九
――通報はした。
山河線の山深駅の近く、女の子がいるようだと。
もう一人、連絡を取りたい人がいて、深夜の家を抜けだした。
向かうは、駅。
皺のついたセーラー服で、くたびれたスニーカーで。
川辺野の駅は、九田部の駅と似た構造をしている。
駅前の広場の高架下、ぽっかりと口を開けた出入り口は、いつもなら零時ほどにシャッターで閉められているはずだ。
駅舎の中には誰もおらず、ただただ薄闇が広がるのみであった。
発券機を横目に、改札は、無断で通過できた。
ただ誘われるように、導かれるように――駅のホームに向かった。
夜の空、月は黒雲がまだらに隠して、雑な月光を送ってくる。
夜風は生温か。
コンクリートのホームを歩んで、点字線も白線も跨いで、線路に降りる。
躊躇なく、降りる。
山深方面を見ると、どうも地平線が少し赤い。
――タタン、タタン。
その赤い方向から、レールの上を、上履きで。
「たたん、かたん」
鬼にも見える真っ赤な牛の面をつけて、スカートを揺らして、それは歩いてきた。
「……先、輩」
「どうしたんだい、こんな夜更けに」
牛の面のまま、先輩は低いトーンで喋った。
日中出会う時の陽気な口調より、少し落ち着いたような。
――怒りを押し殺したような話し方。
「ただの、女子高生だって……」
多分、口調については私も一緒だ。
怒りを、押し殺している。
「まあ、そうだね。霊媒師や除霊師じゃない。ついでに……可愛い女子高生でもない」
恐らく、人間ですらない。
「なんで私に、私にだけ姿を見せるんですか。予言を、凶兆を見せるんですか」
「そりゃ、私が予言する妖怪だからだよ」
認めた。
「予言をする時に大事なのは、その相手さ。
予言を当てるためのコツ、運命を変えようとする兵には教えてはいけない。
君は最適だった。自己中心的で優柔不断、虚言癖もありそうだ。
人の力なんか取り付けようもない。誰からも信用されないような薄い奴」
不思議と、そこには腹は立たなかった。
自分の浅はかさなど、今回で痛いほどに実感しているから。
「……だからさ、あの子くらいは予言通りに逝くと思ったんだけどな」
何やら意外な言葉を吐いて、線路の上、先輩は私とすれ違う。
私はその意味を理解するのに一生懸命で、俯いて、脳を回しに回した。
後方からはどこか諦めたような、儚い声。
「人の進化は凄いね。我々の力は削られる一方だ。
昔は疫病や大戦なんかも予言できたんだけどね、今じゃ山火事程度しか見通せないや。
そしてそれすらも……また君たちの勝利だ」
「待って、それってどういう!?」
振り返ると、そこには真っ赤な着物の後ろ姿がいて。
「まったく口惜しい」
短く恨むと、顔の面に手をかけた。
そして――
「次は外さないからね」
と言って仮面を砕いた顔は、怒りに歪んだ牛の顔であった。
◇◇◇◇◇
夜が明けた。
寝ぼけ眼でリビングに向かうと、昨日のことなどケロッと忘れたようなお母さんが朝食を並べていた。
それでも、昨日のことは幻ではないのだ。
「今日は朝食べたらゆっくりなさい」
「はぁい」
今日は、部活を休む。
これは後日談になるが――
九田部高校に『橘八一里』などという生徒はいなかった。
またオカルト研究部は、一年前に廃部になっていたという。
そして山深の山火事は……救助隊の懸命な努力により、全員が軽傷で済んだそうだ。
とりわけ、線路に迷い込んだ少女は、炎に両方向から迫られ、諦めずに炎から逃げ続けなければ、命が危なかったという。
彼女は後に語った。
――友達が、必死に、本気で、本音を語り掛けてくれた。
「……疲れたなぁ」
今日は、部活を休む。
きっと友人も休むだろう。
次に会った時は――とりあえずちゃんと謝ろう。
たまには、朝のプラットホームで出会ったりしたいな。
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