第24話 刑の終わり
翌朝、アイリは爽やかに目覚めた。カーテン越しに朝日がアイリを照らす。まだ夢見半分のアイリは、薄く目を開け小さな声で言った。
「ありがとう」
誰に向けた言葉なのか、アイリ自身にも判らなかった。目覚めとともに自然に出てきた一言、長い長い夢の果てに絞り出された結晶のような一言だった。
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バク、すなわちテイパー中尉も軍の病院のカプセルの中で目覚めた。
「25番受刑者、覚醒」
監視カメラからの情報で法務執行監視センター内に人工音声が響く。
「ドクター ユンケル少佐、審問室へ願います」
よーし。呼ばれた宇宙空軍の軍医・ユンケル少佐は、夜勤明けの目を擦りながら審問室へ向かった。
25番受刑者・テイパー中尉のカプセルが審問室に自動搬送されてくる。ユンケル少佐の前でカプセルが停止し、カバーが開いた。
「どうだ中尉、目覚めた気分は」
目を瞬かせながらよっこらと半身起き上がったテイパーは、天井を見上げて呟いた。
「ありがとう、アイリ」
そして横に座るユンケル軍医を見て、その階級章に慌てて敬礼した。
「あっ…、失礼しました少佐」
ユンケル少佐は微笑んだ。まだちょっと欠片が残ってるようだな。ま、時間と共に薄れるだろうが、念のため1本打っておくか。
「中尉。念のために栄養補給の注射を打っておくよ」
「はいっ。有難うございます少佐」
「これが終わったら、これを持って管理センターへ出頭したまえ。そのまま出所できるはずだ」
「はっ。有難うございます少佐」
ユンケル少佐は予めテイパーの刑執行状況データに目を通していた。加点がかなりある。マインドカラーの変化を見ても予想以上の効果があったようだ。コネクターにも感謝せねばならんな。γ飛行隊自慢のトップガンとは聞いていたが、これからは単なる戦闘員というだけでなく、優れた指揮官、リーダーにもなろう。可愛い子には旅させろ…か。
それから備考のところだ。テラの任地としての適性には◎をつけておこう。
少佐は満足して持参した『刑期満了証明書』に署名をしてバインダに差し込みロックすると、バインダをテイパーに手渡した。
管理センターで出所および復軍手続きを終えたテイパーは、軍病院から外に出て、オートジャイロ乗場へ向かった。
軍への復帰まで、1週間の休暇を与えられている。その間にリハビリせよとの事だ。体力も落ちてるしな。戦闘機搭乗員として体調も整えねば。ま、差し当たって故郷の母に刑を終えたことを報告だ。テイパーは背伸びして久し振りのシャバの空気を大きく吸い込んだ。
街は夕暮れ時、大小二つの太陽が地平線に隠れようとしている。きれいな風景だな、テイパーは呟いた。
レンタルオートジャイロは1機しか残っていなかった。『本日最終機』とプレートが出ている。故郷に帰るにゃこれしかないんだよ。ハッチを開けて荷物を放り込もうとした時、プラットフォームに駈け上がって来た者がいた。手に花束を、と言っても二輪だけをラッピングして持った女子学生に見える。この星の者じゃないな、植物系人種だ。残念だが一歩遅かったな…
しかしその瞬間、オートジャイロに乗り込もうとしたテイパーの心に悲しい気持ちが伝わって来た。
あれ? これ、俺が食べなきゃ…
テイパーは咄嗟にコックピットから足を抜いて、その女子学生に向かい合った。食べなきゃって、俺、何考えてんだ? いや、だってアイリが悲しい顔をするから… ってアイリって誰だ?
テイパー中尉は混乱し、しゃがみ込んだ。女子学生は少し驚いて、テイパーの前で中腰になる。
「どうかなさいましたか? 中尉さん」
階級章を見たのだろう。彼女は優しく声を掛け、肩に手を当ててくれた。悲しいのに・・・自分も悲しいのに、優しい。悲しみを知ってる人ほど優しく出来る… アイリが言ってたな。アイリ? 誰?
