真剣勝負……?
ツヴァイさんのよーなお姉さんと丸の中から出ないルールでタッチ鬼ごっこをしてみろ、と言われて断れる青少年は居ないと作者は思う。
「ゴルダレオス王!ゴルダレオス王ッ!!……あー、長ったらしい名前だなぁ!……おうさま、おうさまっ!!」
……その小姓は、ちょっと下品な口調で名を呼びながら執務室へと駆け込んで来る。そう、この国の王様もその家来も、ちょっと風変わりな人達ばかり。
「コラッ!!威厳の欠片も無くなる呼び方をしちゃいかん、って毎回言ってるだろ?レミ!」
丈の短い七分丈のズボンと飾り気の無いシャツを着た小姓が執務室に入るなり、大して変わらない服装の気楽な格好の若者が叱責するが、言われた方はと言えば……、
「べーっ、だ!!おうさまに威厳だとか偉そうな感じだとか、そーゆーの全ッ然無い方が悪いんだからね!」
レミと呼ばれた小姓も負けずに減らず口で応戦している訳で……しかもアッカンベーまでやらかして。
「うわあぁ!!ムッカつく!そーいう奴を平然とやるレミってムッカつくんですけど!!」
……でも、王様の方も、同次元でジタバタしながら机をガンガン叩いている姿はやっぱりどーしても威厳の欠片も見当たらないのでした……。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「……で、どうしたレミ?遂に無い乳が凹みまくって背中と一体化したとか……イタ!痛い痛いって!!」
下品な物言いに下唇を噛みながら涙目無言で両手ボカボカを始めるレミ……どうやら女の子だったみたいですが、確かに余り発育が宜しくない模様です。
「もー頭くるーっ!!おうさまといい、どっかのバカ(↑)といい、ヒトの身体をけなしまくりやがって!!……いーもん!いつか、絶ぇ~対ッ!!超絶レベルアップ的な感じになってお前ら全員土下座させてやるからっ!!」
王様から離れたレミはそう宣言してから、……あ、そーだ思い出した!と言いつつ拳で片手をポン、と打ち鳴らし、
「……うん、土下座してもらうのは大切なことだから置いといて、エンリケんとこのツヴァイ姐さんから、おうさまに伝言が届きましたよ!」
「何……ツヴァイからッ!?……で、なんだって……?」
一国家の元首たる王様だというのにゴルダレオスは激しく狼狽えながら、伝言の内容を確かめようとしたけれど……、
「うん、確か《新しいがっこうの服たりないからいますぐもってこいゴルダレオス》だったよ~おうさま♪」
「いやあああぁ~っ!!こんなに王の地位が低い国になんて生まれたくなかったぁ~ッ!!」
思わずゴルダレオスは絶叫し、執務室から城外へと漏れてしまいますが誰も驚かず見向きもしませんでした。何せ毎度お馴染みの日常なもんですから……。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
……トンッ、トンッ、トンッ。
軽快且つシンプルなリズムで跳ねるツヴァイは、奇妙な女教師風の格好で……勿論、随所が悩ましげに揺れてますが。
「……先生、ただ押し出せば勝ち、ってことなんだよな?」
ソーテツは脱力したまま、エンリケに向かって確認しますが、彼はただ一言だけ、
「……サークルからツヴァイを押し出せれば勝ち、そんだけだが?」
正に生徒に諭すような口調で返すのみでした。それを聞いて確認したソーテツは、
「……まぁ、いいや。一応危ないから得物は無しで……っ?」
軽く拳を握り締めて徒手空拳で行うつもりでしたが、それを見たツヴァイは翔べなくなった小鳥を見つけた猫のような笑みを浮かべて、
「……ゴルダレオス王の【大遠征】を支えた《王の楯》の一人に……素手で相手するって?ソーテツ、私はともかく……旦那サマと王サマを……舐め過ぎなんじゃないかい?」
何時もの片言は影を潜め、格下の相手を蔑むような言い方のツヴァイに、ソーテツは一瞬だけ固まったものの、
「……そうですね。先生方が全力なのに、俺が手抜きしたら失礼でしょうから……ッ!!」
彼はそう言って両手を腰に回すと、何処に忍ばせていたのか鎌のように湾曲した真っ黒な短刀二振りを抜き放ち、
「……無流・双鉄……参る……っ!!」
両足を左右に開き、踏み出した左足は真っ直ぐ、下げた右足はやや開き気味に踏み締めて、実戦的な構えを取る。
「……そーそー本気でイカない男、ツヴァイ面白くない♪」
軽く足を開いて脱力したまま、片目だけ開けてソーテツを睨みながら……ツヴァイは応じ、
「どうなっちゃうの!?アレ……相当ヤバい武器なんじゃないの!?」
「はわわわわ……先生、二人とも何か変ですよ……?」
キュビはその短刀が、闇の仕事に精通している輩にとって垂涎の品、限り無く光を反射しない設えの【無明刀】とは知らないまでも、尋常成らざる構えに危機感を感じ、エミュは素人ながらもツヴァイとソーテツの間に迸る殺気を感じ取りながら……、
……ソーテツとツヴァイの一風変わった《壁役》稽古は、こうして始まった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
……ゆらぁ、っと肩から進むソーテツの動きを見て、ツヴァイは背中を這い寄る戦慄に恍惚感を覚える。
無駄な動きを一切見せぬ余り、手を挙げることも歩を進めることも予感させないソーテツの挙動は、二刀を掌中に納めているからこそ、その動きが全ての基点になると共に、通常ならば腕の筋肉の動きに注視していれば一目瞭然の筈のソーテツの行動は予測を裏切り、肩口からの突進だったのだ。
痩せていても上背の有るソーテツに対し、背丈は確実に劣るツヴァイ。豊かな胸元や妖艶な腰辺りのボリュームはともかく、男女の筋肉量は明らかに開きがあるのは当然である。
それなら武器の存在をブラフにし、体当たりでもすれば即終了だろう……誰もがそう見た瞬間、逆にソーテツの方が冷や汗をかく羽目になった。
……一瞬で体当たり出来る近さに距離を詰めた瞬間、ツヴァイはあろうことか円の端にしゃがみ込み、真下からソーテツをニヤニヤしつつ眺めていたのだ。
(……正気かっ!?そんな場所に身を寄せたら逃げ場はないぞ!!)
