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盾と鏃(やじり)

矛盾は矛、今回は鏃、つまりアルバレストです。……あれ?



 「ああ……御父様、御母様……私を今まで立派に育てて下さって、本当に有り難う御座います……私はこれから……」


「盾を上げる!……いや、下は絶対に地面から離すなよ?」


エンリケ先生が落ち着かせる為にエミュに語り掛ける。背丈程有る大きな盾を掲げながら彼女はツヴァイ先生の方に身体を向けて、しっかりと構えるけれど……、



「うん!旦那サマ……じゃなくてエンリケ先生の言う通りにしよーね!そんじゃ、イッキま~す!!」


……うん、目の前の連装バリスタを準備し終わったツヴァイ先生のとびっきり明るい声が……物凄く場違いなのです。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……いや、確かに盾役の専門学校だから、盾が沢山あるのは当たり前なんだけど……これ、どういうことなんですか?」


キュビの問い掛けはエンリケにとって、非常に理解し難いものだった。


「ん?盾が沢山あるのが、そんなに不思議か?」


エンリケの言葉とは裏腹に、その光景は見る者を凍り付かせるだけの迫力に満ちていた。


手前から木の板に革を張り付けたバックラー、それよりも重量感の増した肘まで隠せる握りの付いた物に、厚い樫の板に薄い鉄板を張ったミドルシールド、更に厚みのある鋼で覆われた円形のラウンドシールドに、五角形に近いカイトシールド、さらに長く重そうなタワーシールド……と、エンリケが指差しながら教えてくれれば……成る程、と思えるのだけど、更に上部に捻れた鹿の角を着けたバックラーや、下部に怪しげなバネ仕掛けを取り付けた楕円形の盾に、覗き窓の付いた長方形の盾やら、小柄なキュビやエミュなら全身が隠せそうな巨大な物まで……多種多様種々雑多な盾盾盾……。


「うわあぁ……何だか酔ってきちゃいそう……革と鉄と木の匂いだから?……でも、何なんだろう……何かイイ匂いも……ッ!?」


そう言いながらキュビが辺りを見回すと、何故かエンリケ先生とツヴァイ先生が落ち着きを無くしながらソワソワしていて、彼女は内心、《……こんなとこで何してんですか?ナニしてんですか!?》と思ったりしなかったり……。


「……確かに盾の種類は多いが、盾役タンクの学校と銘打つ割には武器の種類が少な過ぎないか?」


腕組みしながら見回すソーテツは、部屋の片隅にポツンと置かれた数種類の在り来たりな武器に眼をやると、つまらなそうに鼻を鳴らしてエンリケ先生の方を見る。


彼の主張もその通りで、目に付く盾と比較しても十種類程度の簡素な武器類が、控え目に並ぶだけ。ただ、盾役向きのチョイスなのだろう、片手で扱える様々な種類に統一されている。


「うん!良いところに眼を着けたね!流石は戦闘職経験が……あ、いや!別にキュビ君を揶揄してるつもりはないからなっ?」


何か感じ取ったのか、エンリケがキュビに向かって慌てて言い繕うのだが、当の本人は然程気にしている様子もなく、


「あ、ハイ平気ですって言うか……ねぇ先生」


「ん?あ、ああ!先生ですっ!!……で、何か?」




「……アレ持って盾持ったら……ワタシ、もう魔導士って言えたモンなのかしら?」


キュビが指差す先に有るフレイル(長短差の有る持ち手と殴打部に別れた二節棍)と、そしていかにも【聖職者向きの十字架を模した盾】の組み合わせに、


「プフッ♪可愛らし~プリーステスちゃん!グッドコスプレです!」


全く空気を読まないツヴァイ先生は何故か嬉しそうに親指を揚げながら拳を突き出して、キュビに《持ってみたら?》と促した。


止せばよいのにキュビも悪乗りし、ブカブカのヘルメットを被り盾とフレイルを持った彼女は……、嗚呼!何てことでしょう!誰がどう見ても【駆け出しの幼い僧侶職】にしか見えません!!


