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テンイテンセーシャ

盾を用いた戦い方を極める前に、まずは使いこなし方を学ぶ三人ですが……短槍もなかなか使い易い武器ですよね。……あれ?

 


「……それじゃ、いきますよ?」


 手にした短槍をグルリと掌の中で廻し、バランスを確かめる。全体に歪みや捻れの無いことを確認したソーテツは、穂先を煌めかせながら腰の周りで一周させてからピタリと身体の横で停止させる。


「……何だい、悪くないじゃないか。盾使いの学校だから、武器も吊しの数合わせかと思ってたのによ……本気になっちまうじゃねーか?」


 言い終わるや否や、身体を側転させながら穂先を鋭く突き出すと、短槍は狙い誤らずその切っ先は滑るようにエンリケの喉元へと吸い込まれていく。


「って、やっぱり本気だよな……っと!!」


 だがエンリケは一歩前に飛び出し、最速に到達する直前でカイトシールドの尖端を短槍の軌道と平行させると、軽く腕を外側へと跳ね上げて逸らしてしまう。


「しかし何であんた、先生なんてやってるんだ?……近衛兵団だろうと何だろうと、選び放題の立場だったんだろう?……王の朋友なんだからさ」


 即座に槍を引き戻すと、その勢いを殺さずに再び腰の周りで一周させて、身体の後ろへと伸ばすように構えて突き出す動作を隠す。出来る限り動きを読ませないようにして対応を遅らせる為だ。


「ゴルダレオス王は……俺にとっては弟みたいな奴だ。あいつを頼って寄生するのは虫が好かん」


 エンリケは肩を軽く回してから再度カイトシールドを差し出し、それからやや内向きに構えて肩全体を盾の内側で隠し、同様に相手の動きを牽制する。武器を持っていなくとも盾の使い方に依っては相手を無力化させることも出来る。



「さて……軽い小手調べはこの辺で終わりだ。ソーテツ君、()()()()()()


 カイトシールドを肩に預けたまま、エンリケは……じり、と足先でにじり寄る。ソーテツはエンリケが《攻めてくる》と感じ、警戒を一段上げながら短槍の石突きを彼に向ける。踏み込みながら石突きで牽制し、動きに合わせて本命の穂先で首を刈るつもりである。


(……その程度でくたばるような弱者なら、早々に舞台から身を引いて貰った方が……コイツらの為にもなるだろうさ)


 ちらり、と手を止めて自分達の仕合を凝視している娘達を見やり、ソーテツはエンリケへと再び集中する。やはり短槍の距離は理解しているのだろう、盾を高めに掲げながら近付く動きは止めない。


 ……タンッ、と軽やかに短く跳躍し、唐突に距離を詰めて短槍の石突きを背中に添えさせながら突き出す。


 ガッ、と弾かれる感触。だがそれは織り込み済み……肘の脇から背中越しに突き出した一撃は身体を軸にしながら即座に引き手を介して遠心力へと変換し、風切り音を立てながら瞬速の凪ぎ払いへと変える。


「やるね、一つだけ聞いても良いかい?」


 だが石突きの攻撃を肘を折り曲げて右側へと往なしたエンリケの盾は、反対側から振り抜かれる穂先の一閃をやはり跳ね上げで逸らす。そして後方へと下がりながら、彼はソーテツに尋ねる。


「……育ちは()()()()()()かい?」


「……食えない旦那だな、つくづく……」


 忌々しげに舌打ちしながら距離を取り、油断なく穂先を揺らして視点の定まりを妨げつつソーテツは答える。


「……その通りさ。俺達は(ことごと)くあそこで鍛えられて……それから師匠に育てられる。脱落する奴は居ない。……死ぬだけだからな」


 槍の石突きを地面に突き立てて、空を眺めながらソーテツは暫し瞑目する。



「……槍、刀、千本、鎌、斧、鎚……どう使い、どうするかをひたすら叩き込まれて……俺達は国を後にするのさ。出荷、と言えるかもしれん……」


 眼を開き、再び短槍を構え直し、ゆっくりと左手を前にし右手に掴む槍を脇へと挟んで半身になる。ふーっ、と深く息を吐き、そしてゆっくりと息を吸い込み、止める。



 ……風が吹き、雲が流れる。見つめるキュビも呼吸を忘れてその瞬間を逃すまいと眼を皿のようにし、どちらかが動くのを待った。そして、唐突に動き出したのはやはりソーテツだった。


 身体を回転させて石突きで爪先を狙う。突然の視界外への攻撃に反応したエンリケは、あろうことか槍の上に足を載せて踏み込むと、そのまま宙へと跳躍しカイトシールドを引き付けて、


