よだかの星、のようなちんぽ - 1
ぱっ、と花が咲いたかのような明るい表情をその顔に浮かべたかと思うと、新堂先輩はまたぶんぶんぶんぶんとわたしの腕を振り始める。
「も──もちろんだよ! そーちゃん、あたしたち今から活動室使わせてもらうからね! この後何かする予定立ててたならごめん! あとミキちゃんも!」
「別に構わんよ。お前がそうしたいなら、その新参者に色々教えてやると良い。無理させない程度にな」
「ウチは今日アレなんで。もがパイセンって今日あっちの部屋使いました?」
活動室ってなんだろう。多分あの、暗幕が掛かっている方の部屋のことなんだろうとは思うけど。
「使っていないな、今日の朝練は外でやった。彼奴が来ていなければ大丈夫だと思うが……」
「多分来てないっす。ウチがここに来たのが昼過ぎくらいだったハズなんで、大丈夫じゃないすか?」
ゲーミングちんぽ華道部にも朝練とかあるんだ。吹奏楽部みたいな感じでめちゃくちゃ走り込みとかやる必要があるんだったらやだなあ。
「そーちゃんはストイックだからね、例外だと思って。あたしたちはあんまり朝練とかしてないし、基本的には活動自体も自由参加って感じだから」
突然そんな言葉を投げかけられて再び正面へと視線をやると、わたしの腕を振り回すという楽しい娯楽にちょうど今しがた飽きてくれたらしい部長の顔があった。
「そもそも錦附校生ってさ、文武両道を心がけよー、とかいろいろうっさいこと言われてはいるけど、本気で守ってるコとか全然いないから。安心して?」
「あっ、はい、ありがとうございます……」
やはり部長ともなると、人の感情の機微には敏感になるのだろうか。
あるいはそれは、ゲーミングちんぽ華道の活動を通じて彼女に培われたものなのかも知れない。ゲーミングちんぽ華道部で培われるものが存在するのかどうかについては定かではないけど。
「ミキちゃんみたいにサボりとかで使いまくるのはアレだけど、ちゃんと片付けて貰えるならこの部屋は好きに使っていいから──あっ、もし入部するなら、の話だけどね! 別に強要する気はないよ、安心して!」
やはり部長ともなると、部員数が少ないことに関しては敏感になるのだろうか──それはともかく、とわたしは思い直し、新堂先輩と共に部室を横切るようにして歩く傍ら、先程から何度か話題に上っているミキちゃんこと万城目・未来の姿を、ちらりと見やった。
相変わらず、彼女はめちゃくちゃに寛いでいる。自室でだってあんなにだらしなく寛いだことないぞ、わたしは。
「あっちにいる子──万城目さん、でしたっけ。彼女にもちゃんと挨拶しておいた方がいいかな、と思ったんですけど……びっくりするくらい、わたしのこと完全に無視してますね」
「携帯電話弄ってる時とか、今みたいに本読んでる時にはあんまし話しかけない方がいいよ。割とめんどい感じで怒るから」
「何となく一年生っぽく見えますけど、多分実際に一年生ですよねあの子。いつもあんな感じなんですか?」
「ああ見えてやる時はちゃんとやる子だから──あ、そうだ。着替えたりしなくて大丈夫?」
ぴたり、と足を止めてから、くるりとターンして先輩はそう尋ねてきた。
「え、この部活動って着替える必要あるんですか?」
「具体的に何するかによって変わるけど……ま、今日は見学だし制服のままでいっか。あたしも制服だし、安心して?」
彼女の言を聞くに、ユニフォームのようなものに必ず着替えたりする必要はないらしい。それなら洗濯物とかの心配はないかな、と、わたしは他の部活を見て回っていた際にはじめて認識したいくつかの懸念材料についての一つがひとまず解消したことに安堵する。
安心して、と言われても一体何に安心すればいいのかはいまいちよくわからなかったけど、まあ友情というか友愛というか、あるいは連帯感というか、部長と新参者という立場の違いはあるにせよ、同じ学校に通う仲間であるという意識のもと親身になって物事にあたっていただけるのは大変ありがたいことだ──と、わたしは心の奥底からしみじみと思った。
◆
