ルート1
「明るくて友達思い」
それが僕のいいところだと言われたことがある。
その通りだと思った。
なぜなら……
「明るくて友達思い」な人を、演じてきたのだから。
簡単に言えば、「高校デビュー」というものだ。
僕の中学校時代はずっと1人で図書室にいる人、つまり、「ぼっち」と呼ばれる人だった。
けれど、そう言われて嫌な気はしなかった。
なぜなら、自分はそういう性格だと分かっていたからだ。
ならなぜ、「高校デビュー」をしようと思ったのか。それは、好きな人が出来たから。
どうやら彼女は「明るくて友達思い」な人が好きらしい。
そしてさらに、高校は僕と同じ所に行くらしい。
恋、というものは人間そのものを変える力があると本で読んだことがあるがここまでだとは思わなかった。それが僕の場合、初恋だったから。
彼女のためなら頑張れる。
そう思って、中学校を卒業した。
校門をくぐると無数の桜の花びらが舞っていた。
僕は高校に入学した。
明るい毎日が、始まる。
そんな予感がした。
高校生活初日。
良い事が1つ、悪いことが2つあった。
まず、良い事は演技が大成功だったこと。
ある程度、頭の中で練習していたが不安はあった。「明るくて友達思い」な人を演じるためには本物の「明るくて友達思い」の人が必要だったから。
けれど、中学校にはそれっぽい人しかいなかったため、彼を観察しながら自分で付け足すしかなかった。ハリボテの「明るくて友達思い」な人でも、周りからは完璧な「明るくて友達思い」な人に見えているみたいだったから、安心した。
次に、悪いこと。
まず1つ目は、好きな人が同じ学校じゃなかったこと。
内心すごく驚いたし、僕が頑張ってきた意味が無くなったと思った。
でも、演技が成功したことによって、なにか、快感、みたいなものが生まれた。
「僕みたいな人でも周りから受けいれてもらえている」
それがすごく嬉しかったのかもしれない。
本当は1人ぼっちは嫌だったのだとわかって、自分が恥ずかしくなった。
悪いことの2つ目は、尋常じゃなく疲れたこと。
正直、凄く精神的ダメージが大きかった。
自分が自分じゃない。
自分が嫌いになりそうだった。
それでも、せっかくの「高校デビュー」を台無しにしたくなかったから。
僕はただひたすらに頑張るしかなかった。
半年が経った。
この生活にも慣れてきた。
僕のクラスの地位はトップあたり。
「ぼっち」からの大逆転だ。
毎日が楽しい、そう感じられると思ったが違った。「偽物」だとバレたらこの地位は終わってしまう。
そんな不安が渦巻き始めたのだ。
苦労して積み上げても、壊すのは簡単。
それが尚更、「偽物」で積み上げてきたものなら。心が休まる日なんてなかった。
理想の自分、理想の「明るくて友達思い」な人、であるために……
しかしそんな毎日を変える出来事が起きたのだ。
それは、木々から葉がなくなり、コートが無いと外出できない寒さになった頃の出来事。
他クラスに転校生が来た、可愛い女の子らしいぞ、と噂になり、友達と見に行くことになった。
僕は彼女を見た瞬間、固まった。
そこに居たのは、僕が中学校の頃に初恋をした女の子だった。
動揺が抑えきれなかった。
それは「偽物」の僕、がバレてしまうと思ったからではない。
僕がまだ彼女のことを好きだったとわかったからだ。僕を変えた初恋は、まだ、続いていた。
僕はこの恋を成功させたいと思った。
しかし、話しかける勇気とチャンスがなかった。
友達に頼んで一緒に来てもらう選択肢もあったが、そもそも季節的に冬休みが近かったため、本格的な行動に出れるのは高校2年生になってからだと思った。
クラスが一緒になればいいのに……。
僕はただ祈ること、そして「偽物」の自分を演じることしか、出来なかった。
高校2年生になると、クラス替えがあった。
祈りが通じたのか、奇跡的に初恋の彼女と同じクラスだった。
この時ほど神様に感謝した日は無いほど嬉しかった。
高校1年生の時の地位がトップあたりだったのが功を奏し、彼女と話すのにそう時間はかからなかった。
彼女と話す回数を重ねる毎に彼女のことが好きになっていく。
その感覚がはっきりとわかった。
家に帰ってからはずっと彼女との幸せな日々を妄想していた。
一緒に映画を見て、ご飯を食べながら映画を感想を言い合って、手を繋ぎながらウィンドウショッピングをする、そんなデート。
たくさんの友達と家族に囲まれながら、僕と彼女が楽しそうに笑っている、結婚式。
僕達の子供が産まれ、子供と元気いっぱいに遊んでいる姿。
年をとって、姿も変わって、昔のことを忘れてしまっても最後まで笑顔で2人一緒に居る老後。
どれもが素敵な毎日で、常に笑顔と一緒の生活。
でもそんな妄想をする度に、僕は思ってしまうのだ。
その時の僕は、「偽物」と「本物」、どちらなのか。
そして僕は、答える。
きっと、「偽物」なのだ、と。
高校2年生の夏休み前。
どうやら彼女は僕のことが好きらしい、と友達から言われた。
どうせ噂なんだろ、と思ったが内心すごく嬉しかった。
それが嘘だとしても嬉しかった。
好きな人と両想い、嬉しいに決まっている。