「あははははははははっ!!キュビ、カワイイッ!!学校のマスコット役!ねー、旦那サマじゃない先生!?」


爆笑しながらエンリケを促すツヴァイに、どうしたものか?と困惑するソーテツだったが、空気を読んだ彼は彼なりに小さくフッ、と笑いつつヘルメットを取ってやりながら、


「キュビ、ヘルメットの前後が逆だ。それじゃ前が見えない」


と被らせ直し、ポンポンと頭を優しく撫でてから、


「……で、最初の授業は何をするつもりなんだ?」


と、生徒らしく尋ねたのだった。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……と、言う訳で!エミュ君……早速で申し訳ないが、コレ持ってアレの前に立ってみてくれない?」


エンリケはそう言いながら来た時のままのヒラヒラとしたフリル付きのフレアブラウスとスカート姿のエミュに、巨大なカイトシールドを手渡しながら持ち方を説明し始める。


「まず、この持ち手の手前にあるベルトに手を通して……そう、そんな感じ。それから上に向かって握りを掴んで……」


「はい、こうですね……結構重たいですが、持てないことは……うん、片手じゃ無理ですねぇ……で、そこの円の中に進むん……ですね?」


戸惑いながらも言われるままに装備しながらエミュが対面したのは……、



「ジャジャ~ン♪……王立盾役専門学校初装備(当たり前だが)!!……対グリフォン用四連装バリスタ~!!」


……それは複雑怪奇な巻き上げ機構を備えた、四つの射出孔付きの凶悪且つ巨大な器械……つまり、そういう物である。その大きさはエミュやキュビの背丈を遥かに超え、おまけに射出孔から突き出した槍の先端部の太さは……二人の腕並み。鈍色の鋼鉄の(やじり)が無機質な光を放つ。


ガチャガチャと騒々しい音を立てながらクランクを回すツヴァイはとても嬉しそうだが、その表情は単純労働による高揚感に因るものか、或いは嗜虐感を喚起され興奮しているからなのかまでは、キュビには判らなかった。


「あの……どこからどう見ても……過剰殺戮(オーバーキル)なんですが……」


盾の裏側で御父様御母様……と白眼がちで呟き始めるエミュを尻目に、彼女はエンリケに訴えてみるものの、対する彼はほんの少しだけ考えてから、



「……勿論打ち出すのは、一本だけだから心配要らないぞ?ついでにあのバリスタは遥か先の樽も粉々に出来る強力な鉄バネ仕様!先ずはそんな強烈な槍でも上手に構えれば貫通しない、ってことを身を以て体験してくれ!」


「旦那サマじゃなくて先生ッ!!それじゃイクよっ!!」


ガチンッ、とクランクの下に伸びるレバーを引き上げて留め金を開放……


「きゃああああぁ~っ!!御母様ぁ~ッ!!……あ、あれ?」


恐る恐る盾の横から顔を覗かせたエミュが見たものは……未だ発射せずに固定されたままのバリスタの槍と、射出装置の裏側で照準を覗き込みながら……何故かやや恍惚気味の表情を浮かべたツヴァイの姿だった。



「はぁあぁ……あ、これ別のレバーだった。本命はコレッ!?今度こそ本気でイクよーッ!!」


今度こそ確実に発射されたようで、ゴッ、と射出器上を瞬時に滑走し一瞬でエミュの保持したカイトシールドに到達した槍は……、


ガッキュンッ!!と激しい打撃音を響かせながらもシールドに阻まれ、槍はキュビのこめかみスレスレを猛烈な勢いで通過しながら遥か彼方まで飛び去っていく。


「……え!?……何コレ……わわわっ!?私、頭から血が流れてるじゃん!!一体何がどーなってんのよ!!」


慌てる彼女の脇からソーテツが手を伸ばして薄い布を傷口に宛がい、そのまま抱えるように彼女の頭を手で包み込みながら、


「……君は運がいい。本当なら額のど真ん中に突き立つ筈だった槍が自分から外れて行ったんだぞ?……だから安心するんだ。……しずかに、するんだ……判ったかい?」


「……は、はい……運がよかった……運が……よかった……よかったぁ……」


そう言いながらクタァ……と崩れるキュビ、そして背の低い彼女に付き合って腰を屈めていたソーテツはと言えば……、


「……ふぅ。これ位でへたれていたら先が無いぞ?王国に並ぶ者無し、と詠われた《盾役》の二人が先生役なんだからな」


まるで水を吸わせた繊維か何かのように、くにゃりと身体を伸ばしながら立ち上がり、エンリケとツヴァイに向かって一言、



「……それじゃ、続けてお手並み拝見、といきますか?先生方……!」



……ニマァ♪……と、さも愉しげに笑いながらサークルの真ん中に仁王立ちするツヴァイ、そしてその様子を頼もしげに眺めるエンリケは、



「うん、それじゃお手本のお披露目だ。ツヴァイをその円から押し出してみなよ?」


全く動じることなく言い放つと、腕組みしながらソーテツを促した。



お読み頂きまして有り難う御座います。話の流れはゆっくりと続きますが、ブクマ及び評価して頂ければ執筆ペースが上がります!!

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