七不思議その1 廻るメリーゴーランド
「にしても……すっかり寂れてるわねぇ」
歩くたびに地に生えた草がシューズにあたってくすぐったいわ。帰ったらついた泥を洗い落として、磨かないといけないわね。
地面を私が持った懐中電灯で照らすと、アスファルトを割ってすくすくと育った猫じゃらしが。
こういう場所って蚊も多そう。虫よけスプレーをしてきて正解ね。
夜になっても気温が高くて、汗ばんで仕方ないわ。着てるシャツに汗染みなんて付いたりしないか心配よ。早く帰って、ゆっくり湯船につかりたいわね。
「懐中電灯持ってきて!」とだけ言われて集合場所に向かったら、行く先不明のまま瑞季に連れて来られたけど。これは、素直に持ってきてよかったわ。
瑞季自身もちゃんと一個持ってきてるのは、用意周到というか。そんなことばっかり知恵が回るんだから。
先陣を切ってる瑞季は、軽いステップを踏むみたいに歩いてる。
上機嫌なのは結構だけど、あんまりフワフワしてると転ぶわよ? ただでさえ夜で足元が見えないんだから。現に今だって、明かりは私と瑞季の懐中電灯しかないんだから。
「それはそうだよ。閉園したのって、私達が幼稚園くらいの頃だから」
「年季が入っているから、当然よね」
元々お互いの自宅から自転車で30分くらいの場所だから、存在は知っていたわ。だけど、随分と前に封鎖されたっきりだから、ここに入るのなんて初めてよ。瑞季だってそうじゃないのかしら。
当時はテレビとか新聞のニュースで取り上げられて、話題だったらしいけれど。今じゃ、詳しい正確な情報なんてほとんど誰もわかってないんじゃないかしら。
ここ、「裏野ドリームランド」は廃墟マニアの聖地でもあるけれど、同時に心霊スポットとしても有名なの。
だから、当時の正しい情報なんて覚えてない人ばかり。それよりも、この場所での心霊現象の噂の方を知ってる人の方が圧倒的に多いんじゃないかしら。
私自身だって、その枠から外れてないわ。ここの噂なんて、小学校時代の学校の七不思議と同じくらい有名だもの。ちょうど7つ噂があるから、「裏野ドリームランド七不思議」なんて呼ばれてたわね。
この辺の地元じゃ、悪さをした子供は「裏野ドリームランドに連れて行くわよ!」なんて親に叱りつけられるみたい。
私? 私は何か仕出かしたら蔵に閉じ込められたから関係がないわね。瑞季は耳だこじゃないかしら。昔、本人に全く効果がないから、「ご飯抜きよ!」って叱り方に変えたって瑞季のお母様から聞いてるけど。
「昼でも近づきたくないのに、夜だとますます不気味ね……」
「うーん? そう? 虫の鳴き声が良くない?」
「セミがやかましいわね」
1週間の命だか何だか知らないけど、音だけでウンザリよ。蒸し暑さが増す気がするから静まってくれないかしら。
でもまぁ、無音だと余計に怖いからセミの声に救われてるのかもしれないわね。
ライトを動かすたびにアトラクションの残骸が視界に入るから、懐中電灯をなるべく地面に向けて固定しておこうかしら。
さっきなんて、ここのマスコットキャラの「ウサ丸」が描かれた看板が見えた瞬間、悲鳴を上げちゃったわよ。看板の塗装が剥げて、ウサ丸の目から血が流れてるような錆が見えてるのよ!? 誰だって怖いじゃない! そんな私を見て笑ってる瑞季がおかしいのよ!
どうして、目がイッてる片耳が垂れたショッキングピンク色のウサギに怯えなきゃいけないのかしら。本来は来園者を笑顔にする生き物よね?
「ねぇ、瑞季。こんなところ、どうして来たいなんて言い出したのよ」
いくら気まぐれにしたって、あんまりよ。
ここを選ぶセンスがわからないわ。
「まぁまぁ、いいからいいから! 気にしない気にしなーい!」
「私は気にするんだけど」
抗議の声を上げたのに無視されたわ。
闇雲に歩き回ることになんかならないわよね?
「あ! 目的地一つ目発見!」
「ちょっと待ちなさい、あなた。一つ目って言ったかしら」
サラッと何を聞き捨てならないことを言っているのかしら。
他にもまだ巡るところがあるっていうの!?
「ジャーン! メリーゴーランドだよ!」
「『ジャーン』なんて口頭で言う人種がいたのね」
ダサいわ。効果音を自分でつける必要性なんてある?
