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やまなし、ちんぽの影もなし - 2

「で、その……何の話でしたっけ。色々見てたら混乱してきて……」

「混乱? うーん、とりあえず今は他の部員──というか、部長と会って貰おうと思ってたんだけれど……どうする? また今度にする?」


「あ、その子が見学希望のコですか? 一年生じゃないみたいだけど、もしかして噂の転校生?」

 少し心配そうな表情を浮かべる瀬々先生の背後から、ひょい、と顔をのぞかせて、少し背の高いポニーテールの女生徒──まあここは女学校なので女生徒であるのは当然のことではあるのだけど、とにかくそんな風貌の少女がわたしへと問いかけてきた。

 彼女の視線がわたしのセーラー服の襟についた校章(バッチ)の方へと注がれているのに気づき、そう言えばこの学校は学年ごとに違う色のものをつけるんだっけ、と思い返しつつ、わたしは彼女の姿を瀬々先生越しに見やる。わたしの方からはちらっとしか見えなかったが、多分彼女は三年生だろう。


「あ、はい。噂とかの件はよく知りませんけど、先輩──で、いいですよね? 最近この学校に転校してきた、美柚・玉姫っていいます。よろしくお願いします」

「うんうん、礼儀正しくていいコみたいだね! あたしは部長の新堂(しんどう)・いろは。よろしくね美柚さん!」

 素早い動きで近寄ってくると、彼女はわたしの手を取ってぶんぶんと握手をする。この先輩はなかなか元気なお方のようだ。


 そんなわたしたちの様子を、うんうん、としきりに頷くようにしながら満足げに眺める瀬々先生の後ろから、別の女性が現れた。

 新堂先輩よりもさらに背が高い彼女はつかつかとわたしたちがいる方へと歩いてきたかと思うと少し離れた場所で足を止め、ふむ、と顎に手を当てた。


「二年生か……まあいい、何せ部員数が少ないからな。お前のような見学者が来てくれるだけでもありがたいと言うべきだろう。感謝する」

 そう言って頭を下げた彼女の所作には、何となく力強いオーラのようなものが感じられた。武道とかを嗜んでいそうな感じというか、その声音も含めて佇まいが凛としているというか。何となく尻込みしてしまいそうな雰囲気がある。

「えっと、よろしくお願いします……」

「私は茂神(もがみ)颯月(そうげつ)、三年生だ。その様子だと、ここに見学に来たきっかけは単なる興味本位なものであるのかも知れないが……我々はあくまでも真面目に活動をしているつもりだから、そのつもりで。新参者は何事にも敬意を払うべきだ、そうだろう?」


 じろり、と、ほんの少しだけ睨みつけるような目線を投げかけながら、彼女はそう話しかけてきた。あっちょっと怖い、怖いぞこの人。

 セーラー服の首元から、ぴっちりとした黒いタートルネックシャツ──恐らくは加圧インナーと思しきものの片鱗を覗かせている辺り、精神的な暴力だけじゃなくて肉体的な暴力にも長けていそうな感じだ。


 先程にも増して尻込みした、より具体的には少なからぬ恐怖を感じているわたしのそんな調子に気づき、ずい、と瀬々先生が茂神先輩とわたしの間に割って入る。

「こら、茂神さん! そういう言い方しないの! 二年生ではあるけれど、美柚さんはほとんど新入生みたいなものなんだよ? もしかしたら私たちの新しい仲間になってくれるかも知れない人だっていうのに……」

「ふん、どうだかな。前にもそうやって愛先生が連れてきた奴がいたと思うが、そいつはどうなったんだったかな? 無論、愛先生ならそのことをしっかりと覚えているとは思うが──そして生憎私は記憶が定かじゃないんだが、確かあれは昨年のことだったかな? その時連れられてきた彼女は新入生で、高校からこの錦附校(きんふこう)に通い始めた奴だったよな? どうだ?」

「あー…………ええっと、はい……部活動の内容にめちゃくちゃびっくりしちゃったみたいで、後日親御さんからすっごく怒られました……その節は部の皆様方に多大なご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした、はい……本当にごめんなさい……」


 少し前に新堂先輩との握手をやめていた、より具体的には先輩が手を振るのをやめるまでずっとなすがままになっていたものの少し前に解放されていたわたしは、先生たちの様子をぼんやりと眺める。

