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入学願書は送付済み

じゃ、始めます。




 世界はとても平和でしたが、それは束の間。いつか必ず天地がひっくり返る程の何かが起きてもおかしくないのです。だからこそ【備え有れば憂い無し】。さて、そんな訳でこの国に防御職を養成する学校を作ることになりました。もちろん自腹なんかじゃありませんよ?


ここは王政国家「ゴルダレオス」。王のゴルダレオスはとても気さくな人物で、国民からは「もっと威厳を」「もっと貫禄を」「やる気はあるがヤル気は無い」「適当過ぎて笑える」「とっとと結婚しやがれ」「王の名前が国の名前とか手抜きだろ」等と穏やかに慕われています。たぶん。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳




「のどかだなぁ……ツヴァイ」


「あい、旦那サマ!」


エンリケは真新しい平屋の建物の屋根に横たわり、黒髪を靡かせながら流れる雲を眺めていた。真っ白な大きい雲が、ゆっくりと視界の中央を流れていく。


「旦那サマ、ツヴァイとお昼寝するか?」


「駄目。ここは学校!俺とツヴァイは先生な!だから、ここに居る間は夫婦でも二人は先生なの!判った?」


ツヴァイは暫く黙って傍らのエンリケを眺めていたが、不意にニッコリと笑いながら納得したようで、明るく応える。


「旦那サマ!お昼寝しない先生になる!二人は先生ね?」


「……微妙にずれてる解釈なんだよな……まー、いいか」


褐色の肌に白く長い髪の毛のツヴァイは、ハーフエルフと人間の混血児で、クォーターだからどちらに近いのかは良く判らない。髪の色と肌の色だけ見ればダークエルフなのだが、普通の長さの耳と柔和で穏やかな顔立ちはエルフらしさの片鱗も無い。


「ツヴァイ、今日こそ生徒が来る筈だから、その限り無く半裸に近い格好は二人っきりの時だけにしとけ?」


ツヴァイはエンリケの指摘を軽く受け流してから、タンクトップとショートパンツだけの悩ましい格好をじーっと眺めてから、


「旦那サマ、ツヴァイ全然寒くないよ?いつも旦那サマが温めてくれる!」


「いや……そーじゃなくて!だからさぁ……そう、知らないヒトに会う時は要らぬ欲求を高める必要は無くて……ツヴァイ!!お前のそーゆー姿は俺だけのモノだから誰かに見せたら俺が困る!!判った!?」





「……あー。ツヴァイ、旦那サマだけのモノ、欲求を高める格好は慎むべきあるな!!」


「おまえ、確実に理解しながら判らない振りしてるだろ?」


エヘヘ♪……と、楽しげに笑いながらツヴァイは立ち上がり、屋根の端に立つとそのままエンリケの方を見ながら真後ろにトンッ、と跳ね、ふわりと髪の毛を舞わせながら足先から真っ直ぐ落下していった。



(……旦那サマ!……ツヴァイ、先生っぽい格好するか!?)


「しとけしとけ!校舎ん中にそれっぽい服の一着位あるだろー?無かったらゴルダレオスに頼んどけ!」


(……ゴルダレオス、オーサマだから持って来ない!)


「そりゃーそーだが、ゴルダレオスに伝わらないと学校に支援の手は伸びないからなぁ。そこは何処でも顔パスのツヴァイの方が有利なんだよ!」


(ツヴァイ、顔も胸元も広い!好人物!!)


「それ、胸元じゃなくてフトコロだからな?……それと向こうからやって来る連中はツヴァイも見えるか?」


(ツヴァイ、よーく見える!女二人と男一人!女二人、私より胸無い!)


「あー、そこは全然必要ない知識だから。俺の知りたいことは女性の体型じゃなくて、ここにやって来る生徒かどうかだから~」


そこまでやり取りしていたツヴァイが静かになり、遠視能力を駆使して精査に努めていた様だったが、それにも飽きたらしくガチャリと扉を開けて建物の中に入った後は、外に出てこなかった。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



乗り合い馬車から目的地の二つ岩の草原で降りた客は三人だった。つまり、この辺鄙で目指すような場所は件の学校しか存在しない為、私以外の二人は【同級生】と言うことになる。

勿論いきなり誰とも知らない奴と、仲良く手を繋ぎながら学校に行くつもり等毛頭無いし、まず他の二人が入学希望者かも確証は無いのだ。


一人は私と同年代の女性で、フワフワとしたボリュームのある髪の毛と色白の肌の組み合わせがお姫様っぽかったので、私は勝手に【ヒメ】と渾名を付けた。


もう一人はヒョロッとした背の高い男性で、何となく闇の仕事人!っぽかったので、私は勝手に【あんさつしゃ】と名付けた。それに顔を頭巾で隠すとか……本当にそんな仕事をしてきた……って感じ。ただ、今は別に怖くはない。


