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コメディー短編集

学校にテロリストなんて来るわけねーだろw(※実は先生たちがこっそり撃退しています)

作者: ミント

 武装した集団が、息を殺して校舎へと入り込んでいる。


「良いか。地球は今、危機に瀕している。環境破壊に森林伐採、自然動物の乱獲、その他諸々だ。これらの行いは、決して許されるものではない。我々アースお守り隊は今日、この学校を占拠しその主張を世界中に届けるべきだ。諸君は地球の代弁者として誇り高く、精一杯戦うように」


 それらしいことを口にしているが、要は武力をもってこの何の変哲もない凡庸かつ平穏な学校を犠牲にしようと言うのだ。傍から見ればたまったものではないが、本気でそれが地球のためになると考えている彼らは皆、真剣な顔をしている。こんな連中から勝手に自分の気持ちを語られたことになっている地球もいい迷惑だろう。だが当のテロリストたちはそんなこと夢にも思わず、人気の少ない廊下を駆けている。


 学校というものは、公共施設の中でもとりわけ特異な体質を持っていると言っていいだろう。大勢の人間が一堂に会する一方で、その集団は常に決められた時間とルールに則って構成されている。一斉に騒がしく動き回ることもあれば、じっと静かにその場で立ち止まっていることもある奇妙な集団。そんな彼らが身体的に拘束される「授業中」という場面を、テロリストたちは選んだ。スムーズな侵入と、大量の標的の確保。そうして虎視眈々と凶行に及ぼうとしていた彼らは、ふと足を止めた。


 彼らの視線の先には一人の女性教員がいた。控えめな化粧に、柔らかな雰囲気。美空先生(37)、担当科目は音楽。今は次の授業に向けて準備をしているのか、教科書を片手に静かな足取りで廊下を歩いている。


<どうする?>

<ここで騒がれても面倒だ。やり過ごそう>


 声を出さず、アースお守り隊独自のハンドサインで会話をした彼らは物陰に体を隠す。そうして、美空先生の後ろ姿を見送ろうとしたが――


「――そこの方々。今日はどのクラスも授業参観の予定はありませんが、何のご用でしょう?」

「!?」


 唐突に発せられた静かな声音に、アースお守り隊の面々は一斉に顔を見合わせた。だがそんなことは意にも介さず、美空先生は最小限の足音でゆっくりと彼らへ近寄っていく。


 ――音楽教師である彼女はすぐ、自分の足音の響き方が「いつもと違う」ということに気がついた。


 音楽は音響と絶対に切り離せない関係にある。場所や設備、果ては演者の体調や天候など、その場にあるもの全てが音に影響を及ぼし曲の印象をガラリと変えてしまうものなのだ。日々、この学校で子どもたちに音楽を教える彼女はそれをよく知っている。だから、本来なら自分一人しか歩いていないはずの足音がおかしいことに違和感を持った。


 それは成人男性が複数人潜んでいることによってもたらされる変化であり、児童に危険を与えうるものである。そう悟った美空先生は異常事態に対処すべく、美空先生は最小限の足音と共にテロリストたちのもとへ歩み寄っていく。


「恐れ入りますが、来校者はまず職員室にて入校申請書を書いていただく決まりとなっております。お手数ですが、そちらに向かっていただいてよろしいでしょうか?」


「っ知るかこのアマ! ぶっ殺せ!」


 アースお守り隊の彼らはそれぞれの武器を手に、美空先生へと襲い掛かる。しかし、そこすらりとした長身の男が現れた。その顔を見た美空先生は、ぱっと親し気な笑みを浮かべる。


「あら、ダリ先生。先生も次の授業の準備ですか?」

「いいえ、そういうわけでは。……あと、その呼び方はやめていただけませんか?」


 どことなく困った様子なのは利田先生(52)。美術教師ということもあってか名前を文字って「ダリ先生」とからかわれているが、そのしゃきんとした佇まいと紳士的な態度から生徒たちからの人気も高い理想的な教師だ。


 そんな芸術家教師が二人になったことで、テロリストたちは戸惑ったようだが構わず二人に向かって攻撃を試みる。だが――ダリ先生はその動きをさっと躱すと、テロリストの腹に拳を叩き込む。それを受けたアースお守り隊の一員は「げぼぉっ!」と汚らしい声を上げてナイフを落とした。その場に蹲る仲間を尻目に、別のテロリストが攻撃を加えようとするがこちらは足を払いのけられ無様に転倒してみせる。寸分の無駄もない、ダリ先生の鮮やかな動きに美空先生は感嘆の溜め息を漏らした。ダリ先生はそれに動じた様子もなく、真っ直ぐに残りの侵入者たちを睨みつける。


 絵画、特に人物画を描く場合に重要視される技術の一つとしてデッサン力が挙げられる。

 骨格や関節といった人体の構造をある程度知っておき、要所要所を正確に描かねば絵全体が不自然に見えてしまうからだ。そのため画家の中には「はまず全裸をイメージしてから描く」という者や、最低限の医学知識を身に着けてから人間を描いているという者も少なくない。絵画も彫刻も一通り学び、それでもなお教鞭を振るうことを選んだダリ先生も当然それを熟知していた。だからこそ今の、人間の身体的弱点を突いた最低限の攻撃を行うことができる。その軽やかな戦闘スタイルであっさり構成員二人をやられたアースお守り隊は、怯んだ様子を見せた。そうしているといつの間にか背後からまた別の教師が現れ、テロリストたちを取り囲む。


