二人だけのクリスマス
バイトから帰ると、翔真とママが封筒を挟んで真剣な表情で話をしていた。
「二日と三日は、実家への挨拶回りでいいんだよね」
「パパは三十日から五日までしか休みがないから、例年通りの予定のはずよ」
「それにしたって、僕らにお金を使い過ぎじゃないの?」
「必要なモノなら出してあげますよ」
「それにしたってコレは……」
何か分らないけど、お正月の予定を話しているみたいだ。初詣前の事も話しているのだろうか? 慌てて二階に上がり、着替えもそこそこにリビングに入る。
「どうかしたの?」
二人は話を中断して顔を見合わせると、私が座るのを待って翔真が封筒を差し出す。
「父さんから。早めのお年玉だって送ってきたんだ」
中身を見ると臨海部にあるホテルのチケットのようだ。
「どういうこと?」
「正月の予定を聞かれたから、この前話していた事を正直に話しんだ。そうしたら、正月は一緒に過ごしたいからって送って来たんだよ」
「あ、あぁ」
パパにもママにもバレてしまっている様で、目が泳いでしまう。でも許してもらっているのなら、素直に甘えてしまっても良いのではないかと思うのだけど。
「翔真はどう考えているの?」
「え、真理佳さえよければ使わせてもらうつもりだよ。ただし、日程的に赤点も補習も無しってのが条件だけどね」
「外泊したので補習に出れませんなんて、ママは恥ずかしくて連絡できませんからね」
「私、全力で頑張る。だから行こう!」
早速パソコンを立ち上げて、ホテルの場所や部屋の写真を確認する。
ロビーや部屋は落ち着いた感じの一般的なホテルで、最上階にはバーラウンジやレストランがあるけど、クリスマスシーズンなのでコース料理などは手が出ない金額だし、予約は既にいっぱいの様だった。部屋のタイプはいくつもあるけど、どこもゆったりした作りのようでウキウキしてくる。
そういえば、少し前にテレビでやっていたお店が近い。クリスマスプレゼントを貰うつもりは無かったのだけれど、翔真は気にしていたから店をまわりたがるはずだし、せっかくだからこのお店でご馳走してもらおうかな。
ここのところ、お金の使い方が荒くなっているのが気になっていた。私がおねだりしたのも有るけれど、ネックレスやデート代は翔真が出してくれているし、ベッドとそれに伴う寝具一式も二人で出し合っている。教習所の費用も結構したし、バイトをしているとはいえ使い過ぎ感は否めない。
そんなだから、クリスマスプレゼントを貰うつもりは無かったけれど、食事代を出してもらう事で済ませてしまう事にした。
◇ ◇ ◇ ◇
二学期の終業式を迎えて二人して安堵の溜息をつく。
なぜなら、真理佳の成績がかなり上がったおかげで、追試だ課題だと言われずに済んだからだ。僕はと言えばクラスのトップになり、担任から「去年も頑張っていれば、もっと良いところに行けたのにな」と嫌味を言われてしまった。
二人して母に通知表を見せて安心させると、私服に着替えて荷物を持って外出する。向かう先は臨海部でそのままホテルに外泊となる。
一月ほど前になるが、父を安心させようと『公務員試験の二次試験通過の通知』を写メして父に送ってあげた。すると珍しい事に電話をかけてきた。
「翔真、合格おめでとう。ところで、年末年始は家に居られるのか?」
「特には予定が無いけど、大晦日から元日までは真理佳と二人で過ごすよ」
「初詣か?」
「それもあるけど、都心のどっかでホテルでも入ろうかと話している」
「初詣は?」
「近所で済ますつもりだけど。――ホテルには触れないんだね」
てっきり反対されるものだと思っていたので、意外な感じがしていた。
「あぁ、無論反対だよ。補導でもされたら面倒だし、部屋を探してうろうろしてる所を見られて、噂にでもなったら真理佳がかわいそうだ」
「僕は構わないとでも?」
「そんなことは無いが、年末年始は4人で過ごそう。な、せっかく揃うんだから、外泊なんかしないで家に居てくれ。お年玉をはずむからさ」
「とりあえず、帰ってきたら話そうよ。真理佳だけでなく、父さん達にも嘘とかつきたくないから」
父がワガママな発言をすること自体珍しいのだが、まだ早いと思っているならハッキリ言えばいいのに、随分と回りくどい言い方をしたものだと苦笑いが漏れてしまった。
