第21話 ついにサスケにばれる
アイリの弟、サスケは訝しんでいた。
姉ちゃんマジでおかしい。ヤバイんじゃないのマジで。
時々姉ちゃんの部屋から独り言が聞こえてくる。でも独り言って感じじゃないんだよなあ。この間も学校から帰ってきた時、玄関でシューズバックに喋ってたもんな。ずっと前に隠そうとしたシューズバック。どうもあれが怪しい。何か入ってるんじゃないのか。携帯サイズのドラえもんだろうか。
しかし、その秘密を暴く日がついにやって来た。夏休み間近の夕方である。
「ただいまー」
アイリは玄関にスポーツバックとシューズバックを放り出した。
「おかえりー」
丁度トイレから出てきたサスケが声を掛けた瞬間、キッチンから母の叫び声が聞こえた。
「あいりぃ~! 帰って来たあ?すぐ来てー!大変!!」
何事? アイリは靴を脱ぎ散らかすとキッチンへダッシュした。サスケは呆然と見送る。すぐにキッチンから今度はアイリの叫び声が聞こえてきた。
「わーー! 何やってんのよお母さん、吹いてるじゃないー!」
「だから呼んだのよー、ガス止めてー!こっちも手が離せないからー」
「あー吹きこぼれたあ!」
戦場のようだが自分は立ち入るべきじゃない。自分が何か手伝うと、それが火に油を注ぐ結果になるのは目に見えている。サスケは聞かなかったことにして、玄関を見やった。姉のシューズバック。怪しいと思っていたシューズバックがそこに転がっている。サスケは近づいてそっとバックをつついてみた。何も起こらない。中を覗くか否か。
サスケの心は揺れる。まず勝手に見たという事がバレた場合の姉の怒りの凄まじさは何度も経験済みだ。母とは違う意味で怖ろしい。更に、得体の知れないものが入っていた場合の処置だ。見なかったフリで済めばいいが、家の中が百鬼夜行になったらどうする? 破魔矢や妖刀なんぞ持ち合わせていない。ゴーストバスターみたいに掃除機で吸い取るか? いやいや、家の掃除機で対処できるのだろうか? サスケは中学生らしく悩んだ。
が、ここで見なければずっと悶々としたままだ。サスケ、男だろ、見ちまえーー。
サスケは思い切ってシューズバックを手に取る。軽いな。ファスナーをそーっと引っ張ってみた。
ん?
なーんだ空っぽ。いや、空っぽのシューズバックをわざわざ毎日持って通学するか?
サスケはまた悩む。うーん。
顔を上げたサスケの目に留まったのは靴箱の上に置かれた制汗剤4×4。そうだ、あれをスプレイしてやろう。何か居たら反応する筈だ。消臭しておいたよーって言い訳にも使える。 よーし。
サスケはファスナーを少しだけ開けて、身体から離してシューズバックと4×4を持つ。万が一の時は、何が万が一なのか判らないが、すぐに両者を放り投げられる。
よし! サスケはシューズバックの開口部に4×4を噴射した。
しーん。
あら?何も起こらん… ま、そう言うことか、空っぽだもんな。
とサスケが油断したその時、
「ふえっくしょぉーい!」
突然シューズバックが大声でくしゃみした。
サスケは咄嗟にシューズバックから手を離し、尻もちをついた。
うあ… 足が、動かん… うあ… 何か… いるぅ。
放り出されたシューズバックからはなおもくしゃみが聞こえる。
「うぇっくしょん! へっくっしょ、ひっく、ふぇー ふぇー ふぇいくしょおおん!!」
サスケの目はシューズバックから離れない、いや離せない。サスケは完全に腰抜け状態だった。
「だあれだぁー!ガスを吹き込んだのは! 毒殺する気かぁ!あいりぃ!どうなってんだぁー へぇくしょい!」
そこへアイリがキッチンから出てきた。
