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ソフィア・リーグレットの探偵日誌  作者: 高円寺くらむ
第1話
2/19

02_調査<1>

 ◇


 まず僕らが目指したのは教官棟である。


 アリティア学園は大きく4つの建物で構成されている。このアリティア学園の教官の居室からなる教官棟、探偵倶楽部などの文芸系の各組織の部屋からなる課外活動棟、日々の講義が行われる教育棟、そして大講堂である。


 教育棟を中心として、西側に課外活動棟、北側に大講堂、東側に教官棟がある。どれも重厚な石造りの建築で、かといって豪奢な装飾はなく、洗練された造りをしている。学園の南側は大きな演習場になっていて、魔術演習にはたいていこの演習場を使っている。


 そして、学園の建物から外れた西側には、学園生たちの住む学園寮がある。これら学園の施設は魔術による結界によって周囲を囲まれており、学生証や教員証、その他特別に入園を許可されたものに配布される許可証を持つものしか、学園に出入りできない。


 この学園の教官達は自らの専門学の研究の傍ら、生徒達に授業を教えているから、課外時間の今ならば、アナスタシアの担当教官であるハインリッヒ先生をたずねるならまず教官棟となる。

 果たして、ハインリッヒ先生は予想通り、居室にいた。


 部屋の中には多くの草花が所狭しと並んでいた。草の青い香りと一緒に、花の香しい香りが鼻腔をくすぐる。ソフィアが一瞬、顔をしかめた。


「僕に何か用かな?」


 窓際の机で羊皮紙にペンを走らせていたハインリッヒ先生は来訪者である僕らに気づくと、立ち上がっておだやかに問いかけてきた。眼鏡の奥で目を細め、長身だが威圧感を与えない、いかにも優しそうな先生に見える。歳の頃は30か、40だろうか、随分と若くみえる。


「アナスタシア・ルルベルーー、ターシャちゃんのことが聞きたくて!私彼女と同じ研究会の友達なんです。最近見かけないから、すごく不安で……。なにかご存じないですか?」


 とっさにソフィアがそう投げかけた。まったく、彼女の身の振り方には恐れ入る。たとえ僕らが先生にとって見ず知らずの生徒とはいえ、これでは無下にできまい。


「そうでしたか……。それは不安ですよね。私も、同じ思いです。彼女はどこへ行ってしまったのか、と」

 先生は困ったような顔で、そう呟いた。僕らを客人用のソファを促した先生は緩慢な動作で、僕らと対面のソファに腰を下ろした。


「アナスタシアさんは以前もしばらくの間、学校を不在にしていたとか。そのときは、彼女はなんと言っていたか、ご存知ですか?」

 僕は開口一番、そう尋ねた。


「彼女本人からは、故郷に帰る、と聞いていましたね」

「では、今回もその可能性がありそうですね。アナスタシアさんの故郷はどちらに?故郷の方と連絡はとれたんですか?」


 僕は矢継ぎ早に質問を投げかける。アナスタシアの行方不明の話を聞いてまず考えたのが、『前回と同じ動機』だったからだ。


「彼女の故郷は、このエフィーラ市の南に1日ほど馬を走らせたところにある、クリサリアグロースという小さな村です。彼女が行方不明になった翌日に、彼女の家族へ文を飛ばしました。それが今日、返ってきまして……こちらです」


 先生は、僕らに一枚の紙を差し出した。紙には、アナスタシアはここ最近村には帰ってきていないことと、彼女の身を案じる文章がしたためられていた。


「どうやら実家の方には帰っていないようです。今日から風紀委員に校内をしらみつぶしに探してもらっていますが……。もう自警団を頼るほか、ないかもしれません」


 先生は、目線を下に落として、押し黙った。確かにこの学園は、学園の建物の周囲を取り巻く外苑まで含めれば、広大な敷地を有している。敷地には危険な生物はいないだろうが、体調不良で倒れていれば、発見は難しいかもしれない。


「先生は」


 沈黙を破ったのは、ソフィアだった。


「ターシャちゃんから何か聞いてはいませんか?悩み事だったり」

「アナスタシアさん本人からは、何も。彼女の親しい友人にも聞いて回りましたが、これといった話はなかったですね……」



 ―――



 僕らは礼を言って、ハインリッヒ先生の部屋を出た。


「収穫なし、か。当てが外れたな」


 とはいえ、彼女が故郷に帰っていないことが分かったのは、収穫なのかもしれない。


「ハインリッヒ先生の部屋の植物、すごい数だったわね」

「植物学を専門にしているらしいからな。見たことない植物ばかりだった」

「そうよね」

 歩きながら、ソフィアは足元を見たり、窓の外を眺めたり視線を動かしている。


 次に話が聞けるとすれば、アナスタシアのルームメイトだろうか。名前や寮の部屋はリリィから聞いているが、今はまだ課外活動をしているかもしれない。


「ソフィア、次はどうする。ルームメイトを当たってみるかい?」

「そうね……。私はその前に少し寄りたいところがあるから、先に行ってて」

「少しくらいなら僕も一緒に行くよ」

「いいから!私の勘違いで、無駄足になっちゃうかもしれないしね。それじゃ!」


 そう言うと、ソフィアは駆け出した。彼女の姿はあっという間に視界から消えてしまった。気まぐれを人の形にしたならば、きっとソフィアそっくりになるに違いない。


(やれやれ……)


 小さくため息をついて、部室棟へ向かう。アナスタシアのルームメイトーー。イザベラ、といっただろうか。この時間なら、彼女は古典研究会の部室にいるだろう。


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