「すまない。キミが乗ってくれ」
立ち上がったテイパーはコックピットから荷物を取り出して言った。
「いえ、とんでもない。中尉さんが先に来られたから、横入りなんてできません」
「いや。キミ、今、大変なんだろ? きっと急ぐんだろ? 行ってあげなよ」
「あ、有難うございます。実は母が病気で危なくなってて…。これなら間に合います。すみません」
女子学生はペコリとお辞儀すると、二輪だけの花束を大事そうに抱えながらオートジャイロに乗り込んだ。その直後、テイパーはオートジャイロに向かって敬礼しながら背を伸ばした。
「チネリ宇宙空軍戦闘機γ飛行隊テイパー中尉、その悲しみ、食べて差し上げます。もう大丈夫です、お母さん。きっと良くなります」
続いてテイパーは大きく口を開け、悲しみを思いっきり吸い込んだ。まるで何かに突き動かされたかのように。
女子学生は驚いて目を真ん丸にすると、再びペコリと頭を下げ、真っ直ぐ前を見てオートジャイロを発進させた。
オートジャイロが遠ざかったあと、テイパーは再び頭を抱えた。俺、何やってんだ? さっき頭を横切ったのは何だったんだ? 既に先程の記憶は消散しつつある。誰かを思い出したんだ。誰だったんだろ。何だったんだろ。
プラットフォームでぼやっとしているテイパーの横を、オートジャイロ乗場の係員が取り過ぎる。係員はプレートを『本日営業終了』に掛け替えた。
ま、いいか。取敢えず今日の宿を探さねば。プラットフォームを降りてダウンタウンへぶらぶらと歩き始めたテイパーはポケットに突っ込んだ手の先に何かが触るのを感じた。あれ、何か入ってる。取り出してみると小さな箱。見たことないものだ。パッケージを開くときれいな色の紙で包装された棒状のものが出てきた。なんだこれ? パッケージには『CHOCOLATE』の文字。知らない文字だが意味は判る。食べ物だ。何だっけ、これ。
テイパーは包装を剥がしてチョコを口に入れた。ほろ苦い味がする。その瞬間テイパーの頭を声が掠めた。
『有難う…バク』
テイパーは涙ぐみそうになった。思い出せないけど愛しい声。誰だったっけ。朧げに蘇った温かい感情は、夢の欠片のようにすぐに消散した。テイパーは空を見上げた。一面に星が輝き始めている。テイパーは無意識に青い星を探しながら歩いた。あそこも素敵だったよ… 忘れちゃったけどな。 遠ざかるテイパーの後姿は、やがて闇に飲み込まれた。
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アイリは暗くなった道を自転車で走っていた。今日、練習前に監督に呼ばれ、こっそり話があったのだ。
「津田、すまん。昨日の話は聞かなかったことにしてくれ。やっぱり津田がセッターだ。午前中に近藤から電話かかって来てな、お母さんが急激に良くなって退院できそうなんだって。その加減で近藤は落ち着くまで休部したいって。家のことやらなきゃいけないみたいでな」
アイリは昨晩の出来事を思い出した。練習が終わってから告げられたレギュラー落ち。夏帆が正セッターになると言うことだった。あたしは落ち込んだまま帰ったんだ。帰ってベッドに倒れ込み、気がついたら朝。勉強机には夜食のおにぎりと母のメモが置いてあった。
『起こしても全然目が覚めないから、夕食代わりに置いておくね。練習きつかったのかな? シャワーは入った方がいいよ 賢母より』
おにぎりのご飯と海苔の白黒模様がちょっと気になったが、時間が押していた。あたしは慌ててシャワーを浴び、おにぎりを頬張って、鞄の中を入れ替え、登校したんだ。まるで一晩気を失っていたようだった。
それにしても月がきれいだ。月明かりがまるで衣のようにアイリを包み込み、路面がくっきり白黒になってる。バクがいそうだよーって、あれ?なんでバクが出て来るんだろ。バクなんてそこらにいる筈ないのに。
いつどこでつけたのか記憶にないシューズバックの傷がキラリと光る。アイリはペダルを止めて十六夜の月を見上げた。あそこにいるのはウサギじゃなくって… やっぱバク? どうも今日はバクが気になるな。何だか不思議だ。昨日の夜、夢でも食べに来たのかな?
アイリは月明かりが眩しくて… 手を翳して目を細めた。細めた目の奥に涙が滲む。
「有難う… バク」
【おわり】