って、メリーゴーランドって言ったかしら、この子。
「! ちょっとここって、七不思議の一つの場所じゃない!」
「うん、そうだよー」
ヘラヘラ笑ってる場合じゃないでしょ! このおバカ! おバカ瑞季!
『人が乗っていないはずのメリーゴーランドが、勝手に廻りだす』
これが、「裏野ドリームランド七不思議」の一つなの。
知ってるはずの七不思議の場所を目的地にするなんて、何を考えているのかしら。
ううん、きっと深いことは何も考えてないに違いないわ。だって瑞季だもの!
「あれ?」
「っきゃ!?」
な、何事なの!?
突然、周りが一気に明るくなったわよ!?
「まさか、本当に点くなんて……」
「うわぁ! すごいっ! すごいね!!」
暗闇の中で浮き上がったのは、照らされたメルヘンなデザインの馬。
煌々と輝く電飾が目に染みるわ。
歓声を上げて両手を広げる瑞季は、純粋にこの光景を楽しんでるみたい。
「ほらほら! 薫ちゃん、綺麗だよ!」
「あなたはのん気ねぇ……」
「? 何が?」
「少しは疑問に感じたりしないのかしら。何故、廃園になって電気が通ってないはずなのに明かりが点くのかってこと」
「あ、そっか。言われてみればそうかも」
「あなたねぇ……」
能天気すぎるわよ。ため息を吐いても、瑞季は両手を軽く叩いて「うんうん」なんて納得してる。
不自然すぎるこの現状に、危険意識を抱いたりはしないのかしら。
何故、私達が来た瞬間に電気が点いたのか。そのことだってわかってないわよね、この子。
「あ! ほら見てよ薫ちゃん!」
「今度は何……って」
あらやだ。廻っているわ。陽気な音楽すら流れ始めているわ。
「綺麗だねー」
「口をポカンと開けない。アホっぽさが増すわよ」
あと、口の中に蛾が入るわよ。慎みを持ちなさい、慎みを。
「よーっし! 幸先もいいみたいだし、次の場所に行ってみよー!」
「まだ行くつもり!?」
「もち! やる気満々だよ!」
「どこをどう考えたら幸先が良いって思うのよ」
そのシャドーボクシングのマネは何のつもりよ。迎え撃つのかしら? 幽霊を?
鋭いキレのあるジャブはやめなさい。「まっくのうち! まっくのうち!」なんて楽しそうに唱える余裕はどこから湧いてくるのよ?
普通は怖がって帰るところでしょう。私は帰りたいわよ、全速力で!
「次はー……んー? たぶんこっち!」
「野生のカンで行くのやめなさい!」
『たぶん』なんてフワッとした考えで動くのは危険だってことくらい、本能でわかりなさいよ!
ああもう! 聞いちゃいないわね!? どうして迷いなく進むのよ! 少しはためらいなさいよ!
「…………ッ」
「え?」
瑞希の後ろを追いかけようとしたら、耳元で笑い声が聞こえたような。
……き、気のせいよね?
「っひ!」
とっさに振り返った自分の反射神経を呪いたいわ!
メリーゴーランドが回転を続けてるのは、さっきと変わらないけど。
黒い影が、馬にまとわりついてる。
霧のようなどす黒いモヤが、一つの馬の上にあって。
蛾が集まっているだけ?
いえ、それなら説明がつかないわ。だって、人型の形なんて作れないでしょう?
背筋に流れる汗が、やけに冷たいわ。さっきまで暑いくらいだったのに、今は寒気すら感じるのは悪寒?
……間違いなくアレは、誰かが馬に乗ってる。
私には詳しく見えない、誰かが。
軽快な音楽と一緒にクルクルと、廻る。廻る。
気のせいだと思っていた明るい笑い声も、音楽と同じように止まらない。
音程が外れ始めても、誰かは狂ったように笑い続ける。不協和音なんて、その人は感じないみたい。メリーゴーランドは、止まらずに永遠と回り続けるわ。
「薫ちゃーん? 行くよー?」
「っ! ま、待ちなさい瑞季! 置いていくんじゃないわよ!」
瑞希の呼びかけに我に返って、先にいる彼女の背中を走って追いかける。
後ろでは、鳴り続ける音楽と笑い声が混じり合って騒音を奏でてて、耳障りに思えるわ。
瑞季に呼んでもらえてよかったわ。あのままだと、私はずっとメリーゴーランドを見続けていたのかもしれないから。
ここには、私と瑞季以外に誰かいるのかもしれないわね。
……これ以上、会わないといいのだけれど。
最初なので怖さはほんのりです。ホラークラッシャーっぷりは、少しずつ出したいなーと。今回でも十分出てたのかもしれないですが。
次回は8月1日1時投稿予定です。
それでは次回も。よろしくお願いします!