「……キミってさ、おおかた愛ちゃん先生に強引に連行されてきた、ってトコでしょ。違う?」

 すすす、と近づいてきた新堂先輩が、わたしに耳打ちをした。

「大体そんな感じです。めちゃくちゃ怒られてますね、あれ」

「割と日常茶飯事だから、あんまり気にしないで。それはそうと、どうする?」


 どうするって言われても──いや、そう言えば。そもそもわたしは、この部室に部活動を見学しに来たんだった。ゲーミングちんぽ華道部の。

 ゲーミングちんぽ華道部って本当にあったんだ。いやまあ先生がそう言ってはいたけども、知識として得るのと実物を見るのとでは大きな違いがあるというか。

 ということは、恐らくはこの先輩方やあの一年生の子も、ゲーミングちんぽ華道を嗜んでいるということになるけど……嗜むものなのかどうかもよくわからないが、どうにも想像がつかない。というか、ゲーミングちんぽ華道というものが具体的にどうやって行われるものなのかという事柄について、わたしはまだ知り得ていない。


「無理にとは言わないけどさ、もし美柚さんが──あ、タマキちゃんって呼んでもいい?」

 未だ握ったままであったわたしの手を引き続き握ったまま、くるり、と社交ダンスを踊るようにして身を翻しながらわたしの眼前へと躍り出た彼女に、わたしは返答する。

「呼びやすいように呼んでもらって構いませんよ。それで、本題は何ですか?」

 再び自分の腕が振り回され始めたことについてはこの際気にしないことにしよう、と思いつつ、彼女こと新堂先輩の顔をわたしは真っすぐに見つめた。

「タマキちゃんが構わないなら、この部についての説明をしてあげたいんだけど……そもそも、タマキちゃんはゲーミングちんぽ華道のことについてどれくらい知ってるの?」


 先程この部室に来る途中で先生から受けた説明の数々を思い返しつつ、わたしは答える。

「さっき瀬々先生から懇切丁寧に教えて貰いました。何となくパフォーマンスアートみたいなものかな、って思ってますけど、そんな認識で問題ありませんか?」

「ま、そんな感じかなー。愛ちゃん先生が説明したんだったら大丈夫だと思うけど。それなら、具体的な活動内容についての説明を──」

 そこまで言ってから彼女はふと言葉を切るようにして、ほんの一瞬だけわたしから目を反らす。本当にほんのごく僅かだけではあるが、それには逡巡しているような雰囲気があった。


 おや、と思って、わたしは気づかれない程度に彼女の様子を探る。

 恥ずかしがったりしている様子はないみたいだから、恐らくはこの部──光り輝くちんぽを用いるゲーミングちんぽ華道という競技、ひいてはゲーミングちんぽ華道部の活動内容について話すという行為自体についてに起因するものではないように思えるけど……あ、そうか。

 恐らく彼女は、ゲーミングちんぽ華道部というものについて、わたしが変な印象を抱いていないのか心配しているんだ。いや現にわたしはゲーミングちんぽ華道部というものに対して変な印象を抱いてはいるけど、ここでいうところの彼女が心配に思うような変な印象っていうのは──要するに。


 要するに、わたしがゲーミングちんぽ華道部を──もとい。

 ゲーミングちんぽ華道というものを、卑猥で汚らしくて品位を欠いていて下劣で下品で不潔で不浄で不埒で猥褻で淫猥で淫らな、この歴史ある女学校という場所において行われるに値しない、そして仮にここ以外の場所だったとしても公には憚られるような内容であるものとして認識していないか。そしてそのことを知っていながら、わたしが嫌々ながらもこの場に滞在してはいないか。

 大体そういうようなことを、このゲーミングちんぽ華道部の部長である彼女こと新堂・いろえ先輩は懸念しているのだろう。


「安心してください。きっかけこそ少し強引な形のものではありましたけど、ちゃんと説明を聞くつもりで来たので、大丈夫ですよ」

「──えっ?」

 ぱちくりと目を瞬かせる新堂先輩の顔を改めて真正面から見つめて、端正な顔立ちをしているな、と頭のどこかで考えつつも、わたしは言葉を続けた。

「わたしはゲーミングちんぽ華道という芸術的競技についてはさっき知ったばかりですし、正直なところちょっとだけ──その、えっちなものなのかな、とも思ってはいますけど。だからこそ、ちゃんとした事実を知りたいんです」