内鍵付きの扉がかちゃり、と開かれ、親鴨の後ろについていく小鴨のようにして、先んじて活動室とやらの中へと入っていった部長の背をわたしはひょこひょこと追う。
入ってまず最初に目についたのは、入口から見て左方にある大量の機器。それは別に卑猥なものでも、あるいは神秘的なものでもなく、ごくごくありふれた──といっても学校にあるのには少し珍しい気もするけど、ともかく一般的によく知られるレコーディングスタジオのコントロールルームにあるようなものだった。
というか、この部屋自体がそれを彷彿とさせる全容であるとも言える。機器の直上にある長い小窓──今はカーテンが掛かっているところをしゃっ、と横に開いたら、きっとそのガラスの向こうにはマイクやら何やらが立ち並ぶ録音ブースの姿があることだろう。機器の中にはカメラモニターらしきものの姿も認められるし、もしかすると歌っている姿を宣伝映像等に使用したりするための動画を撮影したりすることが出来たりするのかも──
そこまで考えてからふと、わたしは重要なことに思い当たった。
ここは録音スタジオではなくゲーミングちんぽ華道部の部室の中、部長曰くの活動室だ。そしてそれは、このゲーミングちんぽ華道部という部活動の中で行われる何らかの行動に適した機能を持っているべき場所であるはずだ。
「……あれ? ちょっと意外ですね。華道部、っていうから、何となく和室のようなものを想像していたんですけど」
「ま、ゲーミングちんぽ華道部はゲーミングちんぽ華道部であって華道部ではなく、ゲーミングちんぽ華道部以外の何者でもないからね──あ、いや、そういうこと聞きたいワケじゃないか。ここは活動室の一部ではあるけど、活動そのものはこの向こうの部屋でやるんだよ」
部長はそう言うと、ほらあっち、と、ブースの奥の方にある扉を指で指し示す。そっちの方向へとわたしが目を凝らしてみたところ、その視線の先には防音扉のような重厚感のある──恐らくは実際に防音性も高いのであろう、そんな感じのドアの姿があった。
カーテンの向こう側にある部屋に繋がっているものと思われるが、それじゃあこの小部屋の部分以外は和室っぽい感じになっていたりするんだろうか。
「向こうの方にはいわゆる和室みたいなヤツがあってさ。多分だけど、タマキちゃんが思い浮かべてるイメージに近い感じのものだと思うよ。あと、ゲーミングちんぽ華道の世界ではあっちの部屋みたいなのを数寄屋とかって呼んだりするよ」
「数寄屋? 茶道のやつですか?」
「多分言葉の由来はおんなじような感じだと思うよ。ていうか、もしかしたら茶道から存在そのまま引用してきてるのかも知んないけど……その辺についてはあたしあんま詳しくないや。ごめんね!」
しゅばっ、と振り向くと共に謝罪の意を表するジェスチャーをして見せる部長こと新堂先輩に対し、わたしは慌てて返答する。
「え、いや、あの、そもそもわたしがこの部分だけを見て活動室の全部だと思ったのが悪いというか、隣の部屋のサイズ考えたらそんな訳ないのに勘違いしちゃったというか──と、とにかくごめんなさいっ!」
その後お互いにぺこぺことお辞儀をする時間が暫く続いたのち、ようやく根負けしたわたしは顔を上げると新堂先輩の方へと向き直った。
「で、活動……の、ことなんですけど。その、ゲーミングちんぽ華道部って、具体的には一体どんな活動をするんですか……?」
いやまあゲーミングちんぽ華道部というくらいだからゲーミングちんぽ華道に纏わる組織らしい活動をするんだろうけど、そもそもゲーミングちんぽ華道の主体となっている活動って何なんだろう。
「愛ちゃん先生からの説明で一応聞いてはいると思うけど、ちんぽを活けるんだよ」
ちんぽを、活ける。
いや、うん、華道における花の代わりにちんぽ──こと、七色発光すると共に男性器に似た機能を持つという摩訶不思議なディルドを使うとは聞いたけど。
固定とかどうやってやるの? 華道だと剣山とか使ったりするけど、ゲーミングちんぽ華道部でもそういうの使ったりするんだろうか? 嗜虐的すぎないかそれ?
