あっ熊!!
『俺が熊をぶっ殺してきてやんよ!』ヤンキーはそう言った。
ことの始まりは新緑香る初夏の頃。
山村のど田舎に、一つの凶報がもたらされた。山菜とりの名人である田村のおじさんが熊にやられた。
しかも、その熊は獣道に仕掛けた罠をかい潜り、凶暴性を表にしたまま麓付近を闊歩しているそうだ。
自給自足を強いられているへんぴな村では、山菜取りは命を繋ぐ重要な食糧でもある。
そこで立ち上がったのが村の名うての猟師たちだった。彼らは粗雑な品行でたびたび村人を困らせたが、獲物を仕損じたことはなかった。
猟師たちは家々からかき集めた酒で盛大な酒盛りをして、翌朝熊狩りにでかけた。
村長はとっておきの二十年熟成させた焼酎を飲まれて、泣きながら見送った。
簑傘を被り猟銃を手にした猟師たちは、山谷に住む野生動物のような身のこなしで進んでいく。
そして、その遥か後ろで、息切れしながらも、遅ればせながらについていく僕。
――だが、僕は猟師ではない。
前日の猟師達の酒盛りの日のことだ。村のヤンキーどもに僕は呼び出され、様子をうかがってこいと言われたのだ。
僕は、あいつらに、
「お前ら脳みそ足りないんじゃない」って言ってやった。
殴られた。
だから僕、頑張って行ってきます!! 今のところ熊よりヤンキーが怖い(笑)
猟師達の動きが止まった。がけの辺りだ。猟銃を構えて、自らの息遣いを殺す猟師たち。
「いるぞ」
どこにだろうか。僕はキョロキョロと辺りを見回す。
すると、猟師たちの背後から黒い影が現れて、彼等の前で仁王立ちした。稀に見る巨躯の熊だった。額に白い稲妻模様が入っていて、見るからにただものではない。猟師たちは猟銃を構えたのだが、一丁以外の全てをはたき落としてしまった。
しかし、まだ一丁残っている。
天に轟くが如し、殷々たる発砲音。
熊の様子がおかしかった。直立した背骨をくの字に曲げている。
殺ったか。
熊が握った右の掌を猟師たちに見せる。
最後の抵抗だろうか。
そして、熊が手を開くと、ポトッと黒い銃弾が落っこちた。
えええええええーーー。
熊がニヤリと笑った(ような気がする)猟師たちは、あまりのことにもはや無抵抗に立ちすくんでいた。
熊は崖に立っていた猟師たちの尻を蹴飛ばした。
「わああああああーーーー」
ゴロゴロゴロゴロ(ゴローリだよ♪ うるせえ!!)
猟師たちは一人残らず、深い谷底に消えていってしまった。
それから、熊はまたもニヤリとした表情して去っていった。
翌日、僕のもたらした情報は村人たちを恐怖に陥れた。
猟師を除いて、いったい誰が山の長を仕留められるというのだろうか。
猟銃以上の武器と呼べるものなど、この村には皆無だ。
皆が集められた議題場(旧酒場を改築してただけだが)は、混沌とした空気に震え、席に座っている人々は互いの不安を掻き消そうとしきりに口を動かしている。
でも、僕は外にいる。ヤンキー達と一緒に。ヤンキーは五人しかいなかったが、どいつもこいつも腕を組んで憮然とした表情を浮かべている。瞼を閉じて瞑想しているようだ。
足りない脳みそで、何を考えたって一緒だろうに。まったく。
議場の中では、村長が鋭い声を上げて、皆の静寂を勝ち取っていた。村長は厳かな顔をして、与えられた役割というものを果たしているようだった。
「はあ〜、なんとも情けない、この程度で皆がうろたえるとは。わしなんて……わしなんて、大事に取って置いた焼酎全部飲まれたんだぞ〜」
ドキューン。
誰かが村長に発砲した。だが、村長は避けた。
「ぬはははっ、甘いわ!! この程度」
しかし、ヨサクさんが投げた鎌が額に刺さった。
「うぎゃああああーーー痛いいぃぃ。抜いてくれーー!!」
じたばたする村長に皆が駆け寄る。
大丈夫ですか、大丈夫ですか、そう言いながら、みんなで殴る蹴るを繰り返していた。耳をすますと、わしらのアイドルのリョウコちゃん(80)によくも手を出しやがって!! 村の金使い込んで、いかがわしいパブばっかり行きやがって!!
