いつもいる女の話
夏休み前、僕は気になる女の子と出会った。
とはいえ、彼女はこちらのことを意識してはいないだろう。
一方的な、それは片想いだ。
彼女の姿を確認した瞬間、僕はたまらなく愛おしくなった。
録画の中の彼女は、何かの記事を熱心に読んでいるのか、顔が半分隠れたままでホームから電車に飛び乗った。
仕草が、顔立ちが、可愛らしかった。
今までの人生が矮小なモノにしか思えなくなった。
それから数日間は、全てが上の空だったらしい。
でもそれは仕方ないのだ。
やはり、恋とは盲目になるものなのだから。
そもそもの切っ掛けは、このところ連続して起きている転落事故。
各駅停車しか止まらない駅のホームの『監視カメラの死角』でばかり起きている事件があった。
被害者が三人を越えて、警察としても本格的な捜査に踏み出さないワケにはいかない。
夏の盛りまではまだあるはずだけれど、今日はとても暑い。
監視カメラの死角を狙った殺人とも言われるこの事件を、鉄道所轄から応援として駆り出された時には面倒だと思ったものだが、彼女に出会えたのは僥倖だった。
事件の可能性も、事故の可能性もあるという上司の姿勢を肯定していたけれど手のひらを返させてもらう。
僕は『この事件の真実を知りたくなった』と意欲的な態度をひけらかした。
結果、こうして自由な調査ができる。
そして、各駅の監視カメラの映像で彼女の姿を見かける度に舞い上がってしまった。
今日は現地を回り、他の監視カメラの現状を見る。
彼女に、出会えたらいいな。
そんな淡い期待を持っていたことは否めない。
しかし、その駅のホームで、イヤホンを着けているのに大音量で何かの曲を流していたおっちょこちょいな彼女の姿を見て、頭の中が熱くなってしまった。
可愛いアニメの歌声が、一帯に流れているのに気付いていない。
彼女に、僕は話しかけた。
「すみません。私は、◯◯署の□□と言います。少しよろしいですか?」
「……けっ! けいさつ!」
彼女は動転したのか、ベンチから立ち上がると足をもつれさせながらホームを走っていく。
驚かせてしまった。
僕は追いかけ、通過列車の放送を聞く。
「ちょっと、待ちなさい…… 危ないですよ!?」
「いやっ、私はぁっ!?」
なぜ逃げ出したのか解らないが安心させなくては。
一般人の警察嫌いにも困ったものだ。
「私は、捜査で来たんです! 転落事故の! あなたに関係はないでしょう!?」
しかし彼女は止まらない。
そして、ホームの端近くで。
彼女はバランスを崩して転落した。
そして、ブレーキ音もけたたましく列車がその上を駆け抜ける。
僕は、なんてことを。
彼女を追い詰めた?
夏の暑さに、気が短くなっていたということではないだろう。
彼女は…… なぜ僕から逃げたのか。
なぜ警察から逃げたのか。
それらは解らないままだけれど、ハッキリしていることもある。
それは、監視カメラの映像にいつも写っていた彼女を、僕が追い掛けたから起きた事故だということだ。
なんてことを、してしまったんだ。
この日、警察官としてあるまじきコトを重ねてしまった僕は、辞表を提出した。
しかしそれは受理もされず、僕は地方の警察署に異動となった。
様々な憶測が飛び交って不快だったけれど、僕はそれを受け止めた。
事件はそのまま収縮して…… カメラの台数が増やされたとかもあるのだろうが、警察官が事故を誘発したなんて、誰もの記憶に刻まれたからだろう。
連続転落事故は、終結した。
もちろん、彼女が逃げ出した理由は誰も知らない。
同性の僕に追われて、不快だったのだろうか。
その手を繋ぎたい、なんてよこしまな考えが顔に出ていただろうか。
「あれ以来転落事故が起きていないのが、せめてもの救いだよ」