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ツヴァイ

えー、何と申し上げましょうか……つまり、毎度お馴染みの稲村節な回になってます。有る意味、名刺代わりのお話です。



 「……と、いう訳で花嫁修業の為に壁役について学んでいく所存でございますっ!!」



……うん、まー、いーんじゃない?ただ、この娘、背中に鈍器(モルゲンシュテルン)担いでやって来たんだよなぁ……あれ、鋼鉄製で簡単に持ち運べるような代物じゃないぞ?



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「ま、まぁそう言う理由も有りだよな? うん。……あ、因みに持参した武器って自分で選んだの?」


エンリケの言葉に暫く考えてから、エミュは元気よく返答した。


「選ぶ?……いえいえっ!!……あのモルゲンシュテルンはお父様が十歳の誕生日に贈って頂いた逸品で、良く手に馴染む至高の芸術品でもあるんです!!」



「……あ、そうなんだ。うん、凄く尖ってて素敵だよな、うん……」


当然ながら、エンリケは器の広い男だった。そうじゃなきゃこんな学校の先生になんて……なる訳有りません。


「それは置いといて、ソーテツ君は何故この学校を選んだのかな?……その、君の腕前なら、仕事には事欠かない……いや、人を殺める事の方が向いているって訳じゃないけど……」


エンリケの気遣いにフッ、と息を吐きながら今まで一度も取らなかった頭巾を取ると……そこには、



「……赤龍人か……俺も初めて会うな」


彼の言葉通り、赤い細やかな鱗に覆われた皮膚と巨大な眼、そして頭の半分まで切れ込んだ大きな口は爬虫類そのもの。そして頭頂部にはトサカで始まるトゲが首まで続く面妖な面立ちだった。


「黒龍人程にこの界隈を彷徨いてる訳じゃないからな。見掛けないのも道理だろう……連中みたいに体表の色も変えられんから、生業は暗殺者位しか恵まれない哀れな種族さ。……なんだい、ツヴァイ先生……そんなに珍しいか?」


自虐的に身の上を吐露するソーテツだったが、そんな彼をジーッ、と見詰めていたツヴァイは(おもむろ)に口を開き、


「ソーテツ、悪い奴違う。キュビやエミュに優しい。自分よりか弱い奴虐めないソーテツ、悪くない!!」


そう言いながらニコッ♪と笑い、手にしたフォークとナイフで彼の前に置かれた皿の中に、ローストビーフをどしゃどしゃと追加しながら満足げに頷いた。


「……同じ釜のご飯食べる、仲良しの証拠!みんなとご飯食べる、ソーテツの血肉になる!」


「……ありがとう。でも俺は肉食専門じゃないから、こんなに要らないぞ?」


言いつつも、外した頭巾を器用に頭の上に載せながら、丁寧な作法で食事を始めるソーテツに、キュビも同調しながら言葉を掛ける。


「……あのね?ソーテツさんがその……亜人さんだって、魔力の波動で判ってたけどさ……私は別に気にしないよ?……お仲間カメラードなんだからさ!!」


そんな声にやや照れ臭そうにしながらも、憎まれ口は言わずただ……ありがとう、とそれだけ言い、ソーテツは食事を続けた。



「……でさでさ!!先生ってさ!……どーして先生になったの?……王様の知り合いだし、どーやって王様やツヴァイ先生と知り合いになったの?」


キュビは好奇心を抑えきれず、エンリケに尋ねながら傍らに置かれたマグカップの飲み物に口をつける。それは肉料理に合わせたさっぱりとした後味のお茶なのだが、寧ろその味わいは今の話題にうってつけの口当たりだった。


「知り合い、ねぇ……俺と今の王様……ゴルダレオスが初めて会ったのは、奴がまだ第四皇子……四人目の妃の息子だった頃にあいつの用心棒として雇われたのが始まりだったかな……」


