フライヤー:今からはじめるゲーミングちんぽ華道部入門
対よろ。
◆
以前投稿した掌編と同じ内容なので、既にそちらを読了済なら読み飛ばして頂いて大丈夫です。
こう、誤字脱字が無い限りは同じ内容のはずなので……。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
わたしの脳内は、今やそのごくごく素朴かつ単純な、それでいて複雑かつ芒洋としているような台詞に代表される感情の群れによって、そのすべての領域が占有されていた。
今、このわたしの目前で実際に行われているその行為は、しかし非現実的な──いや、より正確には。
それは、非日常的なものとして、このわたしに認識されている。
ぴちゃぴちゃと、水音がする。
時々、その音に交じるようにして吐息のような声も漏れ聞こえていて、その快と不快が入り混じったような音はわたしの頭の両側にある外耳孔の中へと静かに、しかししっかりと、そして何処となく淫靡な雰囲気を伴った上で、わたしが今抱いている感情や感想やその他諸々の思いのすべてを無視するかのように──事実完全に無視して無遠慮とまで呼べるくらいの情態を示しながら、どんどんどんどんどんどんと侵入してくる。
わたしはそれを気にしないようにしようと努めたが、残念ながらそれは叶わなかった。そんなわたしの視線の先、およびその片隅には、やはりわたしの頭の中のことなどお構いなしに、さまざまな色彩が存在している。
赤、橙色、黄色、そして緑。青、そして藍色、紫へと、次々に変化していく、光。
移り変わるという特性においては北極圏のオーロラを想起させるような、しかしその本質たる光のスペクトル的特性の存在を思い起こさせるような色合いの──有体に言えば、虹色の光。
それらは視線を逸らさずにはいられないほどの煌めきを、しかしそれでいて何処かそれを視認した存在を惹きつけるかのような輝きを、静かに、しかししっかりと放っていた。
そのすべてを総括して例えるなら…………そう。
世界中にあるさまざまな文化を紹介する情報バラエティー番組のいちコーナーにて紹介されていた、鬱蒼とした森の中で暮らす伝統民族の一族の方々の間で幾年幾数年の時を越えてはるばる伝承されている、その地に住まう人々以外からしてみれば謎めいた神秘的なものとして、あるいは卑猥なものとして捉えられがちな、由緒正しく全裸体で行われる定例式典であるだとか。
あるいは、この令和という時代に華々しく登場した最新鋭の技術を用いた新たな大衆芸術文化の、その鏑矢となった人物への質疑応答記事のページに掲載されている、とても色鮮やかな小画像であるだとか──
そういった、ある程度の相反する性質を持つ、しかし何処となく通ずるものを感じなくもないといった感じの存在に該当するモノが、そこにはあった。
端正で、そのうえ可愛らしくもあり、そして少し大人びた雰囲気の、しかしそれでいて何処か幼さを残してもいるような顔立ちの、そんな少女という概念を体現したかのような存在である、一人の女性。
その口の中から外へと向けて長く伸ばされた、てらてらと光り輝く肉の塊──もとい。唾液という液体を分泌する機能を伴う身体部位であるところの舌先にある、棒状の物体。
それは、ちんぽだった。
まごうことなき、ちんぽである。
はぁっ、という吐息が、その男性器──いや、より正確には。それは単に成人男性の陰茎を模したもので、ある一定以上の性知識を持つ人々の間では張り形という名で知られている、ある意味においては世間一般的にも普遍的に知られているといっても過言ではないかも知れないといった、そんな逸物とでも呼ぶべきであろう代物の向こうから、ごくごく僅かながらも確かな存在感を伴って放たれた。
事実として。
極めて普遍的な事実として、その存在はわたしのような、最近になって女学校に通い始めた一人の女、より正確には少女と呼称されるような立場にある人間にとっては非日常的な存在であり、そのことについて異論を唱える者はいないだろう。少なくとも、ごく一般的には、だが。
「──れ、るっ。ん……ぁむ、っ──」
しかしながら、と、わたしは頭の片隅で考える。例えば、先程わたしが行った換喩表現を部分的に引用するならば。
それは本来なら別に全然見る必要なんかなくって、例えばリモコンを使って画面を消すなりまたは別の番組へ適当に切り替えるなり。
あるいは指先を画面上で滑らせて読み飛ばすなりまたは長押の操作をしてから×のマークを叩いたりするなりしてしまっても当然いいわけで。
そういった行動を取るということそれ自体については、現代を生きる我々にとってはごくごく日常的な所作の類に含まれるものと思われる。恐らくは、ごく一般的で、普遍的に。
その物事に対して別段興味が湧かなければ、無視してしまってもいい。
