性格もいいとなれば、男子生徒は放っておかないでしょう」

「ズバズバ聞くねえあんた……」


 呆れたようにイザベラは言った。


「まあいいわ。実家の方に婚約者がいるって話だったから、学園での男子との交友はかなり絞っていたみたいよ。聞いた限りではね」

「婚約者あり、か」


 何も欠くところのない完璧な女子生徒。しかしそれはあまりに――。


「……眩しすぎる」

「え?」

「いえ、こちらの話です」

 僕は思わず口に出していた言葉を取り繕った。


 どれだけ素晴らしい人物であっても、すべての人が好印象を抱くかどうかは別だ。ちやほやされる優しい美人。そんな人が身近にいれば、その隣にいる凡人はどう思うだろうか。

 果たしてその凡人の心には、微かな影すら生じ得ないと言い切れるのだろうか。


「……なさい」

 イザベラの声が、思考の海を遊泳していた僕を現実に引き戻した。


「なにか?」

「だから、私も連れて行きなさい」


 イザベラは目線は落としたまま、そう呟いた。


「連れて行くって、どこへ?」

「〜もうっ!あの子を探すのを、手伝うって言ってるの!!」

 そのまま立ち上がったかと思うと、イザベラはそっぽを向いてしまった。


「まぁ!偉いわあ、イザベラちゃん!いい子いい子~」

「かっ、からかわないでください!」


 立ち上がったイザベラをミラが抱きしめた。座っているときは気づかなかったが、イザベラは存外、上背が小さく、ミラに抱きしめられて胸に顔を埋めたまま、もがいている。


「ぷはっ」

 ひとしきりもがいてようやく脱出したイザベラは、傾いた眼鏡をかけなおして、こちらに向き直った。


「……それにさ、行くつもりなんでしょ?あんただけじゃ入れないわよ。女子寮に」


 元々同行をお願いする予定だったが、向こうがその気なら話は早い。僕はイザベラの提案を二つ返事で承知した。

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