イリスの心情
不謹慎だけどアタシは、夜の森にドキドキしていた。
「おい、イリス。 遅れるなよ」
アタシに注意を促したのはコガネだ。アタシは「はいはい」と軽く流す。それをいうならお互い様だと心の中で毒吐きながら。
だってそうでしょ?
コガネが山林に入り出したのは、つい最近の話なのだから、そういう意味ではアタシの方が先輩だ。
しかし、気分が高揚しているアタシは、そんなことはどうでもらよかった。使う機会があるのかないのか、腰に吊るされたショートソードが、そこにある。
チョッピリ使ってみたいような、でもそんな不測の事態にならないように祈る気持ちも本心で、アタシの心は行ったり来たりだ。
夜の森は昼間の森とはまったく別の顔を持つ。
微かに木々の枝々から届く星の光も、時折聞こえるフクロウの鳴き声も、見通しが悪い視界も、アタシを驚かせる。
「二人とも、私から離れないで」
ナギサの声がアタシの耳に届く。
現状は先頭を歩くナギサに、コガネとアタシが着いて行く感じだ。
ナギサの存在感がアタシの不安を吹っ飛ばしてくれる。いつもそうだ。出会ったときは、引っ込み思案で下を向いていたのに、今は顔を上げて凛としているナギサは、アタシの自慢の親友だ。
カンテラの根源を頼りに大きな声で、双子の名前を呼ぶ。
その声に応える者はなく、ただ虚しく周囲の森に消えていった。
本当に見つかるのだろうか?
魔物に食べられたんじゃないか?
森の中で寂しく今頃泣いてるじゃないか?
どこかで怪我をして身動きがとれないんじゃないか?
――きっと二人はお腹を空かしているだろうに…。
色々なことが頭の中で浮かんでは消えていく。
「でもさ、どうしてあの双子、森に入ったんだろうな?」
コガネの言葉にアタシは首を捻る。確かにあの子達にはあの子達なりの目的があったはずだ。
でなければ、自分たちだけで森に入ったりはしない。それは森が危険な場所で、入ってはいけないと大人達に釘を刺されているからだ。
ならなぜ言い付けを守らず悪いことと知りながらリトとラタは、森に入ったのか?
「この森には、精霊樹と遺跡の廃墟が近くにあるんだよな?」
コガネが私に話しかける。
「そうね。でも近いっていっても両方、歩いて四時間近く歩かないといけない場所よ」
「移動時間だけで往復八時間か。子供の足で冒険に繰り出すには遠いなぁ。じゃ、この時季にしか手に入らない木の実とか、観ればない絶景とかないのかよ?」
アタシたちの話にナギサが振り返り、重たい口を開く。
「泉…」
「「泉?」」
アタシとコガネは、二人してナギサの言葉を反復する。
「村の猟師の間で泉で妖精を見掛けたって話をこの前聞いたの…」
「ああ、知ってる! フランキーさんたちが見たっていってた!」
「泉かぁ…俺、今日あの辺りでゴブリンを倒したな。水筒を持っていたから、泉に向かっていたのかもしれない」
「うそ! あんなところで鉢合わせしたの? 結構村から近いじゃない…。あの子達が泉の近くに居るなら危ないんじゃない?」
アタシ達は、顔を見合わせ思考を巡らせた。
「泉なら、ここからそう遠くないわね…。見に行きましょ」
ナギサがそういうとアタシとコガネは、真剣な眼差しで頷き、泉に向かうことにした。