エンリケはそう言いながら手にしたマグカップを持ち上げて、キュビと同じようにお茶を喫した。



「……年の頃も其程に違わなかったから、俺とゴルダレオス……当時は妃の姓のアルドレオを名乗ってたが……仕事の最中に仲良くなってな。それで結果的に居候のような立場で、あいつの屋敷に出入りするようになったな。……で、それ以外に色々と実入りの良い仕事が重なったから、何か形に残る物は無いかと夕闇の街の界隈をぶらついてたんだが……」


そう言いながら思い出す為に宙を眺めていたエンリケは、マグカップを置き暫く考え込んでいた。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


(※→この先だけはエンリケ視点です)



……俺は夜の街の中でもそこそこに物騒な連中が蠢く界隈を彷徨っていたが、その耳に等間隔で響く軽快な音が聞こえてきた。


タンッ……タンッ……タンッ。


酒場の奥から男共の喚声や下卑た野次に混ざって、場違いとしか思えない弾むような笑い声、そして挑発する黄色い声が聞こえ、俺は何故か判らないがフラフラと吸い寄せられるように足を踏み入れた……すると、



「キャハハハハッ!!当たらない当たらないっ!!」


「くぉらぁッ!!てめぇちゃんと狙えっつってんだろぉ~っ!!」

「下手くそッ!!早く代われってんだよっ!!」

「くそっ!くそっ!……がああああぁ~っ!!何で当たらないんだよっ!!」



……異様な熱気に包まれた酒場の真ん中に、丸い板が立て掛けられて置かれていた。その中心に銀色の長い髪の少女が両手と両足を鎖に繋がれていて、少し離れた場所に小さな台が置かれ、そして台の脇にずんぐりとした姿の男が腕組みしながら座っていた。


店の壁際に置かれた、丸い板の上下左右に手足を繋がれた少女は、幼いながらも何処か年齢以上の妖艶さを備えた美しさがあり、質素な白い麻布の胸当てと腰巻き以外はサンダルのみの際どい服装で、褐色の肌の所々に珠のように光る汗、そして古い刃物傷がピンク色の痕を残していた。


だが、通りを歩いていた俺の耳に飛び込んできた音の正体は……様々な欲望が剥き出しの狂気の産物だった。


小さな台の上に置かれた籠の中には、何枚も硬貨が入っている。男の前の籠に酔った客が銅貨を投げ込むと、男が銅貨の枚数に応じた手斧が渡される。


……すると、酒場の奥の楽隊が派手に不協和音の騒音を奏で始め、直ぐに板に繋がれた娘がジャラジャラと鎖の音を立てながら腰を振り、悩ましげなポーズを取ったりしつつこう言うのだ。



「……投げるか?……斧投げてワタシのどこかに当てる、ワタシと籠の中身アンタのもん!!」


手斧を受け取った足元の危なげな男は、酷く酔っているようだがそれでも銀髪の娘を見詰める眼差しは真剣そのものだった。


そして三本の手斧を握り締めた男は、狙い済まして振りかぶり、



……タンッ!!


娘の膝の脇に突き立った手斧は、まともに食らったら骨まで達する勢いで投げられているのだろうが、当の本人は全く意に介する様子もない。


「はっずれぇ~♪次はオヘソ狙う?」


「くっそ……(はらわた)出したおめぇを抱きたくねぇんだよッ!!」



……タンッ!!


……耳の脇に投げられた手斧を、首を捻ってギリギリで避けられたにも関わらず、恐怖の欠片も感じていないのか……娘は楽しげに笑いながら、


「まったはっずれぇ~♪残り一本、ここ……狙うかぁ!?」


「……くそッ!!どーにでもなりやがれぇっ!!」


腰を左右に振って、誘うように自分の足の間を指差しながら……明らかに挑発し……、男は振り上げた手斧を有らん限りの力で……、


……ッダンッ!!


