私と彼氏
「相原てめえ。まなちゃんに変な真似したら引っこ抜くからな」
「うるせーわ。ただ帰るだけだろうが」
放課後。相原と一緒に帰ることを聞いた芽依が相原のネクタイをギリギリと掴んで脅している。私は何を見せられているのか。
「めーいー、行くよー」
「芽依、呼んでるよ」
教室の入り口から沢峰さんが呼んでるので、ブツブツと何か呟いている芽依をそろそろ止めた。呪いの念仏が発動しかねない。
芽依は頼んでもいない盛大な舌打ちを聞かせてくれると、渋々とネクタイを離して私に抱きついた。普段はこんなゆるふわで可愛いのに…。
「まなちゃん、何か嫌なことがあったらすぐ言ってね?」
「ありがとう。また来週ね」
「命は大事にするんだな」
「じゃあな」
最後の言葉は相原との挨拶…なんだろうか。荷物を持って移動する芽依を見送って相原を見ると、よれたネクタイを直しているところだった。
瑛子や芽依、私とも違う骨を感じられる大きな手。男子の手をまじまじと見たのは初めてかもしれない。
直し終えた相原が顔を上げると、ちょっと苦笑して鞄を肩にかけて言った。
「じゃ、帰るか」
ーーーーー
一緒に帰るとは言うが、相原の家を私は知らない。私が高校を選ぶときに重視したのは、家からの近さ、学力、家からの近さだ。だから、通学は徒歩圏内。
「相原は家、どこ?」
「梅ヶ丘」
「バスじゃん」
「バスだよ。駅から」
二人で歩くけど、今までと変わり無さすぎて『彼氏』と歩いていることを思い出しては戸惑う。ただ、友達としてだったら家なんて気にもしていなかっただろうから、やっぱり変わってはいるのか。
「なんで私を好きになったの?」
しまった。ボーッとしすぎてどストレートな質問をしてしまった。でも、撤回する必要もないので丁度いい。答えを聞こう。
「…」
「?」
返ってこない答えに隣を見上げると、何やら少し難しい顔をしていた。
そんなに悩むことか?告白してきた側なのに。
そのままその横顔を見続けていると、ふと目があって笑われた。
「今は秘密」
「今は?」
「そう」
「そっか」
しまった。彼女になったらここは食い下がるべきだったか。いつもの調子で引き下がってしまい、気を悪くさせたかと顔を窺うが相原は「ふは」と気の抜けた笑い声を出しただけだった。