第8話 「エピローグ」
結果として、誰が得をしたのだろうか。
命の危険に晒された凪沙か。
父親に見捨てられた杏里か。
研究を打ち砕かれた黒沢博士か。
娘を守り通せた清川博士か。
少なくとも、最後の人物に至っては得をしていると思われる。
そして肝心の、十一年ほど寿命が短くなった春香は、どうだろうか。
「清川博士、これ凄いですね。最高です」
「そうか? 君とは気が合いそうだ」
「博士、今後のアップデート期待してますよ?」
「もう博士と堅苦しく呼ばなくてもいい。なんならお義父さんと呼んでくれてもいいんだぞ?」
「そんなこと言われても、困りますよ。第一、凪沙の気持ちを無視してそんなこと、言わないでください」
「はははは、君も罪な男だな」
噛みあってそうで噛みあってない会話。
それを繰り広げているのは、家に帰ってきた清川 花火と、春香だった。
「……」
そんなやり取りの横で、どんな顔をすれば良いか分からないでいる凪沙。
(私はどうすればいいの――)
春香が寿命を縮めて、またガチャを引いたことに怒ればいいのか。
娘を放っておいて、いきなり帰ってきた父親を怒ればいいのか。
何もできなかった自分の無力を嘆けばいいのか。
「ハルくん」
「ん?」
「あの……助けてくれて、ありがとうっ」
「気にすんな」
凪沙がその場で選択できたのは、助けてくれたことに感謝を伝えることだけだった。
ある意味で、もっとも苦労しているのは、この少女なのかもしれない。
「この携帯、本当に貰っちゃっていいんですか?」
「ああ、もちろんだとも」
「やった!」
返しきれないほどの恩義を受けて、どう報いれば良いのか分からなかった。
寿命を縮めてまで助けてくれた春香に、自分が与えられる物はなんだろうかと思い悩む。
(もう、体で返すしか……)
きっとこれからも、春香に助けられることは多い。
それを思うと、一生かけて感謝を伝えていこうと、密かに心を決めた少女がいた。
ゲーム馬鹿とゲーム馬鹿な父親は、少女の変化に気付くことない。熱い視線をの意味を、春香が自覚するのはもう少し先のことである。
― 第一章 完 ―