激しい勢いで投げられた手斧は、彼女の胸当てを掠めて脇の下に突き刺さっていた。しかし、そんな修羅場にも関わらず平然と手斧をヒョイと手で摘まみ、ギッ、と音を立てながら引き抜き自らの頭の上にタンッ、と打ち付けると勝ち誇ったようにニィ♪と笑いながら、


「……んふ♪……ぜーんぶ、ハズレッ!!」


「くそッ!!全然掠りもしねぇじゃねーかよ!!」


忌々しげに呟きながら踵を返す男の背中を、一瞬だけ寂しげに見詰めた娘だったが、直ぐに気を取り直したのか、入り口に立つ俺を見つけ元気良く愛想笑いを浮かべジャラリと鎖の付いた手を挙げて、


「そこの旦那!!アンタ、斧投げるか……ッ!?」


景気良く問い掛けたのだが、何故か俺を暫く凝視していた後、何となく表情を弛緩させて何も語らなくなった。


俺はその娘の顔立ちと、アンバランスな色気に吸い寄せられるように酒場に踏み入れると、無言で娘を眺める。


細く切れたような目元と、どことなく先細りの耳の特徴はエルフ……いや、ハーフエルフに見られる特徴だが、褐色の肌と言うのは聞いたことがない。もしかするとハーフエルフと人間の子、なのかもしれない。


だが、そんなことを全て掻き消す程に娘は美しく、そして愛らしさを併せ持ちながら、とても正気と思えない商売の片棒を担がされていたのだ。俺から見ても全く危なげ無い避け方で、手足の自由を奪われているにも関わらず意に介さず手斧を避けては愛敬を振り撒いて、俺のような新しい客を惹き付けてきたのだろう。


だが、いやだからこそ……いつか、容赦のない手斧が彼女の命を吹き消して、次第に死に逝く娘の身体を貪るように……、……!?


そう考えた瞬間、勝手に身体が動き、立ち上がると座り込む男の前の籠に銅貨を四枚入れながら、


「……もし、()()()()()()()()()()()()()()()()


……と、問い掛けていた。


「……あぁ?……そんなもん……四本も当たったら景品にもなりゃしないだろ……そん時ゃ、呉れてやるよ……」


……どうやら俺の真意を読み違えたのか、男は俺のことを只の異常者紛いし、呆れたように蔑む眼差しを向けながら、しかし内心では(……んなもん、当たりゃしねぇだろうけどよ……)等と考えているのは明白で、笑いそうになるのを必死に我慢していた。


差し出された手斧をまず二本手に持ち、残りをテーブルの端に置きながら俺は構える。


離れた場所に繋がれた娘は、静かに両手と両足を開き気味にして立ち、半眼で俺の方を見た。その瞳は深い藍色で、吸い込まれそうな気がしてしまう。だが、それも束の間。


振り上げた手斧を真上で停めたまま、俺は彼女に語りかけた。


「……名前は?」


「……ツヴァイ!」


その声を合図に手斧を同時に投げる。クルクルと回転しながら投擲されたそれが吸い込まれるように両足の鎖を絶ち切る。そして再び二本の手斧を掴んだ瞬間、全てを察知した男が何か叫びながら立ち上がるのと、両手の枷に繋がる鎖に手斧が当たり、ガチンと鳴りながら床に落下するとツヴァイがそのまま走り出し、テーブルを踏み台にして軽やかに跳躍、そして番台の男の顔面に膝蹴りしながら宙返りし俺の前に降り立って、


「……ツヴァイ、旦那サマのモノっ!!」


言いながら差し出された手を掴んで走り出し、酒場から一目散で二人して逃げ出したんだ……。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「つまりお二方は……駆け落ちしたのですかっ!?」


エミュは驚いたように叫んだが、エンリケはと言うと……


「いや別に駆け落ちとかじゃないから……それに、俺はツヴァイを連れて居候先の屋敷に帰っただけなんだけどさ」


ポリポリと顎の脇を掻きながら、盛り上がる娘達二人に苦笑いしていた。勿論ツヴァイはと言えば、ただニコニコと笑っているだけだったが。



きまぐれ更新でしたが、楽しんでいただけましたか?それではまた次回……ゆっくり更新していきます。

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