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姉は暴君  作者:
4/5

遺産相続でも姉は暴君

 私の中等科卒業パーティーの招待状が屋敷に届いた。それを見た母は嬉しそうに言った。


「サマンサの時は出られなかったから、ジュリアのパーティーには行かなくちゃね。楽しみだわ」


 すると姉の顔にみるみる怒りが現れた。


「何言ってるの。私がパーティーに出られなかったのは、お父様お母様が反対したからじゃない。私だって楽しみにしていたのに。私が出られなかったのに、ジュリアだけ出させるつもり?」


「だってサマンサ、あなたはお腹にマイケルがいたのだから……」


 つわりが酷くて起き上がることもできなかったことを完全に忘れているようだ。


「まだお腹だって大きくなってなかったわ。行こうと思えば行けたのに! ジュリアをパーティーに行かせると言うのなら、お母様の代わりに私が行くわ。そうよ、お父様は行けないんだし私とポールで親代わりで出席するわ。だからドレスとタキシードを新調して頂戴」


「そんな、サマンサ……」


 おろおろしている母に私は言った。


「お母様、私は卒業パーティーに出席しませんわ」


「……どういうことなの、ジュリア?」


「高等科の試験に合格しましたから、あと二年学校に通います」


「でもジュリア、高等科に進む人もパーティーには出るでしょう? せっかくの卒業パーティーなのに」


 高等科を卒業する時はパーティーなど催されないので母が心配してくれるのもわかるが、私は卒業すること自体に価値があると思っているのでパーティーには興味が無いのだ。


「お母様ご心配ありがとう。でも大丈夫です。パートナーもおりませんし」


 そう言うと姉はもの凄く嬉しそうな顔をした。


「あなたは勉強ばかりして友達もいないばかりか男性にも相手にされなかったのねえ。可哀想だこと」


 姉は横にいるポールの手を握ると誇らし気に言う。


「私はちょっと早過ぎる結婚ではあったけど、学生の頃からポールと愛を育んで、結婚も出産もしたわ。女としての幸せを掴んだのよ。あなたもいつかそんな相手と出会えるといいわね」


「もう少し可愛げがないと難しいだろうがなあ」


「確かにね。いつもふて腐れた顔をしてるのが良くないわ」


 私は、反論するのもバカらしいので放っておいた。部屋に戻ってからクロエが、


「私は絶対ポールみたいな人はイヤだわ」


 と言ってきた時はめちゃくちゃ笑顔で賛同したけれど。


 とにかく後二年、高等科で頑張って勉強して王立研究所に入ること。それが私の目標だ。研究所に入れば住居と給料が国から与えられる。そしたらクロエを連れてこの屋敷を出るのだ。



 それからも私は猛烈に勉強した。十七才からの二年間、他の貴族令嬢なら社交界で華やかなドレスをまといパーティーに明け暮れる頃だ。婚約が決まり、結婚する同級生も多い。だが私はわき目も振らず勉学に励んだ。


 そして目標であった王立研究所に厳しい競争を勝ち抜いて入所が決まった。これまでの人生で一番嬉しい瞬間だった。それを報告した直後、父が亡くなった。


 病床で父に合格を報告した時、父が微かに微笑んだように見えたのは私の気のせいかもしれない。父はもう長いこと意思の疎通が出来なかったからだ。倒れてからはいつも夢の世界で生きていたのだ。


 そして眠るように亡くなった。もちろん家族みんなが泣いた。葬儀は長年父に仕えていた執事が取り仕切り、無事に営まれた。


 葬儀が終わり、屋敷に戻ってきたら開口一番、


「ジュリア、クロエ、これにサインしなさい」


 と姉が言ってきた。


 何の書類かと思ったら、相続権放棄の書類だった。


「お父様は遺言で私に伯爵位を譲るとは遺してくれなかったの。まあそのつもりだったとは思うのよ。私を一番可愛がってくれてたし。でもあの通りサイン出来る状態じゃなかったからね。お母様も知ってるでしょ、お父様が私を後継者にするって言ってたこと」


「え、ええ……」


 おどおどした目で母は答えた。


「だからね、あなた達。後々問題になっても困るからこれにサインして。伯爵位と、領地の権利を全て放棄して姉サマンサに渡すって」


 クロエが怯えた目をして私を見た。私は書類に目を通して


「わかりました。サインします」


と言った。


「物分かりが良くてよかったわ。気が変わらないうちに早くして頂戴」


「お姉様、その代わり、この書類にもサインをお願いするわ」


 私は一枚の書類を取り出した。


「何なの? それ」


「私とクロエがお父様の遺産を全て放棄する代わりに、今後一切私達に関わらないと約束して欲しいの。家族の縁を切って欲しいのよ」


「何よ? 何でそんなこと言うのよ」


 姉の怒りのスイッチが入ったようだ。家族なのに関わらない、縁を切るとはどういうことだ、助け合うのが家族じゃないか。そう喚き散らしているが、そもそも遺産を全て放棄しろなどと一方的に言ってる時点でもう家族とは言えないと思うのだが。


「これは一応書いてもらいたいの。お姉様達は伯爵領があって生活が安定するだろうけど私とクロエはもしかしたら結婚もせずに生活が苦しくなるかもしれないでしょう? だから、将来お姉様に迷惑かけないためにも、一切の縁を切る書類を取り付けた方がいいと思うのよ」


 するとポールの目が光った。


「いいんじゃないか、サマンサ? それで放棄の書類にサインしてくれると言ってるんだし。確かに結婚もせずに年取ってから転がり込んでこられても困るだろう」


「そうね……そうだわね。いいわ、サインするわ」


「ありがとう。ではここに」


 姉は書類にサインをし、私たちも遺産放棄の書類にサインをした。


「じゃあこれで私達は他人になりました。来週、高等科を卒業したら研究所が用意してくれた家にクロエと引っ越します。私達はキャリック伯爵令嬢ではなく、ただのジュリア・キャリック、クロエ・キャリックとして生きて行きますから。お母様もご機嫌よう」


「ジュリア、クロエ! 私とあなた達はいつまでも親子でしょう? 」


「いえ、お母様。お母様はキャリック伯爵家の人間。私達はもう平民です。これからはお姉様とマイケルのために生きていって下さい」


「ああ、そうね、マイケル……この子を立派に伯爵家跡継ぎにしなくてはいけないものね」


「それでは、長い間お世話になりました。失礼いたします」


 そして翌週私とクロエは屋敷を出た。夢にまで見た解放の瞬間だった。

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