 新参者は何事にも敬意を払うべきだ。

 先程茂神先輩がそう言った時のわたしは確かに怯えはしたものの、しかしその心の中では納得──というか、深く同意の念を抱いてはいた。そのように考えることは、人生においてはとても、本当に大変に非常に極めて特別に最上級に、本質的に重要なことだと思う。

 無知は罪なり、知は空虚なり──なんて、太古の昔に存在していた哲学者は言ったそうだけど。そんなやつのことは、わたしは哲学者でなく厭世家(ペシミスト)と呼んでやりたい。行動に移すかどうかに依らず、知識を集積することはいいことであるはずだ。


「なので、部長であるあなたから手ほどきを受けたいんですけど……構いませんか?」


 知らないのは恥ではない。知ろうとしないのが恥なのだ。まあ、これも何かの受け売りではあるけど。

 わたしは真っすぐに、目の前にいる相手と向き合った。

次回、『よだかの星』編です。本格的にストックが無くなってきましたが、ひとまず来週は更新できる目算です。



そんな訳で先週に引き続き、宮沢賢治先生の『やまなし』の話です。


やまなし - 宮沢賢治

https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/46605_31178.html


やまなしという童話が“死と生”を主題に置いている、というのは前回の後書きにてお伝えした通りです。読めばわかることではあるのですが一応ご説明すると、前半部(五月)が死、後半部(十二月)が生を思わせる内容になっているという感じなのですが……実は、この童話には俗に初期形と呼ばれる草稿があってですね。

青空文庫には無かったので興味のある方は都度調べてください、という投げやりなご案内しか出来ないのですが(転記しているブログ記事とかは多々存在するものの、さすがに直リンクを貼るのは憚られたので)、簡単に言うと初期形に比べて前半部の陰鬱さが増しているというか、より具体的には魚の色の描写が暗くなっていたり(”おまけに自分はまばゆく白く光って”→”おまけに自分は鉄いろに変に底びかりして”等)、より死を連想させるような描写に変化しているといった感じの違いがありまして。


で、これが何故かというと。賢治先生が『やまなし』を執筆している途中、彼は妹のトシさんを亡くしているんですよね。

トシさんについての話は『春と修羅』編の後書きでも触れましたが、やはり親しい人を亡くす、という大事件は心に多大な影響を及ぼす訳です。

実際に”死”という突然の不幸と相対したことによって、死を主題とした前半部の記述が変わったのではないか。文章量だけで見れば微小な違いではあるものの(ちなみに後半部も少し楽しげに見えるように文章が追加されていたりするのですがそれは置いておくとして)、それらの違いによって死と生の対比がより色濃くなり、『やまなし』という作品はそのメッセージ性をより強めることと相成った──という風に、文学史の観点からは捉えられています。

先生ご本人がそう仰った訳ではないので推測ではあるものの、そう考えると何となく合点がいく感じがあるな、と私も思います。こう、個人的な意見としては、文学に奥行きを与えるものはやはり人生経験なのだろうな、という思いを常々抱えているので……単に宗教(仏教)の知識を有しているのと、実感として死を感じるのとでは大きな違いがあるでしょうし。


日々是勉強、なんて言葉がありますが、まあ実際のところ人生から学ぶことはマジでめちゃくちゃ多いよね、という実例のひとつとして、こういう裏話(エピソード)を記憶の片隅に留めておくのもいいんじゃないでしょうか。

わたしはいわゆる意識の高い系みたいな方々がすっごい苦手ではあるのですが、せっかく本を読むんだったら何かしら学ぶことがあった方がいいよね、という気持ちは有しています。それこそある日突然見えないところからかわせみ(不幸)が襲ってきてくたばるかも知れないってくらいに人生は限りがあるものなんだから、実際に役立つかどうかは知らないけれども知識はあればあるだけ損はないんじゃないか、みたいな姿勢(スタンス)でやっています。


まあ紛うことなき娯楽小説の後書きで書くようなことでもない気はしますけどもね!

好きなことして生きていく。サウイフモノニワタシハナリタイ。



やまなし - 宮沢賢治

https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/46605_31178.html

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