「ちょっと、サスケ。何したのあんた!」
尻もちをついたまま顔だけアイリの方を向ける。
「ね、ねええちゃ~ん… こぇぇ~、何かいるぅ。くしゃみがぁ」
「うっくしゅん」
アイリは傍らに転がった制汗剤の缶を見て、
「あんた、これかけたの?」
「う、うん…」
「なんで?」
「なんでって、ずっと姉ちゃん変だから…、何か入ってるかもって」
サスケはまだ声が震えている。
「ったく、しょうがないなあ、バク大丈夫? すぐ助けるからちょっと待って。こんなんじゃ死なないから大丈夫よ」
アイリはスポーツバックとシューズバックを拾うと素早く階段を上がった。
「サスケ! あんたも来なさい」
ようやく立ち上がったサスケは、決然とした姉の態度に少し安心し、よろよろと後をついて行く。アイリは自室に入るとサスケを座らせてドアを閉めた。
「バク、出て来ていいよ」
アイリがシューズバックのファスナーを開けるとバクがよろよろと出てきた。すぐに座込む。
「あらあら弱っちゃったわねえ、しばらくしたら良くなるよ。でもいい匂いでしょ? フローラルの香りよ」
「冗談じゃねえ、ボクのところにはこんな匂いはないんだよ。死ぬかと思ったぜ。空対空ミサイルよりしつこい」
サスケは目を丸くしている。
「ね、ねえちゃん、だれと喋ってるの? ユーレイ?」
「誰ってバクじゃない。見えないの?」
「ってか逆に見えるの?姉ちゃんには」
「当たり前でしょ、一人で喋る程ボケてないよ。サスケはバクが見えないの?マジで」
「う…ん。声は聞こえる」
「バク、どうする? バクの声聞こえるって。あ、これあたしの弟ね、知ってると思うけど」
バクは小さく咳をして、ふんぞり返った。
「非常事態だな、こりゃ。そもそもアイリにボクが見えたり声が聞こえるのはファーストコンタクトした相手を、この星でのコネクターとして設定するプログラムになってるからだ。いわゆる刷り込みって奴だな。それがさっきの毒ガスで狂っちまった。声だけ聞こえるようになるとはな、これからはアイリとは手話で話さねばならんな」
「そんなの、できないよ」
「ま、ガスの影響が薄れたら、声はまた聞こえなくなるだろ。一時的に保護色が効かない状態だな。ほれ、霧の日にクモの巣がはっきり見えるだろ、あれみたいなもんだ」
「そっか。じゃあしばらくは、小声で喋って。あたしは今まで通りで行くからさ」
「うむ。止むを得ん」
サスケは目の前で起こっている不可思議な対話がまだ飲み込めない。
「姉ちゃん、何だか全然判らん。これ夢の中?」
「うーん、それがイマイチ判んないんだよねえ。夢ならいいんだけど」
「夢ではないと言ってるだろ。アイリ、ちゃんと話した方がいい。その上で箝口令を敷け」
「そうね、仕方ないよね。あのね、サスケ」
アイリはこれまでの経緯とバクについてサスケに話した。サスケは口をポカンと開けたまま聞いている。
「そ、そんなことが実際にあるの? この21世紀の地球上にあるの?エイリアンじゃん」
「そんな怖くないよ」
「そうだ。ボクは恐くない。軍人は基本的に恐くないんだ。一般人の方がよっぽど恐いことする」
バクはサスケの前でふんぞり返った。
「だって、国連とか警察とかに言わなくていいの?」
「サスケ、言った所で誰が信じると思う?あたしが狂ってると思われて終わりよ。なんせ見えないんだからね」
「そ、そっか…」
「それよりバクに悲しみ食べてもらったら? 悲しみが薄れることがあるからさ、こっちも利用しなくちゃ」
「そうだ。アイリの言う通り。共存共栄と言う」
バクはもっともらしい事を言って、前脚で胸を叩いた。
