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各々の事情

折角の連休なんですから、投稿しときます。



 「おおおおおぉ~~ッ!!こ、こりは……ロロロローストビーフ様ぁ!?」


若干文字化け気味のキュビはわなわなと身を震わせながら、テーブル中央に鎮座する御神体然とした霊峰に感動し、思わず膝を折り手を合わせて祈りを捧げてしまう。其程(それほど)の巨大さにも関わらず、焦げ目は均一で滲み出る肉汁も黄金色の、理想的な完成度を誇る逸品だった。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「キュビ、早く座る!!食べる時、キチンとお祈りする立派、だけど床の上テーブル違う!!」


ツヴァイは相変わらず不思議な喋り方だったが、その口調とは裏腹にキュビの席らしき椅子を引いて促しながら皿を置き、ナイフとフォークを使って肉を切り分け始める。


音も立てずにスッスッ、とナイフが動かされる度に同じ厚みを維持しながら薄く削ぎ落とされた肉が垂れ、切れ目からまだ湯気を立てながら迸る肉汁が滴り落ち、銀色の巨大な皿に溜まっていく。その肉汁を何度か纏わせてキュビの皿へと移されたローストビーフは二つ折りにされてから、ニンニクと香辛料の香りを放つ茶色のソースを廻し掛ける。そしてその横にサワークリームとニンジン、ホウレンソウそしてジャガイモを添えてから、ツヴァイが満足げに頷きつつキュビに向かって、


「……ハイ、上手に焼けましたです!!食べる時好きな相手に祈る!!」


「……は、はぁ……うーんと……お父さんお母さん神様ウシさん頂きます!!」


一瞬戸惑ったキュビだったが、思い付く限りの対象に祈りを捧げてからフォークとナイフを手に持ち、やおら突き刺して切り分けようとしたものの……、


「……あの、他の人達を待たなくていーんですか?」


キョロキョロと食堂を見回して、キュビとツヴァイの二人しか居ないことを再確認してから尋ねてみると、


「キュビ、優しい子……料理独り占めしない!判った少しだけ待つ!」


感じ入ったようにそう告げてから、ツヴァイは部屋の隅に有る管のような物の蓋を持ち上げて口を近付けると、



「……みんな~~ッ!!ご飯の時間~~ッ!!早く集まる~ッ!!」


どうやら単純な伝声装置らしく、各々の部屋へと繋がっているようで、建物の中の随所からツヴァイの声が反響しながら伝わってくる。


暫くしてエミュとソーテツが各自の部屋からやって来て、


「はわわわわぁ……大きなローストビーフで御座いますね……焼くのが大変でしたでしょう!!」


「……確かに、これだけ厚みがあると随分と時間が掛かったんじゃないか?(※①)」


(※①→周囲を紙で包んで低温で仕上げる方法だと、軽く二時間程度は掛かる事もある)


各々の感想を述べながらエミュはキュビの隣、ソーテツは対面の離れた椅子へと腰掛ける。


「……終わった……いや、終わらせたぞ……俺が只の脳筋じゃないことを証明してやったぞ……あ、ローストビーフ焼けたのか?流石はダッジオーブンだな~!」


エンリケはブツブツ言いながら食堂に入って来ると、甲斐甲斐しくやって来た二人に切り分けている肉塊を見て、聞き慣れない名前を口にしながら席に着いた。


「……もにゅもにゅ……はふぅ♪……ん?……センセ、ダッジオーブンって何ですかぁ?」


至福の表情で頃合い良く火の通った、赤身肉の弾力そしてほのかな甘味をない交ぜにした逸品を噛み締めていたキュビは、思わずエンリケに聞いてみるが、


「お、おう!俺の故郷じゃ重い蓋の鉄鍋のことをダッジオーブンって呼ぶんだよ!!よく知らないけどなっ!!あはははは~♪」


「ふうん……聞いたことないや……先生って王様の知り合いか家来なら、ゴルダレオス王国の出じゃないの?」


何となく嘘臭く言い訳する彼に素っ気なく返しながら、遠慮の欠片もない質問を畳み掛ける。


(……流石は【殆ど魔力だけで人が殴れる】と評される宮廷魔導士屈指の大魔導が祖父だけあるな……勘が鋭過ぎだぞ?)


気まずく言葉に詰まりかけたエンリケに助け舟を出したのは、やっぱりツヴァイでした。


(……旦那サマ、はぐらかす却って可笑しい。ハッキリ言う男凛々しい!)