それから数日後に封筒が届いたわけだが、中身はこれから向かうホテルの予約チケットと「最後のお年玉だよ」と書かれたメモのコピーだった。夫婦そろって何をとも思ったが、ありがたく使わせていただく事にして電車に揺られる。
やってきたホテルは、繁華街に隣接している割には落ち着いた感じの建物で、ダブルの部屋に案内される。中層階なので窓から見る景色はたいしたことは無いが、内風呂が広くて浴槽がゆったりしている。
「これなら二人で入れそうだね」
「一緒に入りたいのかい?」
「いや、恥ずかしいけど……。翔真が望むなら応えようかなって」
一緒に寝るようになってからは、一線を超えない程度に触れあっているし、着替えをしている所も見たりしている。それでも、明るい所で裸を見せ合うとなると、恥ずかしさもあって躊躇してしまう。少し気分を変えた方が良いかもしれない。
「外はクリスマスの装いだから、少し見て回らないか。ベッド買ったから要らないなんて言っていたけど、なにかプレゼントはしたいんだよ」
一旦ホテルを出ると、真理佳に連れられアウトレットモールへと向かうが、そこは既に福袋が並ぶ状態。専門店の立ち並ぶ一角まで足を延ばすが、ここまで来てしまうと予算に見合うお店自体が無い。
「それじゃ、ちょっと贅沢なディナーをご馳走して」
最初からそのつもりだったのか、そう言うと迷うことなくお店に向かう。たどり着いたレストランは落ち着いた内装で、テーブルの間隔が広く、会話を邪魔しない程度のBGMが流れているとても良い感じのお店だった。
「実はテレビで紹介していて、一度来てみたかったんだ」
「プレゼントが食事で良いのなら、食後のケーキも付けていいよ」
「やった〜」
真理佳の希望通り、クリスマス限定のコース料理とケーキを頼む。運ばれてきた料理は熱めのクラムチャウダーに始まって、温野菜のサラダにローストチキン、皮がパリパリのバケットなど、薄味ながらも美味しいものばかりだった。
食後の紅茶を飲んでいる前で、真理佳はブッシュドノエルにご満悦な様子だった。ケーキを食べ終わると満足そうに手を合わす。
「ごちそうさまでした。たいへん美味しかったです。は~、満足」
美味しい夕食を済ませて店を出ると、日はとっぷりと暮れて冷たい風が吹いている。それでも気恥ずかしさも有って、夜景を見ながら海辺を散歩するが、いつまでもそうしている訳にもいかない。
「そろそろ、戻ろうか」
「うん」
ホテルに戻ると、部屋を暗くして順番にお風呂を使い、指輪だけを身に着けた姿でベッドに入り、ゆっくりと体を重ねる。
初めてのそれは、どうすれば良いか解らないほど初心ではないが、お互いがお互いを気遣い過ぎて、長い時間を費やしてしまった。
しばらくして、放心状態から戻って来た真理佳が囁く。
「その、気持ちよかった?」
「うん、幸せな気分だよ。その、真理佳は?」
「えっと、少し痛くってよく解らなくなっちゃったけど、でも幸せ」
夜も更けて来たので、恥ずかしがる真理佳を後ろから抱きかかえる様にして一緒に湯船に浸かり、先々の事について話をした。
「とりあえずお互いの仕事は決まっただろ。家から通わせてもらうから家賃は要らないとは言っても、生活費を家に入れた方が良いだろうし、その他にも貯蓄もしないとな」
「そうだね、いつまでも甘えてばかりじゃダメだもんね」
「あぁ、それでも新婚旅行くらいは行きたいだろ?」
「それはね。でも、国内でいいよ。二泊三日くらいで、美味しい海の幸が食べれる所がいいな。飛行機より電車が良いかも」
「三月の初めごろで探してみようか。あとは写真かな」
「写真? なんの?」
「結婚式は上げられないけど、ウエディングドレスの写真くらいは残しておきたいと思ってさ。そういったサービスも有るらしいから、探してみようかと思ってる」
「式場ではなかったけれど、ちゃんと両親の前で誓いを立てたんだから、あれが私たち流の結婚式だったんだよ。でも確かに写真は残しておきたいかも」
「母娘でドレス選びとかするのも、親孝行じゃないかな?」
「だね。ママに話してみるね」
そこまで話して風呂から上がり、ベッドに入ると直ぐに眠りについた。