みんな村長に鬱憤が溜まっていた。
僕もそこに加わろうかなと思っていると、シスター服をつけた若干名が皆を引き止めた。
「もう、お止め下さい。熊なら私たちがなんとかしましょう」
皆の顔がハッとする。
「熊とな? ……そっそうだな、熊だったな」
「ああっ、えっ、そうだ、そうだ、熊だ。俺達はきっと熊のことで村長をボコボコにしたんだ」
「嘘だー!! リョウコちゃんとかパブとか聞こえたぞー」
泣きながら訴える村長に、婦人が強烈なバックキック。オフッ、と呻いて村長はうずくまった。
シスターは続けた。
「動物といえど、神のつくりたもうたものです。神のみ使いである私たちならば、きっと意志も通じることでしょう」
皆は納得した。
神様はすごい。
そして、シスター達は村人からありったけのパンとワインを集めて、盛大な感謝祭を催した。
村長の家からは贅沢品とともにリョウコちゃん(80)を恵まれない人に寄附することになった。
村長はリョウコちゃんだけは〜と泣きじゃくっていたが駄目だった。
そして、村を救ったあかつきには、毎日、聖書の教えの通り生活しろと要求してきた。悪いことではないので、約束した。
この日は、皆で黙って神に祈った。
だが、村長は口にだして祈った。リョウコちゃんが戻ってきますように。
森に蜘蛛の巣を張る細い枝を掻き分けるようにして、進むシスター達。もう全員、年齢が上のはずだが、険しい山中に愚痴もこぼさず歩き続ける。
そして、その後ろを追いかける僕。
もちろん、僕はシスターではない。
前日にシスター達が神の教えを説いて、性善説を振り撒いている日のことだ。
村のヤンキーどもに僕は呼び出されて様子をうかがってこいと言われたのだ。
僕は、あいつらに
「お前ら脳みそ足りないんじゃない」って言ってやった。
殴られた。
でも、今度は僕もくじけない。
今は、ヤンキーより熊の方が怖い(笑)
そしたら、ヤンキーが僕の耳元でポソッと言った。
「いいのかよ、ミチヨのこと好きだって本人に言ってくるぞ」
ミチヨちゃんにはバレたくない。
だから、僕頑張って行ってきます。
シスター達の動きが止まった。目を閉じて、何かを感じとっているようだ。
「ああ、ここです。この辺りで邪悪な気配を感じます」
シスターが、周囲に気を張り巡らせる。そこは崖に面した辺りだった。
どこだろうか、僕はキョロキョロと辺りを見回す。
すると、シスター達の背後から黒い影が現れて、仁王立ちしていた。
稀に見る巨躯の熊だった。額には白い稲妻模様が入っていて、見るからにただものではない。
シスターは大量の聖水を撒いて、聖書の言葉を唱えた。
熊の様子がおかしかった。直立した背骨をくの字に曲げている。
殺ったか。
熊が握った右の掌を、シスターたちに見せる。
最後の抵抗だろうか。
そして、熊が手を開くと、ポトッと小さい神様が落っこちた。
ええええええーーーー!!
熊はニヤリと笑った(ような気がした)
神様の小ささにシスターたちは呆然とした。
熊は崖に立っていたシスター達の尻を蹴飛ばした。
ゴロゴロゴロゴロ(ゴロ〜リだよ♪ うるせえ!!)