(その通りやって上手くいかなかったら暫く落ち込んじゃうから学校休んでいい?)


(……ダメ決まってる)


(……だよなぁ)


エンリケは諦めたようで、腹を割ってきっちり話せば、きっと生徒と先生の距離も縮まるだろう、そう判断して段取りを踏むことに決めた。


「……さて、一応だが願書に一通り目は通してあるが、皆がこの学校に入って学ぼうと思った理由ってどんななんだ?ハイッ、キュビ君!」


「う、うぉっ!?いきなり私なんですかっ!?」


「うん、たぶんだけど君が一番ハードル低そうな動機だと思ったから……まぁ、裏打ちないけどさ」


他の三人の視線が集まって、仕方なくキュビは空になった皿に溜まった肉汁表面の脂を、フォークの先で隣同士突っついて次第に大きくしながら……、


「うんと……私、一応これでも銅記章(ブロンドバッジ)の冒険者やってたんだけどさ……何と言うか、行き詰まっちゃってさ……あははは……」


少しだけ俯いて訥々(とつとつ)と話し始める。しかし、元々が明るくて外交的な性格なのだろう。湿っぽい雰囲気になりそうだと悟ったのか努めて明るい喋り方にしようとしていく。


「でもさ!!家系と言うか血筋と言うか判んないだけどさ、魔導結印しながら歩き回れるからさ~、それで副業的な何かをするのも悪くないかな~って……」


「いやいやいやっ!!魔導結印しながら、って……君の若さで其れを理解出来て尚且つ実行出来る人ってどれだけ居るの!?」


「……出来るのは王国内でなら私とじーちゃんだけだって……聞いたことあるけど?」


素っ気なく返すキュビだったが、魔導と言うのは簡単に言うと、粘土に棒で溝を掘り、そこに油を流して火を点けることに似ている。


まず印式という作法がこれに当たり、杖の先端に魔素を集めて地面や空間に駆動方程式を描き、そこに魔力を流し込んで魔導とする。これが【魔導印式】と呼ばれる方法である。


更に頭の中でその印式を思い浮かべながら、魔素を擬似的な駆動方程式に並べて一気に宙や地面に写し出し、瞬時に魔力を流し込む方法が【魔導結印】と呼ばれる離れ業で……簡単なようで普通ならまず出来ない。


エンリケは目の前に座るちんちくりんのキュビが、【宮廷魔導士随一の傑物】と呼ばれる翁の孫なんだと、ハッキリと認識した。


(溢れる魔力で《人が殴れる》と噂される化け物じーさんの孫だけあるな、流石に……)


そうは思ったものの、只でさえ難易度激高の【魔導結印】を練りながら壁役として、前線で戦いたいだなんてバカか天才かどちらかで、逆さの箒を右の掌に載せて、左手で盾を持って戦いたいと言っているようなものである。



「……そんじゃ、何か得意で危なくない【魔導結印】を今此処でやってみせてくれないか?」


「……ん?いーよー♪そんじゃ私のオリジナルで~……ほいっ!!」


……ブゥン、と蜂の羽根音そっくりの鈍い振動音と共に、キュビの首から下が突然不鮮明な色彩に包まれて、姿が見えなくなる。……つまり、いきなりモザイクが掛かったのである。


「……何だそれ?」


「へっへ~ん♪これぞ名付けて【乙女の嗜み】っ!!……何か理由があって姿を隠したくなったら、こうやって身体の周囲に光を通し難い粒子と通し易い粒子をごちゃまぜにして漂わせて、姿を見え難く出来るの!!凄いでしょ?」


(……通りの真ん中で着替えする時か、突然便意を催した時位しか使いようがないんじゃないか?)


「キュビさん凄いです!!全然見えませんね!!きっと役立つと思いますよ!?」


「……何で首から上だけは見えるんだ?全部隠せばいいのに……」


エミュとソーテツは感心したり、疑問に思ったりしながらも彼女の才覚は理解出来たようだった。ちなみに顔まで覆うと自分まで周りが見えなくなるらしい。



「よし、次はエミュの番だ。どーして君はこの学校に来ることに決めたんだ?」


「はいっ!!私は花嫁修業の一環として、我が家と我が家に嫁いでくる花婿を守る為に壁役として、盾を使いこなして一流のお嫁さんになる為ですっ!!」


元気よく答えるエミュに、エンリケは暫し唖然として固まりながら、心の内で呟いた。




……花嫁と、盾役かよ……接点無さ過ぎじゃねーかい?




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