この世界のありとあらゆる場所に存在する、その一切合切の物事には、それら各々すべてに成り立ちや発展、その他なんらかの話題性を必ず有している。
この高度情報通信社会──という言葉すら既に陳腐化している、わたしが生きる日本と名付けられた土地、そしてこの時代、この世界には、いかんせん情報が溢れ過ぎている。少なくとも、わたしはそう感じている。
仮にそのすべてを知りたいと思って、そして実際にそのような野望を胸に抱いたとて、単なる夢物語でしかない。そんなこと、絶対に無理だ。そう断言できる。もしそんなことをしようとして情報収集に挑戦したとしたら、じきにその頭は破裂してしまうだろう。わたしにはそのことが、完璧にわかる。
だから、この世界に存在するすべての物事を受容する責務を、今の時代に生きる人間は有さない──少なくとも。
少なくとも、今のわたしはそう考えている。
でも、そう理解していながらも。
わたしはその存在に、 そしてそれがここにあるからこそ発生している、わたしの目前でいままさに行われている出来事に、どうしても意識を奪われてしまう。
だって、それは────
ちゅぽん、と。
ちょうどその時、そんな小さな音──もとい、一種の異音のようにも思えるような響きがとても静かに、それでいて確かな存在感を伴って、この静謐な室内に鳴り響いた。
わたしはそれの全容を、今一度視認する。
光っている。
それは、光っているのだ。
この薄暗い部屋の中で、自身の姿を視認した者の視界を晦ませんとばかりに、あるいはそうした者の魂を誘惑せんとばかりに、目映く光り輝いているのだ。
例えるなら──そう。
一般的にはゲーミングPCと呼ばれるような個人用機器、ひいてはそれに付随するキーボードやマウス、あるいはコントローラーやヘッドマウントディスプレイのような各種ゲームに関連する用品に何故かついている、しかしそういったものを使用する趣味に代表される内々的な要素とは相反した、雨上がりの晴れ晴れとした空に架かる橋の姿をこのわたしに想起させる光。
より具体的に言えば、虹色。
そんな感じの七色の光が、そのちんぽからは放たれているのだ。
「ね? こうやってやるんだよ。もう一回、ゆっくりとやって見せるね。ぁ、もっ──」
それは再び女子の口内へと収められ、放つ光の眩さを幾分か減らす。それでもそれは、ある程度眩しいものに感じられた。
何故ならそれには、男性器の、いわゆる陰嚢にあたる部位がさも当然であるかのようにして付随していて────それにわたしが正座の体勢で座っているこの部屋の中は、大分薄暗いからだ。
だから、大変自然なことである。
じゅぶ、じゅぶ、と。
雨の日の山中で、長靴を履いてぬかるみを歩いている時のような、そんな感じの音がする。
あるいは。
それぞれを単体の物事として分割した上で受け止めたのであれば、それらはごくごく自然にありふれた存在であったのかも知れない。
一介の女学生であるわたしにとっては決してそうではないが、一般的にちんぽは股間に備わっているものだ。より正確に言えば、一般的に人間と呼称される霊長類ヒト科ホモサピエンスの♂──染色体にXYを持つ人々の、その臀部の反対側に概ね生えているものだ。脚の間、といった方が伝わりやすいかも知れないが、とにかくそういうものである。
遍く世界に存在する全人類の男女比、より正確に言うならば、その肉体的性別、生物学的な雄と雌の分布比率は概ね1:1であり、そうすると人類の約半分にはちんぽがついていることになる訳で、自然それはこの世界にありふれているものである、と結論づけていいものだと思われる。ちんぽの象形を模した大人向けの性具、あるいは子供向けのおもちゃというものも、あるところにはあるだろうし。
対する虹色の光は、むしろそれよりもわたしにとっては身近な存在だ。
わたしが愛用しているデスクトップコンピューター──かつてわたしの父がごくごくありふれた、一種の幼稚さすら伴うような内容の遊戯に耽る際に使用していたその端末の中には、七色に光り輝く物理不揮発性記憶装置が備え付けられている。
わたしのパソコンのケースが偶然そうなっていたからこそ視認出来る状態にはなっていたものの、何故そんな機能が本来表には露出しない部分に与えられているのかについての論理的な説明は、わたしにはできない。
わたしは日常的にそれを使ってこそいるものの、その歴史や成り立ち、そしてその構造についてはよく知らないので、ほとんど何もわからないからだ。もしかするとわたしのPCケースはその光を見るために透明な部位を側面に備えているのかも知れない、という想像こそ出来なくはないものの、知らないことはわからない。
でも、わたしはそれから放たれる七色の光を日常的に浴びてはいるのだ。比喩ではなく、現実的に、実体験として。だからいくら理解が及ばなかろうとも、それはわたしにとって間違いなく日常的なものだし、わたし以外を含めたこの現代に生きる人々にとってもある程度の親しみを持って迎え入れられるべき代物であると言えると思う。ごく個人的な意見としては、だけれど。