恐らくは様々な感情の入り混じった味わい深い表情をしているであろうわたしの顔を覗き込むようにして、新堂先輩が優しげな口調で話しかけてくる。
「剣山は使ったりしないよ。安心して?」
「あ、はい、わかりました……ひとまず安心出来ました……」
ピンポイントで懸念事案を言い当てられて正直びびる。もしかすると読心能力を持つ超能力者かなんかじゃないのかこの人。
そんな非現実的なことを考えているわたしの様子に気づいているのかいないのかそれは一切定かではないことだが、すべてを見通していそうな感じの透き通った目をしている新堂先輩はそのままくるっと後ろを振り向くと、いつの間にやら彼女の手に取られていたわたしの手を引っ張る。
「ほらほら、こんなトコで突っ立ってないで。何を不安に思うことがあるんだねタマキくん! 我々ゲーミングちんぽ華道部調査団はまだ調査を終えていないぞ! ゲーミングちんぽ華道とは一体何なのか、その真相に迫るべく、秘境の奥地に潜入しようじゃあないか!」
野太い声を作るようにしつつ、新堂先輩はがちゃっ、とがっしりした感じのドアを開ける。
「えっ、あっ、はい──」
最後の”い”の音を口から発し終えたか終えないかがぎりぎり定かではないあたりで、ぐいっと腕を引っ張られたわたしは部長曰くの数寄屋の方へと足を踏み入れる。
そして、そこには。その、薄暗い──それでいて眩しくもある、そんな部屋の中には。
赤青黄緑色と色とりどりの光を放つ、あるいはオーロラのようにして常に己の色を変えながら七色発光する、巨大なちんぽの姿があった。
ひとまず4月中は定期更新をぎりぎり保ってはいましたが、以降不定期更新になると思われます。
更新を行う際はこれまでと変わらず日曜日12時に行う予定です。
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宮沢賢治先生の作品名もじりの章題が続きますが、まあその辺は一旦流して頂くとして。『よだかの星』の話です。
こちらも一時期は教材として用いられていたものの近年はそうでもないかな、という印象のある名作短編小説ですので、割とご存じの方も多いんじゃないかなと。
題名も印象的ですし、あと最近は某スマホ用音ゲーの某曲のモチーフのひとつに使われていたりもしたので(最近と言っても実装されたの自体は結構前ですが)、恐らく読んだことのある方も結構いると思います。
もし読んだことがないのであればこの機にぜひ読んで頂いて。
よだかの星 - 宮沢賢治
https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/473_42318.html
先にお伝えしておくと、わたしはこの小説が少し苦手です。いい話だとは思うんですけど、でも苦手ではあるな、という感じ。
より具体的に言うと、“よだかは、実にみにくい鳥です。”から始まるこの小説の冒頭が、こう、読んでいて結構つらい。
わたしは動物園に時折行く程度には動物好きなのですが、本物のよだか、もといヨタカ目の鳥類の姿を実際に見たことは無いです(少なくとも記憶の内では)。なので実物のよだかがどんな生き物であるかについてはあまり詳しくないのですが、写真とかを見た印象では結構かわいらしいな、という感じの見た目だと思っているので、「そこまで言う!?」みたいな風に思ってしまうというか。
他の理由としては、わたしは不当な場での外見至上主義みたいなのがめちゃくちゃ嫌いなので……まあ、主人公であるよだかが大変に嫌われている、という重要な設定開示の文章であるというのは理解してはいるんですけどね。
なので、嫌いではないけれども苦手。そんな感じです。
ただ、わたしが個人的に苦手と思っているにせよ、世間一般には受け入れられている作品であるのも確かであって。
「なんでこんなものが人気があるんだよォーッ!」とか思ったら心が病んでいる証拠、というようなこと(※意訳。原文ママでは無いです)をわたしは某漫画から学んだので、心に余裕がある時は“何故自分がそう思ったのだろう”ということを考えたり、その原因になっていそうな事案を調べたりするようにしています。
で、まあ……この作品の成り立ちとかについても調べたりした訳ですが。やはりというべきか、それらしい理由があったんですよね。
次回の後書きはそのお話です。いつになるかは分かりませんけども。
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よだかの星 - 宮沢賢治
https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/473_42318.html