「……盾は武器っ!!」


 烈迫の気合いにも似た言葉を吐きながら突き出された盾の先端を、ソーテツは握り拳で叩き落とし、その勢いに乗って槍を真上に投げながら身体を回転させて左の裏拳を放つ。


 盾を前に出していたエンリケは自らの身体を盾の内側へと滑り込ませて拳を回避し、同時に槍の範囲から抜け出して距離を取る。



「……すげぇな、言うだけのことはあるか……」


 盾の側面が当たり右肘の鱗が数枚剥がれ落ち、その下の皮膚からうっすらと血が滲み手首まで滴り落ちる。


「わーっ!!待って待って!!ソーテツさん血が出てるじゃん!!」


 キュビが慌てながら声を上げて仕合いを停めて、彼の腕にしがみつきながら手にした布を宛てる。


「……いちいち騒ぐな。傷だなんて仰々しいにも程があるぞ……?」


「判ってるけど!!……でもこれは勉強なんだよ!?……先生もそんなに張り切らないでよ!!」


 キュビの言葉に苦笑いしながら盾を下げ、ソーテツの方を窺いながらエンリケはエミュに向かって盾を差し出して渡し、


「とりあえず休憩だな。ソーテツ君、済まなかった……先生、少しだけ本気出しちまったよ」


 ばつが悪そうにそう言うと、キュビに止血帯の巻き方は判るか?と尋ねて手渡しながら、休憩が終わったらひとまず座学室に集合してくれ、と宣言してからツヴァイと共に校舎へと引き返した。



 ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



 キュビは校庭の端っこに置かれた木箱に腰を降ろしながら、ソーテツの横で新しい止血帯を巻き直していた。


 ソーテツの傷は浅く、本人は大したことない、と気にしていなかったのだが、キュビはしっかりと止血帯で縛り血止めに専念し、される側のソーテツは不思議と無駄な抵抗もせず、大人しく従っていた。


 内心(余計なことをして水を差すな!)と言われるのかと思っていたキュビは、意外な反応に戸惑いながらも落ち着いて処置を終えた。


「……これでよし……ソーテツさん!……あんまり先生を目の敵にするもんじゃ無いですよ?」


 言いながら止血帯に描き込んだ呪印に魔素を送り込み、即席の治癒魔導を完成させる。その効果により半日と経たず傷口は塞がるらしい。


「……これを売れば大儲けなんじゃないか?……って、何だこれ、ピリピリしてきたぞ?……もう治ったかもしれないから剥がしていいか?」


「……ダメです……子供じゃないんですから……傷口の上に新しい皮と肉を作らせているんです」


 じっとりと湿度の高い目付きで睨みながら、呪印に手を当てて剥がさせないように守るキュビ。


「……ダメか?」


「……ダメです」


 …………


「……目の敵にしている訳じゃない。俺の郷里に伝わる話でな……その昔、【テツ】と呼ばれた一人の黒龍人が居た。そいつは粗野で野蛮な龍人族に《義と絆》を授けて、反目し合う赤龍人と黒龍人を一つに束ね【シノビ】として生きる術を与えた……」


「えっ!?……じゃ、もしかして龍人さん達が名前に必ずテツって付いてるのも……」


 キュビの顔に小さな驚嘆を見たソーテツは、くっくっと小さくくぐもった笑い声を上げながら、眼を細めて真っ直ぐ前を見る。


「……龍人族は、卵から生まれる。だが生まれるのは大半が男で、女は一割以下……生まれる男に【テツ】と付けるのも、龍人族を束ねた偉大な男に敬意と(あやか)る気持ちがあったから、だが……」



 ……不意に目付きが鋭くなり、その全身からおぞましい程の殺意が滲み出始める。それまでの牧歌的な雰囲気は消え去り、キュビの背筋を悪寒が這い登る。



「……【テツ】は、《テンイテンセーシャ》だったそうだ。しかも……忽然と姿を消した。類い希な能力に恵まれ、龍人族統一に尽力しながら……あっさりとな」


「それから後に現れた《テンイテンセーシャ》は普人種で……龍人族を根絶やしにしようとした。理由は判らん……何なんだ?一体……《テンイテンセーシャ》とは其れ程の存在なのか?……どんな考えしてやがる?……それに、」 


 最後の一言は、武人ではないキュビにも判る、とても単純明快な……挑戦者としての疑問だった。



「…………どれだけ強いんだ?……俺は……勝てるのか?」



……ぞわり。ソーテツの言葉は、キュビの心中に鉛のような異質感を伴いながら、静かに沈んでいった。




それでは次回へと続きます。毎度ながらゆっくりとお話は進みます。ブクマ及び評価も是非お願い致します!頂ければ此れ幸いと執筆ペースが上がります。

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