私は何故か二人の先を歩き、二つ岩の草原を横切りながら、目的地の白い建物が見えてきたことに安堵したせいでついこぼしてしまった。


「うわああぁ~!!何でだろう……今更やっぱり戻るべきだとか考えてるよ……ねぇ、御仲間(カメラート)!私達、あそこの学校に向かってる御同輩なんだよね!?」


「……御同輩、か。俺はソーテツ。アンタは?」


「うぅ?私っ!?……私はクビュラルカ・レツュルュイラム……あ、あの!簡単に呼びたい時はキュビって呼んでいいよ?」


「キュビって呼んでいいんですか?じゃあ、私のことはエミュって呼んで下さいませ!」


元気に答えたもう一人の女の子は、自らをエミュと呼ばせようとしてるけど……エミュが略称になる名前なんて、王族に名を連ねるアドミラル家の第三女エミュレタリア様しか思い付かないんですが……ただ、なんでだろう……彼女の背中に背負われている物体が【モルゲンシュテルン】(※①)にしか見えないんですが……。



(※①)モルゲンシュテルン→独語で明けの明星の意。スパイクの付いた鉄球を先端に取り付けた鈍器。武器。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「お……おお、おおお!!せ、生徒がやって来たのか!!ツヴァイ!とうとう俺達が先生になる時が来たぞ!」


「あー、確かに先生、でも生徒が先生より一人しか多くないか?これはマンツーマン体制じゃないし、マンモス学級でもないね旦那サマ!」


私達はやや興奮気味の男性(いかにも前衛向きなタイプ)と、穏やかそうな銀髪褐色の女性(ええ確かに負けてますよ!……色々な箇所が!!)が出迎えてくれたのですが、二人とも妙な格好で……正直コッチが困りました。


男性の方はシャツに蝶ネクタイ、そして黒のズボン。そして女性の方はと言えば……黒いスカートとチョッキ、そして真っ白なシャツの組み合わせはともかく、真っ赤な眼鏡はレンズ無しの伊達眼鏡で、おまけに黒いニーハイソックスを穿いていて……何か少~しだけ、先生っぽくないなぁ……そう思いました。


「……ええっと、連絡のあったソーテツ君は……君だね?」


「まぁ、そうだろうな。色々と世話になるが、宜しく……お願いします」


ややぎこちない話し方のソーテツさん。次に名前を呼ばれたのはエミュレタリア……エミュさんだったけど。因みに声は結構高くて女の子っぽかった……。


「エミュレタリア……確かに長いな。エミュか……」


「はい!御父様から此方に来れば花嫁修業に箔が付くと御墨付きを頂きました!」


うーん、そんな理由で娘を送り出したお父さんを尊敬してしまいそう……。


「クビュラルカ・レツュルュイラム……舌を噛みそうな名前だな……クビュラルカ……って、あのレツュルュイラム翁の孫かよ!?」


「あ、おじーさまを知ってるんですか?だったら話が早いですね!」


私はおじーさまの知り合いなら先生がそれなりの立場のヒトなんだって思って、少しだけ安心しました。だっておじーさま(宮廷魔導士の偉いヒトだったみたい)が「ワシの名前位知らんとモグリじゃから信用するな」っていつも言ってたから。


「あ~、三人とも前職は……暗殺者に魔導士か……あれ?エミュさんは家事手伝い!?ってことは本当に職務経験無しなんだぁ……はは、何だか笑えてきたなぁ……」


先生はそう言うと暫くボーッとしてましたが、それでも急に真面目な顔になると、唐突に叫んだのです。



「さてっ!!王立壁役専門学校の開校といこうじゃないか!!ここには古今東西の盾と防具が揃ってる!俺はゴルダレオス王と昵懇の間柄で、彼の大遠征に付き合ってあちこち連れ回されてな……お陰で嫁のツヴァイとも出会った訳なんだが……まー、それはいいか。とにかく!三人には立派な壁役になって活躍してもらいたい!そんな訳で今日から実践的な授業を開始していく!」


そこまで語ると、まぁ、そうは言っても共同生活込みの日々になるから、各々が暮らす部屋とかも案内するが……と前置きしてから、


「この校舎は宿舎も兼ねてるんだが、基本的に男女別々の部屋に寝泊まりして貰うからな?ソーテツ君は西側、エミュとキュビの二人には東側の部屋を用意してあるから、そこに荷物を置いてきてくれ。ツヴァイ、二人を案内してくれな?」


「あい!さー、コッチコッチ!エミュとキュビはうら若い乙女だから部屋に鍵をしっかり掛けて寝るんだよ?でもツヴァイみたいに旦那サマと寝泊まりしたいなら何時でも言っていいぞ?」




「……あの、ツヴァイ先生って、普通で……いつでもああなんですか?」


ワタシは出来るだけ柔らかく言ったつもりだったけれど、エンリケ先生は少しだけ残念そうに……でもどこか誇らしげで、


「うん、ツヴァイは自慢の嫁だ!しかし種族的な倫理観に乏しいクォーターエルフだから……うん、はっきり言っちゃうと複数婚が常識な種族だから、あれが通常営業だ!」


そう断言すると、何故かスッキリと清々しい面持ちで校舎へと向かって歩き始めました。ああ……この先生、そしてツヴァイ先生……二人とも相思相愛のドスケベ夫婦だけど、いいヒトみたい……たぶん。


それじゃまた。

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