その二つが組み合わさるだけで、こんなに訳のわからない光景になるとは夢にも思わなかった。
思うわけがない。何だこれは。
「ん、ぅ…………って感じだよ、わかった? ま、そう訊かれてもタマキちゃんは困っちゃうかもだけどさ」
何を訊かれたとしたって困る。というか、そもそもからして今まさにわたしは困っているというか非常に困惑している。ここにちんぽがある訳ないだろ。女子校の中だぞ、ここ。
わたしは頭をぶんぶんと振り、何とかそれの存在を脳内から追い出そうとした──────が、しかし。
「……タマキちゃん? 大丈夫?」
結論から言うと、無理だった。
でも、何とかその片隅に若干の余白を作ることには成功したので、改めてわたしは考えてみることにする。
「ねえ、タマキちゃん。本当に大丈夫? 平気? もしも気分が悪くなっちゃったとかなら、もちろん今すぐに止めるけど──」
どうして、こんなことになってしまったんだろう。
このわたしが新たな人生を歩み始めようとしていきなり遭遇した、まるで意味のわからない、こんな状況が発生するに至ったそもそもの原因は、何であったっけ。
無駄な空間にお気に入りの観葉植物を置くかのようにして、わたしは秩序立てて思考を整えようとする。
錦章台学院大学附属高等学校。
そういった名称を持つこの歴史ある女学校に転校し、そして新たな生活に失敗しかけていたわたしに起こった、ありとあらゆる一切合切を。
駄目だ。
すべてを思い出すのは、無理かも知れない。いや、絶対に無理だ。
仮に思い出せたとて、わたしの脳内に出来たその空間はごくごく小さなものだったから、それらの物事を詰め込むには狭すぎる。すべてはちょっと入らないとかそんなしゃれた形容をすることなんてとてもじゃないが行えないというくらいに、恐らくは本当にごくわずかな物事しか、そこには収めることが出来ないだろう。
だから、わたしは取捨選択をする必要がある。
ある程度の物事は、諦念を持った上で切り捨てなければならない。今、主題として考えるべきなのは──と、わたしは一旦それから視線を逸らし、そのまま下へ向けた。
セーラー服の襟についた校章。
制服のリボン。
制服越しに見える女生徒の胸部の膨らみ、および腹部のくびれ。
ボックスプリーツのスカートの端。
続けて、女生徒の膝。
座布団。
塩化ビニール製の、畳を模した床面。
そして、寿司げたのようなものの上に置かれた、ちんぽ。
わたしは素早くそれから目を逸らすようにして、視線を上げる。
当たり前ではあるのだが、しかしわたしは半ばそれを忘れかけていたのだが、やはりというべきかそこにはちんぽの姿があった。
逃げられない。ごく簡潔に表現するならば、そう思った。
わたしは今この時、この場所で、ちんぽという存在と向き合わなければならないのだ。
目を逸らさず、この異様とも言えるであろう物事へとまっすぐに、真正面から向き合わなければならない。わたしは努めて、目前の光景の再認識を行おうとする。
七色に発光する男性器の類似品。ひとまず、あれは、そう呼称されるべき物体だろう。
それは何度見ても非現実的、もとい、わたしにとって非日常的な光景ではあったものの。
わたしが通い始めたこの学校の敷地内の、片隅にひっそりと佇む旧校舎の中に存在するこの場所、より具体的にはこの和室のような様相をした部屋の中で発生する事象としては、もしかするとごくごくありふれているものだったのかもしれない。
今のわたしには想像することすら出来ないとは言えども、現にこうやって存在するのだ。だから、あり得ない話ではない。おそらく、きっと。
再び頭を振る。いつの間にか、そしていつも通りに、本来やろうとしていたことの趣旨というかその本題から離れてしまっていたからだ。
今わたしが考えるべきは、経緯に関する事柄について。
目前の光景から一時だけでも逃れんとするべく、ほんの少しだけ瞑目するようにして、わたしは改めて思い返そうとする──
つまりは、このようなことについて。
わたしがゲーミングちんぽ華道という、その謎めいた名称を持つ芸術的活動の、実地見学をするに至るまで。
そしてその根本原因であるゲーミングちんぽ華道部との出会い、ひいてはちんぽと呼称されるそれとの遭遇に至るまでの、ちんぽにまつわるその他諸々を。
お読みいただき、ありがとうございました。
ひとまず、のんびりかつ定期的な感じでの投稿です。ある程度は書き溜められているので、マイペースに執筆活動をさせて頂きたく存じます。
◆
もしお暇でしたら、掌編の方にも評価・コメント等いただけますと幸いです。
本当に暇だったらで構いませんので、よろしくおねがいします。