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春の黒猫

作者: 姫蝶 火織

 気が向いたので、ちょっと短編も書いてみました。

 連載の方の更新はもうしばらくお待ち下さい。

 ある日、私の夢の中に美しい毛並みの黒猫が現れた。

 その猫は一日にひとつ、「ことば」をくれた。

 そして、現れた日の一週間語を境に、忽然と姿を消した。



 初日、私はいつも通りの日常の中で、今日も疲れて床に就く。

 一人暮らしというものは想像以上に大変だ。両親は母方の祖父と一緒に田舎で暮らしている。祖母はほんの数年前に帰らぬ人となった。父方の祖父母は若くして戦争で亡くなったそうで、ほとんど面識がない。

 私は目覚ましをかけ、ひとつ欠伸をして眠りに落ちてゆく。カレンダーには、明日も明後日も特別な予定は書かれていない。いつも通りすぎる日常だ。

 それでも季節は巡り続け、もうすぐ春がやってくる。


 私は桜の木の樹下に座り、本を開く。本には何も書かれていない、真っ白な頁がただただ並んでいる。

 暖かな日差しに包まれて私がうとうとしていると、いつのまにか黒猫が傍にやってきていた。その猫は本に触れ、膝の上で私にひと撫でふた撫でされると、ゆっくりと帰って行く。

 何となく気になって再び本を開いてみると、そこにはこんな言葉が残されていた。


 考えることは行動をしやすくする。でも動かないと始まらない。



 二日目、私は今日もいつも通りの日常を過ごして、家に帰ってくる。いつもと違うところといえば、帰りが少し遅いということ位だ。昨日までは比較的暖かかったが、今日は寒い。ゆっくり風呂に入り、身体を温めてからベッドに向かう。そしてゆっくりと眠りに落ちた。


 私は昨日と同じ木の下にいる。今日は黒猫が本の上に座って待っていた。そして私のことを眺め、不満そうに「ニャー」とひと鳴きすると去って行った。思えば、今日は寝るのが随分遅くなってしまった。

 私は残された本を開く。昨日の次の頁に、こんなことばが載っていた。


 夢は叶わないこともある。でも、夢を叶えようと努めることで見つかる夢もある。



 三日目、今日は昨日のことを反省し、少し早く帰って来た。たった二日しか会ったことがないはずなのに、あの黒猫にはどことなく懐かしさを感じさせられる。また、あの猫が本に書き残すことばには励まされる気がするのも確かだ。

 明日は暖かくなるらしいから、もしかしたら桜が開花するかもしれない。そんな事を考えながら、私は意識を手放した。


 今夜も桜の木の下にいる。黒猫はまだ来ていないようだ。

 私が本を手に取ると、黒猫は木の後ろから出てきた。そして前足で可愛らしく本に触ると、私にじゃれてくる。少しの間遊ぶと、猫は私の腕の中で寝息をたてはじめた。私は余っている方の手で本を開き、中を確かめる。

 今日はこんなことばが書かれていた。


 人に助けてほしいなら、日頃から誰かのためになること。



 四日目、今日は祝日だったのでゆっくり休めた。今日も猫は来るのだろうか? 期待と共に、明日への備えという意味も込めて早めに支度を済ませる。

 今日、多くの地域で桜の開花が発表された。そういえば、夢の中で桜をしっかりと見たことは無かった。見れるなら桜を見てみよう、そう考える自分を少しおかしく思う。なにせあれはただの夢なのだから。


 勿論今日も木の下にいる。今日も黒猫より先に到着できたようだ。見上げてみると、桜が六割ほど咲いている。少ししてから黒猫は樹の枝から飛び降りてきて、私の隣に音もなく着地した。

 いつも通り本に触ると、黒猫は私と一緒に寝っ転がる。私はそのままの体勢で本を手に取る。

 そこに記されていた今日のことばがこれだ。


 人に影響され過ぎず、自分の意志をしっかり持つこと。



 五日目、今日も早めに身支度を終えた。どうもあの黒猫のお陰で、生活習慣が良くなっている気がする。

 最近の励ましのことばと、猫本人の癒しに何かお礼をしようと考え、私は床にミルクを置いておいた。飲むか否かは別問題として、これ位しか思いつかなかった。

 そして今日も猫と会うのを楽しみにして眠る。いつしか夢の中に黒猫がいるのが当たり前になっていた。


 いつものように黒猫を待つ。本には四ページぶんしか書かれていないが、猫とのふれ合いの時間はとても長く尊いものに感じられた。

 今日も猫はやって来て、私と一緒の時を過ごして帰ってゆく。

 今日、黒猫が残したことばはこれだ。


 自分を信じて疑わないこと、それは何よりの活力になる。そして自信に繋がる。



 六日目、昨日置いたミルクはきれいに平らげられていたので、今日も置いておく。今日は寒かったので温めておいた。

 どうも黒猫が夢に現れるようになってから色々なことがうまくいく。不幸の象徴とも言われているが、私に言わせればとんだデマである。

 そして今になって黒猫がいつまで夢に居続けてくれるのかと考える。いつまでもいるとは思えないが、いなくなったら寂しくなるだろうとも思う。来るのも突然のことだったから、そこに手掛かりがあるのかもしれない。

 あれこれ考えているうちに、眠りに落ちていた。


 今日も黒猫はやって来る。いつも通り本に足を乗せると、いつになくじゃれついてきた。私も楽しいので、遠慮なく撫でまわさせてもらう。かなり遊んでようやく猫が膝の上で寝付くと、私は本に手を伸ばす。

 そこにはこんな黒猫のことばが書かれていた。


 自分が夢中になれる事、やっていて楽しいこと、それを見つけるのが一番大事。



 七日目、今日もいつものようにミルクを置き、早めに寝る。結局、昨日の問いの答えはまだ出ていない。しかし、今の幸せな時間を存分に楽しむことも重要なのかもしれない。

 今日は暖かかった。もしかしたら夢の中の桜も満開になる頃かもしれない。


 予想通り、桜は満開だった。辺りの地面は綺麗なピンク色に染まっている。本を眺めて猫を待っていると、本に題名がないことに気が付く。いつかこの本が完成したら、題名を書くのだろうか?

 そうこうしていると黒猫がやって来る。本を差し出すと足を乗せ、今日は遊びたがる様子も見せず、私の前に座った。そこで行儀よく「ニャー」と鳴くと、猫は寂しげに去って行く。

 帰り際、別れを惜しむかのように振り向いたのが何とも人間らしかった。


 本を開くと新たに書かれたことばは無い。だが、白いままの頁はまだまだ残っている。

 ふと表紙に目をやると、そこにはこんな題名が書かれていた。

 「夢の叶え方」


 題名を見て、私は納得した。「残りの白いページは、自分で書け」そう言われている気がしたから。



 私は夢から醒め、そして今日がお彼岸の明けだと今になって気付いた。


 枕元には本、それと猫耳カチューシャが置かれている。

 なかなかユーモアのある猫だった。

 最近は彼岸を知らない人が多くなって、少し寂しいですね。

 わかる人なら「春」「一週間」あたりで気がつくのでしょうか。とっさに分かった方、ぜひコメント下さい! 勿論そうでない人からも大歓迎です。

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