部屋割り
この学校は寄宿舎制です。可愛らしい少女と麗しの女教師風の三人とひとつ屋根の下で暮らすようです。
五人でガヤガヤ言いながら、校舎に繋がる宿舎へと向かう面々は、案内されながら各自が寝泊まりする予定の部屋へと入って行った。
「おおおぉ~♪新しいシーツに!!……そしてベッド……だけなのね……あ、タンスは一つしかないのかぁ」
キュビは新築の宿舎に胸ときめかせながら部屋へと入り、殺風景さに多少ガッカリしつつ、でもお約束とばかりに二つあるベッドの片方に向かって飛び込んでみる。
ふわり、と身体を沈ませながら、いやいや中々にいーんじゃない?いやいや結構なお手前なんでないの?とニヤニヤしながら枕に顔を擦り付けて満足げに頷いていた。
「うん!綺麗なお部屋です!……掃除も楽そうで何よりですね……いえ!別に贅沢な暮らしがしたくて伺った訳ではありませんからね……」
エミュは手にした荷物、そしてトゲ付き鈍器を背中からゴトンと降ろさ、部屋の片隅に置いてからツヴァイに深々と御辞儀をする。
「……これから何かとご迷惑をお掛け致しますが、どうか宜しくお願い致しますぅ!」
「エミュ、固くならない!ツヴァイ、おねーちゃんだと思って気楽にする!」
見た目と裏腹なざっかけな言葉使いで彼女はそう答えると、ごはんは自分達で作る、今日は当番ワタシ! と言いながらエミュのフワフワな髪の毛をさららと撫でて部屋を出ていった。
「……自炊生活なの?……えっ?」
キョトンとするキュビと対照的に、あら!でしたら腕の振るい甲斐があると良いですね!と楽しげなエミュ。
「あの、えと……エミュってば料理得意なの?」
「はい!家事手伝いの肩書きは伊達では有りません!我が家の家訓は【命令する者は命令する事に精通せよ】で御座いますから!」
あー、つまりいずれ家を護る女主人とかになるなら、使用人に仕事を割り振る為にも、ってことかぁ……。キュビはそう納得しながら、しかし料理は祖父に「……錬金術か?」と言われて以来、トラウマになっている自分に出来ることがあるのだろうか?と不安になった。
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「……エンリケ先生、【テンイテンセイ】って言葉を知っているか?」
「……テンイテンセイ?さーねぇ、とんと記憶もないが……」
対面するエンリケに腕組みしながら質問するソーテツと、飄々と受け流すエンリケの姿を見掛けたキュビは、声を掛ける為に近寄ろうとしたが、
……バヒュッ、と激しく布を叩く音を立てながらその場から後方へと跳躍し、両手両足を付いて着地したエンリケの行動に、何故か恐怖を感じて彼女は身を隠してしまった。
「それだよ、先生……何故、見えない筈の真後ろからの攻撃が判るんだ?アンタらは……」
ソーテツはあろうことかその場で着ていた筈の野外着を脱ぎ捨てて、それをエンリケ目掛けて投げつけながら抜刀し、切り伏せようとしたのだ。
更にソーテツの両手の短刀にはチリリリリリ……、と音を立てながら方輪(投げ輪の一種)が収まり、どうやら瞬時に投げた方輪が死角になる筈の左右後方から同時に飛来したにも関わらず、上着を叩いてソーテツの方へと飛ばしてから後方へ跳躍、そして三度目に襲われることを視野に入れて姿勢を低くしたのだろう。
「……やるね……あんまりえげつないから、先生久々に死ぬかと思ったよ……」
呑気な言い方だったが、ソーテツを中心に広がる殺気に当てられてキュビは寒気を感じ、身を震わせて壁に手を付けてしまうが、悪いことにそこは空き部屋の扉で偶然開いていて……、
「あ、あれ?あわわわわわわっ!?……あ、どーも、キュビですぅ……え、えへへ……」
身体ごと部屋の中に倒れそうになり、慌ててバランスを取ればついつい声が出て……気まずい空気が流れてしまう。
「……そうだな、ここは学校で、あんたは先生……俺は生徒だ。この話はまた後でな……【テンイテンセーシャ】さんよ……」
短刀を鞘に納めたソーテツは、ばつが悪そうにそれだけ言うと自分の部屋へと戻って行った。
「キュビ、ずーっとそうしてるつもりかい?」
直立不動で扉から半身を出したまま固まる彼女に、困ったような顔で問い掛けるエンリケに、ハッと我に返ったキュビはブンブンと首を振りながらパタパタと手を左右に振り回して、
「いえいえいえっ!!たまたま通りがかってその……先生とソーテツさんが……授業みたいだったから……」
「……いや、授業じゃないけど……いや待てよ?授業って話であーしてこーすれば……うん、有りだな、有り!」
何かに納得したエンリケは、そう言いながらキュビの方に近付くと、やや腰を屈めながら彼女に視線を合わせて、
「……それにしても助かったよ、ソーテツ君は俺が化け物か何かだと頑なに信じてるみたいだから、キチンと話して判ってもらわんとね。でも、君のお陰で平和に事が済んだよ。有難うな?」
ポンポンと肩を優しく叩きながら、腰を伸ばして振り返り、
「……お、ツヴァイの奴、早速オーブンの使い方を研究し始めたようだな!ほら、飯の時間だから食堂に行こう!さぁさぁ!!」
そう言いながらキュビの背中に手を回し、どんどん押して先へと促していく。
「あっ!?いやそのでも何のかんの……って、何この香り……うわっ!!マジでツヴァイさんの料理なんですか!!むっちゃ美味しそうなんですけどッ!?」
芳ばしく焼き目の焦げる肉と芳醇な穀類の炊き上がる匂いが廊下に漂い、学校に来てから何も食べていなかったキュビは、猛烈な空腹と抗い難い食欲を掻き立てる薫りに目が眩む思いになり、フラフラと【食堂→】と書かれたプレートに従い進み始める。
「……さて、今日の昼飯は何だろな?……の前にっ!!……レポートかぁ……先生って辛い職業だなぁ……」
言いながら後ろ髪を引かれる思いで反対側の事務室へと戻るエンリケ。彼の後ろからキュビのはしゃぐ声が弾けるが、彼は仕方なく、……サッサと終わらせるしかないか……。と割り切り、重い足取りで事務室へと歩いて行った。
ま、そんな甘い訳有りませんが。