餌と釣り針
明日の休みが金曜日に変更となったので、とりあえず本日分を更新します。
「……さて、この辺でこの馬車の車輪に不具合が起きて、修理を余儀なくされる感じなんだが、質問はあるかい?」
エンリケは柔和な態度でそう言ったものの、学校では見たことの無い盾二枚のうち一枚を左手に持ち、右手にも同じ意匠の飾りが付いた盾を持つ彼の眼差しは普段とは別人で、キュビはブンブンと首を横に振るのが精一杯だった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
軍人の家で育ったエミュから見ても、類似の意匠の盾は見たことがなかった。
外見は普通のミドルシールドだったのだが……五角形の尖った先端部周辺には櫛の歯型のギザギザが付き、何やら意味有げな突起があったり……とにかく見たことの無い形状なのは間違いない。
「先生……その盾は何ですか?」
「これか?【大遠征】に持って行った盾の一つだ。俺の知る限り、この世界に唯一無二の盾じゃないか?」
自慢するでもなく、ただ淡々と説明しながら帽子を目深に被り、茶色のマント、そして使い古した革鎧と脚部の防具を付け、馬車から降り立ち後方を睨む。
「……そうだ、さっき馬車の中で渡した短刀はちゃんと持って居るか?」
「えっ?……あ、これですか?」
馬車から降りてきたキュビとエミュは各々が持つ紫色の鞘に収まった短刀を手に取ると、確かめる為に鞘から抜き放つ。
その刀身にはうっすらと透明な液体が滲んでいて、何処と無く不穏な雰囲気を醸していた。
「……先生、これって……もしかして……」
「……俺とツヴァイは、君達の安全を最優先にするつもりだが、何事も完全と言うことはない。……もし、望ましくない結果に帰結することが決定的になった時は、それを自分に使って構わない。その為の自決用の毒付き短刀だ。苦しまずに死ねる」
……その言葉を二人が反芻する暇もなく、後方から複数の騎馬の近付く音が響き、自分達が何らかの勢力に絶えず尾行されていた事実を否応なく思い知らされる。
十五騎程の武装した男達が現れて、馬車を取り囲む。馬から降りた彼等は遠巻きにしながら近付いては来ないので、
「……もしかして、人違いだって……判っていただけたんでしょーかねぇ?」
キュビは何と無く言ってしまうのだが、そんな彼女の心境をぶち壊しにする声が男達の中から響き渡る。
「おいっ!?……何でこんな所に情報屋のあんたが居合わせてるんだよッ?」
見れば明らかに荒事に長けた兵隊崩れらしき、傷面の男がエンリケの姿を認めると、語気強く畳み掛ける。
「いやぁ……話すと長くなるから、さっさと俺達の養分になってくれ……」
だが、エンリケは全く動じず、更に相手を挑発すると両手の盾を掲げ持ち、口元を緩める。そんな彼の態度に業を煮やしたのか、男は無言で抜刀すると周囲に向かって発破を掛けようとしたが……エンリケの両隣に立つキュビとエミュを目敏く見ると、下卑た笑みを浮かべながら、
「……何だよおめぇ、詫びのつもりだか知らないが……少々青臭いのと中々の上玉連れてるじゃねぇか?とんだ無駄骨の埋め合わせになるかは知らんが、まぁ散々楽しませてもらってから売り飛ばせば路銀の足し位にはなるか……?」
低く笑い声を上げる男達の様子に凍り付きかける二人だったが、エンリケはキュビとエミュに諭すように、
「……これから乱戦になるが、援護が入るまで耐えろ。それまでは訓練したことを教訓として生かし、壁役の仕事を全うしてくれ……」
そう語るエンリケに、二人の娘は力強く返答する。
「……先生、私達は馬車と御者さんを守り抜いたら勝ちなんですよね!?」
「討って出なければ人数は関係は余り無い……と思います」
決して背伸びではない言葉に、違う意味で口元を綻ばせたエンリケは、内心先程渡した自決用の短刀は必要ないだろう、そう思い直した。
……精々暗くなるまで耐えれば、いいのだから。
幕間的な話が続きます。ゆっくりながら次回はギシガシと乙女が殴る回です。