すぐにでも告白したい、そう思ったが取り消した。
僕はまだ、悩んでいた。
「偽物」の僕のまま彼女と付き合うのか。
それとも「本物」の僕が彼女と付き合うのか。
前者はきっと良い未来が見える。
でも僕自信、それでいいのだろうか。
結局、「本物」の僕は必要なかった、ということを肯定することになる。
「本物」と「偽物」の考えがうやむやのまま、彼女と付き合うことは良くないし、もし「本物」の僕の存在がバレた時に失望されるのが目に見えている。
なら後者の「本物」の僕を選ぶのかと言われれば答えは……
いいえ、だ。
ここまで築き上げてきたものを捨てる覚悟がなかった。
彼女と付き合う「本物」の僕はきっと学校でも「本物」の僕になるに決まっている。
「偽物」の僕がいなくなる、つまり今の地位を手放す、という事だ。
とてもじゃないが簡単に捨てられるものではなかった。
彼女への恋心か、それとも現在の地位か。
選択が迫られていた。
彼女への想いを考えれば答えなんて簡単だった。
それでも……
「ぼっち」には戻りたくないという強い気持ちをどうしても捨てられなかった。
終業式の日、つまり夏休み初日に彼女から大事な話があるから教室に残って欲しい、と言われた。
僕は少し悩んだが、僕の中である程度、結論が出ていたから了承した。
終業式が終わって、クラスメイトが帰っていく。
友達からの遊びの誘いを受け流していく。
そして、教室には僕と彼女の2人だけが残った。
初夏を過ぎて、蒸し暑い。
蝉の声がうるさい。
うるさいはずなのに、 教室の中はしんと、静寂に包まれていた。
彼女から言われた言葉はただ一言。
あなたのことが好きです。私と付き合ってください。
僕はその言葉を聞いた瞬間、結論とは違う方の答えを言いそうになっていた。
それほど、嬉しくて。
それほど、諦めたくなかった。
それでも……
僕は、決めたから。
それが辛い決断だったとしても。
それでいいと、僕は。
決めたから。
彼女の問いには、
付き合えない
と答えた。
彼女は、泣いていた。
僕は一番笑っていて欲しい思っていた人に、一番させてはいけない表情をさせた。
僕の責任なのに、僕は何も言えなかった。
僕は僕の地位を守った。
彼女とは今も良い友達でいる。
きっと「偽物」の僕と付き合っても、僕は彼女を幸せに出来なかったと思う。
大切な彼女だからこそ、守りたいと思っているからこそ、彼女を悲しませてしまうと確信していた。
このご時世、1人では生きていけない。
ありのままの、「本物」の僕では生きていけないと思ったから。
……わかっている。
全て自分に都合が良い言い訳であることなんて。
言い訳を言わないと耐えられない。
自分が後悔しているなんて、思いたくない。
僕は、彼女の告白を断ってしまったことよりも。
僕の、彼女への想いや気持ちという
唯一の
「本物」を、「偽物」にしたことが一番
辛かった。
自分のことは自分がよくわかっている、とはよく言ったものだ。
「僕」は、「僕」から逃げたのだ。
もう何も無くなった気がして、とにかく悲しかった。
なのに
涙は、出なかった。
大人になった僕は、「本物」の僕を受け入れ、「本物」の僕でいる努力をしている。
完全に「偽物」を捨てた訳では無いが、元気に過ごしている。
僕は過去の僕を超えたのだ。
きっと今、この時に、彼女と会っていたら……そう考えるだけ無駄であると思い、すぐに考えるのをやめた。
ちなみに彼女は、大学の同期と結婚したらしい。
幸せになって欲しいと、心の底から思っている。
私は、彼が「偽物」を演じていることがすぐにわかった。
なぜなら、私も昔から、「偽物」を演じていたからだ。
その上、彼は私が彼のことを覚えてないと思っていたみたいだが、私は覚えていたから尚更だ。
彼が私のことが好きとわかった時、何故彼が「偽物」を演じているのか、何となくわかった気がした。
私のことが好きで、私のために「偽物」を演じている。
本当だったとしても、言えなかった。
もし嘘だった時は恥ずかしいし、本当だったとしてもどういう顔をすればいいのかわからない。
きっと同情なんてして欲しくないに決まっている。
けれど、そんな理由よりも、彼の困った顔を見たくなかった。
私は「今」の彼が好きだったから。
「偽物」の彼でいいと思った。
「偽物」の彼と付き合いたかった。
けれど……
結果は、付き合えない、とただその一言。
なぜ私は泣いているのだろうか。
彼と付き合えなかったから……?
違う。
彼が私との恋よりも彼の「偽物」を守ることを優先したから……?
違う。
私は期待していたのだ。
私の「本物」を救ってくれることを。
結局、私は
「偽物」だ。
彼は最後まで「偽物」をであることを、嘘をついてまで、「本物」の彼が一人ぼっちでいることを望んだ。私の「本物」も一人ぼっちのまま。
私はこの瞬間、「偽物」で生きていくと、強く誓ったのだった。
ここまで読んでくれた方々、本当にありがとうございます。
ルートの数は今のところ、5こです。
ハッピーエンドもバッドエンドもあります。
「本物」と「偽物」に揺れる彼らを、見守ってやってください。