「それでだ。聞こえてるうちに伺うが、その弟のサスケ君とやら、悲しいことに心当たりないか?」
「か、悲しいとき~」
「真面目にやんなさい!」
姉が叱る。
「あー、僕じゃないけどいい?」
「うむ。構わん」
「あの、同じクラスの子で千春って子なんだけど、お母さんが入院してて良くないみたいなんだ。お父さんはいなくてさ、お母さんが千春と、千春のお姉ちゃんの二人を育ててるんだって。お母さんって四井商事の課長でバリバリのキャリア組って言うの? 凄い人らしいよ。絶対にお父さんがいないことで引け目を感じさせないって宣言して、朝4時半に起きて、二人の弁当と夕食の支度して、遅くまで働いてたんだって。それが過労で倒れちゃって、そしたら病気も見つかって、病院じゃ先は厳しいって思ってるみたい」
「可哀想…。じゃ、今は姉妹の二人でやってるんだ」
「うん。でも4月だったかな、そのお母さんは草花大好きでね、千春のお姉ちゃんが病室にチューリップを持っていったら大喜びでちょっと良くなったらしいよ。気持ちは大切だってお医者さんも言ってたって。でもなんでだか、千春のお姉ちゃん、チューリップを根とかついたままで持って来て、ほら、病室って根がついてるのダメなんでしょ? だから看護師さんにハサミ借りて球根とか根っこを切って、それで活けたんだって。球根はそのまま持ってるらしいけど、秋まで植えられないし、それが咲くのって来年の春だから、お母さんそれまでもつかなあって」
バクは食べた。確かに悲しい話だ。これ以上悲しくなることは望まんけどな。
アイリも同じ思いだった。何とか助からないと、まだ中高生の姉妹だけが残されるって、そんな悲惨な事はない。しかし、サスケがクラスの女の子の話をするとは思わなかった。
「サスケ、その千春ちゃんって子のこと、好きなんでしょ」
サスケは図星を突かれて慌てた。
「そんな、そんなの関係ないじゃん、可哀想だから助けたいだけだよ」
「ふうん、怪しいな。下心も少し感じる。ね、バク」
「ボクはその一線には介入せん。軍人は政治的判断は行わないもんだ」
「はあ?何それ」
返しながらサスケの話にアイリはちょっと引っ掛かりを感じた。根がついたまま持って行ったチューリップ。どこから持って来れるんだ?花屋さんのは切り花だよね。ずっと前に小学生たちが抜かれたのも根っこごとだった。あんまりないよね、そんな話。考え過ぎかな。千春ちゃんって近所の子なんだろうか。
「サスケ、千春ちゃんって何千春ちゃん?苗字」
「近藤だよ。そうだ、お姉ちゃんが紫苑って言ってた。学年は違うけど。1つ下かな」
紫苑高校で一つ下の近藤さん… ん? 夏帆?
「もしかして、家は駅近くのタワマン?」
「そうそう。姉ちゃん知ってるの?」
「知ってるも何も、部活一緒だよ!」
「えー」
話に興味のなくなったバクはシューズバックの中に戻り鼾をかき始めた。
「バク、もういいの? 寝ちゃって」
「むにゃ」
「しょうがないなあ、こんな鼾かいたら周りに丸聞こえじゃん」
「姉ちゃん」
「ん?」
「聞こえなくなってきた」
「何が?」
「そのバクの声」
「鼾だよ」
「そう、鼾がどんどん小さくなる。聴力検査みたい」
「ふうん。4×4の影響が無くなって来たのかな」
「また吹く?」
「やめときな。バクの身体にも悪そうだから」
「そっか」
「サスケ、この話は絶対人に言っちゃ駄目よ」
「うん解ってる。言っても信用されないよ、そもそも」
「まあね」
アイリの部屋では空気清浄機がレッドアラートを光らせて全力で異臭を浄化していた。