シスター達は一人残らず、深い谷底に消えていってしまった。
それから、熊はまたもニヤリとした表情をして去っていった。
次の日が僕がもたらした情報により、村人は絶望にうちひしがれた。
議場に集められた皆は、口々に不安と恐怖をまくし立てた。
あれだけ盛大に祝い、神様に祈りを捧げたというのに、残されたのは訃報だけだ。 誰もが、失意の底に沈むばかりだ。
こんな時こそ、役に立たなければいけない人間がいる。
村長は言った。
「お前らはまだいいよ、食べ物くらいで。わしなんて……わしなんて、リョウコちゃんを取られたんだぞ〜」
皆はハッとして泣き叫ぶ村長を見ていた。
そういえば、リョウコちゃんはどうなったのだろう。
リョウコちゃんは消息不明だった。
なんやかんやで、ロストしてしまった。
お通夜みたいなしめやなかな空気と、思わず吹き出してしまいそうな緊張感が、議場を包みこんだ。
「メソメソしてんじゃねえーよ!!」
荒っぽい声がして、議場の扉が開かれた。
そこに居たのは、今まで外から様子をうかがっていたヤンキーと僕だった。
「俺が熊をぶっ殺してきてやんよ!」ヤンキーはそう言った。
僕はヤンキーじゃないし、彼等の背後にいたわけだが、なぜだか、嫌な予感がした。
山中を歩き回るというのに、仰々しく肩を張って、がに股調子のヤンキーども。
そして、何故かヤンキーどもの前を歩く僕。
当たり前だが、僕はヤンキーじゃない。
前日にヤンキーどもが村人に武勇伝を話終えた明け方ごろ、ヤンキーの糞ったれが僕を呼び出したのだ。
あろうことか、今度は一緒に付いてこいというのだ。
僕は、あいつらに
「お前ら脳みそ足りないんじゃない」って言ってやった。
でも、殴られなかった。
「ミチヨとの仲をとりもってやっていいぜ」
僕、頑張って行ってきます。
恐怖より愛のほうが強い(笑)
僕はこれまでの経験から、あの悪魔のような熊の出没場所はわかっていた。それで、案内役を任されたのである。
僕の動きが止まった。
遂に転げ落ちの名所となった崖のあたりにまで来てしまったのである。
「いるぞ、何か!?」
ヤンキーどもは押し黙って周囲の様子を伺う。僕はキョロキョロせずに、ヤンキーどもの後ろを見ていた。
すると、やっぱり、額に白い傷を持った熊が現れた。
ヤンキーどもは、手にしていた木刀やメリケンサックで熊に挑みかかった。
熊が背骨をくの字に曲げる。わざとらしい演技しやがって僕は騙されないぞ。
熊が握った右の掌を、ヤンキーたちに見せる。
白々しい真似を。余裕こいているらしい。
そして、熊は掌を開きバタンと地面に倒れた。
ええええええーーーー!!
僕は馬鹿みたいにヤンキーどもを見た。皆はすごいはしゃいでる。熊に眉毛とか書ぎだした。
熊さん、いつもと違うでしょ……いや、これはこれで……だってミチヨちゃんと仲良くなれるかもだし。
僕はヤンキーどもとゲラゲラ笑った。
僕の真上を人が舞って崖に飛び込んだ。
ああ、やべえ。
熊がなんか立ち上がってる。ニヤリと笑っていて、楽しんだかとでも言いたそうだ。
そして、崖に立っていたヤンキーどもの尻を蹴り飛ばした。
うわああああああーーー!
ゴロゴロゴロゴロ(ゴローリだっ……うっ ワクワクさ……ん)
「さて、お前さんはどうしようか」
残っていたのは僕だけだが、口を開いた覚えは一切ない。
それじゃあ、いったい誰が。
熊を見ると人間のように口を器用に動かしていた。
「うん!? 言葉がわからんか坊主」
熊は喋れました。
「え〜と、この山でとれたものの二割をあなたに置いていくよう、村人を説得します」
僕は適当に言ってみた。すると、熊はほのかに嗤った。
「――よろしい」
そう言って、熊は去って行ってしまった。
僕は信じられない気持ちで崖の上で座りこんだ。これでいいのかな、という思いでいっぱいだ。
しかし、ヤンキーどもは全滅してしまった。今、思うと、そんなに悪いやつらじゃなかった。
ヤンキーどもは前の連中と違って、男気だとかなんだとかいって、村人には何も求めなかった。ただ一晩中、皆に武勇伝を聞かせただけだ。
おかげで、皆は寝不足気味で、僕たちを見送ることになったが。
でも、村長はポソッと、どっちが潰れても得だと漏らして、ニヤリとしやがった。
あいつは帰ってから、どうにかしてやる。
「お――い、早く引――き上げろ」
声がしたので崖の下を見ると、一人が指を引っ掛けて持ちこたえている。
僕の腕力では無理だから、ツタとか、ロープで。
「馬鹿か、なに立って見てんだよ。早くしろ間抜け」
ハイハイ。ちょっと待ってろよ。もう。
「バカ、トンマ、アホ」
「テイ!!」
「うわああああああーー!!」
ゴロゴロゴロゴロ(……グロリだよ♪ 誰だ!!)
ふう、ヤンキーどもは立派だった。
それから、村に帰ると門の前で村長が張り付けにされていた。
村長、何をした(笑)
そして、駄目もとでミチヨちゃんに告白したら、両想いだった。もう、死にそう。
山を熊が牛耳るようになったけど、村はずっと平和になった。
チョッケルゾ♪ チョッケルゾ♪