「ダリ先生、今は授業中ですからお静かにお願いいたします。児童たちが勘づいたら、パニックが起こるでしょう」

「そうですよ~僕たちは教師なんだから生徒たちの見本であるようにしなくちゃ。『沈黙は金、雄弁は銀』って言うでしょう?」


 三白眼で悠然とした態度を見せる理科教師・苅田先生(46)と、教師にしては幼く見える国語教師・国枝先生(28)。いずれもダリ先生に比べれば標準的な体形で、ただの一般人男性のようだ。それを好機と捉えたか、一番後方に控えていたアースお守り隊の一人が大きめの包丁を振り上げる。ダリ先生が止めるには距離が開いている、こんなナヨナヨした男なら凶器を持っている自分の方が強いに違いない。そう信じて抗った愚か者は次の瞬間、腕に鋭い痛みを感じていた。


「やだな~そんな物騒なものはしまってください。ほら、『ペンは剣よりも強し』って言うでしょう?」


 その言葉、絶対そういう意味じゃないだろう。


 この場にいる誰もがそう思ったが、全員それについて触れることはない。テロリストの腕にシャープペンシルをぶっ刺し、血を滴らせる国枝先生のその姿を見れば誰もが口をつぐむだろう。


 これではどちらが加害者かわからないが――アースお守り隊たちはそんな教師陣を前に必死で戦った。最初に「誇り高く、精一杯戦うように」などとほざいていたからではない。今はとにかく、この状況から逃れなければ。そんな生存本能に従っての逃げの戦闘だが、それはダリ先生と国枝先生の容赦ない捕食行為によって次々と仕留められていく。その争いが授業を邪魔しないよう、細心の注意を払いながら美空先生と苅田先生は談笑を始めた。


「ありがとうございます、苅田先生。お二人を呼んだのは先生でしょう? おかげでとても助かりました。でも、よくここがわかりましたねぇ」


「児童の目がないうちに一服しようと思っていたら、校舎内で妙な振動があったので一応お呼びしました。しかし、これだけ派手にやられると児童たちにバレないよう処理をするのが面倒ですね」


「苅田先生は理科の担当をしていらっしゃるでしょう? よくある粉塵爆発とか、炭酸水で即席爆弾を作るとか、そんなことはできないのですか?」


「そんなことしたらもっと大事になるでしょう。それに、児童に被害が出てはいけません」


 どこかのほほんとした空気で語る教師二人に、先ほどダリ先生からぶちのめされたアースお守り隊の一員が苦し気に起き上がる。彼は、このテロリスト集団の中で一応リーダーとして指揮を執っていた人間だ。そのせいで真っ先にやられてしまった無様なその男は、歯ぎしりをしながら懐にしまった最終兵器を取り出す。それは、日本社会ではあまりお目にかかれないであろう代物。色々と闇の業者を仲介し、色々と裏ルートを使って手に入れた既製品の拳銃だった。


 本当は警察やマスコミが来て、もっと大騒ぎになってから使うつもりだったがこのままでは自分たちの「使命」が果たせない。そう考えたリーダーはその引き金に指をかけ、教師陣に突きつけようとしたが――その瞬間、彼は急激に息苦しさを感じる。


「だから、授業中はお静かにお願いします。そんな爆発音が鳴るようなものは使わないでください」


 そう口にする苅田先生は、銃を取り出そうとしたテロリストに絞め技をかけていた。

 柔道やプロレスなどで行われる絞め技は、単純に相手の呼吸を止めるのではなく頸動脈を絞め相手の脳に血が流れるのを止めることによってダメージを与える。人体模型や血液循環図によってそれを知っている苅田先生は、それを冷静に把握していた。そうしてアースお守り隊のリーダーを気絶させることにしたのである。


「詳細は、危ないから『大人の事情』で省きますよ~」


 ――国枝先生のそんな言葉が終わる頃にはもう、アースお守り隊はリーダーを失い統率が取れなくなっていた。そうして彼らは裏門から密かに入り込んだ警察たちによってあえなく御用となり、がっくりと項垂れながら学校を後にしたのだった。


 ◇


 美空先生の伴奏に合わせて、音楽室に生徒たちの合唱が鳴り響く。


 美術室ではダリ先生が生徒たちの机を見回り、一人一人にアドバイスを行っているところだった。同じように理科室では苅田先生が簡単な実験を行っていて、ある学年のある教室では国枝先生が授業を行っている。だが、中には不真面目な生徒もいるようで彼らは先生たちに見つからないよう私語を口にしていた。


「はぁ、つまんねーな。学校にテロリストでも来ねぇかなぁ」

「何言ってんだよ、バーカ」

 

 シャープペンシルを弄ぶ少年は、呆れたように笑う。


「学校にテロリストなんて来るわけねーだろ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 先生たちのかげながらの奮闘、面白かったです。 いかにも強そうな体育教師は登場しないままテロリストを制圧してしまうのが、 この学校の層の厚さを感じさせますね。
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