そう思ったソーテツだったが、彼女の余裕の笑みが意味することを悟り、《王の楯》の異名は伊達ではないことを理解する。もし彼女が武器を手にしていたら急所の腱でも切り裂いてそれで終わってしまうのだ。つまり……【私はいつでもお前を倒せるんだよ?】という余裕の現れかと思えば……真剣さも増すというものだ。
牽制の意味も含めて脚を振り上げて掬い蹴りを見舞うと、狭く限られた空間にも関わらずツヴァイは身体を立軸で回転させながらギリギリの距離で避け、しかし余裕の笑みは絶やさない。
「やるな……だが、これなら……ッ!!」
ソーテツは避けられた蹴り脚を戻しながら踵落としを狙うも、今度は身体を真後ろに倒して顔前を紙一重で通過させ、ご丁寧に投げキスまでする始末のツヴァイ。
……ブヂッ、と音がしそうな程に溢れ出す怒りの感情は、ソーテツの意識を真っ白に埋め尽くしそして塗り潰してしまう。
手加減なんてもう無理だ、相手が誰だろうと関係ない。全ての狙う箇所を人体の中でも動作に制約が有る急所へと集中させる。
自然な動作の延長線上……それは例えばボタンを締めて帽子を被り靴を履くように……両手の【無明刀】を交互に突き出す。こめかみ、喉を狙いながら微妙に狙いをずらし、タイミングを外しながら隙を詰めて回避し難くなるように……、
……速度は間違い無く最速で、動きは最小限に抑え、手首の返しだけでも動脈や腱を切り裂ける位に研ぎ上げてある。触るだけで皮膚が切れる程に……だが、それもこれも、相手に触ればの話だが……。
(《王の楯》の一人……ツヴァイッ!!……此れ程の達人が只の先生役だとは……)
ソーテツは決して円の外からしか狙っていた訳ではない。時には円の中に踏み込んで凪ぎ払いもしたが、ツヴァイは次の一手が予測出来ているからか、短刀の握りをほんの少しだけ突き上げて避け、脇腹を押して円の外にソーテツを押し出し、
「ソーテツ、力み過ぎ!柔らかく動く!」
等と言って先生らしく指導しているかに見えるが、誰の眼から見ても明らかに遊んでいるのだ。その証拠に左右から同時に刃を振り込まれた時は、正面に立つソーテツの股の間から背中の衣服を掴み、太股へ背後から脚を掛けて身体を駆け上がり、肩の上で鞍に跨がるように腰掛けてから彼の頭を撫でながら微笑んで降りたのだ。
「凄いッ!!……でも、どうしてあんな風に軽々と……命懸けのことを……」
キュビは明らかに遊んでいるツヴァイの一挙手一投足に驚嘆し、そして相手するソーテツの一振り毎が自分なら死に到るだけの攻撃だと悟り、言葉を失う。それもそうだろう……短い間ではあったが彼女も冒険者の真似事をしていた時期もあり、それなりの修羅場を掻い潜って生きてきたのだ。だからこそ二人と自分の間に広がる力量差は有り過ぎることが痛い程判った。
キュビの短観を他所に身を捩り上体を反らし、時には短刀を掌底で叩き上げたり拳の裏で叩き伏せたり……踊りや舞いに似たステップを踏みながら、額に汗を光らせて嬉々として身を躍らせるツヴァイ。ある時はソーテツの眼から視線を外さぬままその場で身体を回転させて回避し、艶やかな流し目を送る姿にソーテツは溜め息を吐く。
「……降参しますよ……ツヴァイ先生が俺より壁役として強いって、良く判りましたから」
まだまだ体力的に余裕は有りそうなソーテツだったが、ツヴァイに向かって頭を下げると短刀を鞘に納めた。
「え~?もうおしまい?……旦那サマじゃないエンリケ先生~、ツヴァイやっとスイッチ入ったとこなのにぃ~!」
だがツヴァイの方はまだまだやる気満々らしく、手も着かずにその場で背面宙返りをしてからその場で屈伸を始めたのだが、
傍らに寄ったエンリケが何やら耳打ちすると、じゃ……イイよ?と返答して踵を返してその場を後にした。
(……一体何を言ったのでしょうか……?)
(……聞いてこようか?)
(……はわぁ……や、やっぱりイイです……)
エミュとキュビはそう言い交わしながらも、やっぱり越えてはいけない一線が見えたのか辛うじて踏み留まって堪えた。年若い女子らしい賢明な判断だろう。
(……あの動き、確実に見えているからこそ出来る芸当だ……ツヴァイも、あいつらと同じってことなのか?)
ソーテツは心の中で呟きながら、見守っていたエンリケに質問する為に彼へと近付いた。勿論、全ての疑問に答えて貰える等とは思ってはいないが、かと言ってこのままにする気もなかったからだが。
……そんな相手が回避の達人だったら相当凹む。それでは次回も宜しくです。